第三百七十五話【伝える】
「……それにしたってこれ……」
魔獣はすぐに退治された。
けれど、退治すべき魔獣が、住宅街からそれなりに近い場所に出たというのは問題だ。
それも、小型のものじゃない。
たった一頭だけど、中型の魔獣だ。
きっと二足歩行していたんだろうことは、そこに転がっているものを見ても分かった。
「誰かに見つかれば問題になるでしょうね。一応処理しときましょう。時間が経てば消えるでしょうけど」
「うん、そうだね。燃やす……わけにもいかないか、こんなところで。さて、どうしたものか」
未来も真鈴も、魔獣を隠す方法を模索している。
そうだ、隠さないと。
こんなサイズ——大型犬より大きな二足歩行の動物なんて、見つかれば絶対騒ぎになる。
しかし……下手な隠し方だとそれもそれで大騒ぎ……と言うか警察沙汰だ。
「ところでさ、真鈴。星見で視えてた魔獣って一頭だけだったのか? それとも、この後にもまだ出る……とか」
「僕が視たのは、魔獣の死骸を前にするミライちゃんだけだからね、そこの細かい数までは分からない」
「ただ、アキトの言う通りだ。この後にも出現する可能性はある。前回がそうだったからね」
前回……地下駐輪場でのことか。
カエルみたいなのが出て、魔竜も出て、魔蟻も出て、それに未来が倒したやつも。
全部出現には時間差があった。
なら、ここでも同じことが起こってしまうかも。
この一頭を皮切りに……って。
「しばらくは見張りが必要でしょう」
「マリン、マナの様子はどう? 揺らぎが大きいとか、もう既に何かを形作り始めてるとか」
「今のところは落ち着いてるね。でも、前もそうだった」
に魔獣が出る瞬間だけ大きく揺らいで、基本的には穏やかなまま。あんまりアテになる情報じゃないよ」
うーん。と、未来は真鈴の返答に頭を抱えた。
少なくとも一時間……いや、二時間は様子を見るべきかな。
それとも、もっともっと長い時間見張らないとダメかな。
「そうだ。また探知の魔術でさ、探すんだよな。その時に分かんないかな?」
「昨日は分かったんだろ? ここで魔獣が出るって……ここに魔獣を出す準備をしてたって」
「そうね、それはまず絶対……なんだけど」
「今すぐやれば良いってもんじゃない、問題もあるのよ」
問題とな?
えーっと……なんだろ。魔力をめっちゃ消耗するから、今使っちゃうとこの後魔獣が出ても戦えなくなる……とか。
でも昨日は平気そうだったしなぁ。
ただの強がりだったとかじゃなければ……
「昨日の段階では——出力では、原因になる場所は特定出来なかった」
「それはつまり、向こうにこっちの意図を察知されずに済んだとも言えるわ」
「でも、もし今回でそれが見つかれば……」
探知に気付いて逃げられたら困る。こっちはもうしばらくここから動けないのに、と。
そっか……そういう問題があるのか。
じゃあ……えっと、今日のところは……
「このまま様子見、そして翌日にここまで来て結界を再展開する。うん、これが現段階でのベストだろう」
「ミライちゃん、他に何か案はあるかな?」
「私もそれが良いと思うわ」
「追い掛けっこになれば、土地勘の無いこっちが不利になるもの。可能な限り、拠点そのものに乗り込みたい」
「そうなれば、余計なことはしない方がいいでしょう」
決まりだね。と、真鈴は小さく頷いて……ナチュラルに僕の意見聞かないで話進めるのやめてください、泣いてしまいます。
いえ、全然意見なんて無いんだけどさ。
こう……一応聞いてよ……僕もそれが良いと思うくらいは言いたいじゃない……っ。
その後僕達は、魔獣の処理は難しい、隠し切るのは無理。と、そう結論付けて、身隠しの結界によって、時間経過での消滅まで隠蔽し続ける方法を選んだ。
それと同時に、地下通路の見張りも。
魔獣が消えたのはおよそ二時間後で、その頃になると、流石にもう再発生は無いだろうと未来も真鈴もほっと一息ついていた。
「魔獣は完全に消滅したね。血の痕も無い、これなら誰も気付かないだろう」
「ふたりともおつかれさま。特にミライちゃん、相変わらず頼もしい限りだったよ」
「私としては物足りなかったけどね。本当は今日で全部終わらせたかったけど……まあ、焦っても良い結果は出ないわよね」
欲張りは良くないよなんて真鈴は笑った。
未来もちょっとリラックスした様子で大きく伸びをして、もう大丈夫そうだと僕もやっと安心出来た。
ふたりとも状況を全然教えてくれないから……
「ふう。じゃあ晩御飯何か買って帰るか。体力温存ってことなら、真鈴だって休ませるべきだし」
「ごはんごはん! アキト! ハンバーガーっ! ハンバーガー買って帰るわよ!」
お前はそればっかりだな……まあ良いけど。
僕も好きだしね、ハンバーガーは。
でもお前、何かある度に食べてて、よく飽きないな。これが若さなのか……?
「よし、決まりだね。明日もきっと魔獣と戦うことになる、いっぱい食べていっぱい休んでおこう」
いえ、いっぱい食べられるとまあまあ懐がキツい……いや、バーガーくらい腹いっぱい食べさせてやる!
そりゃ結構キツイけどね。バーガー屋でセット頼んでないのに五千円超えるんだもん、結構キツイよ。
だけど、可愛い妹の為なら幾らでも買ってやろう。
うん。でも、ちょっとだけ手心は加えて?
一ヶ月経ってないけど、ATM何回使ったか分かんないんだ。ちょっとだけ手心加えてね?
バスに乗って、電車に乗って、そしてコンビニでお金を下ろして。
ハンバーガーをいつも通り山ほど買って帰れば、すぐにパーティが開かれた。
いや、ハンバーガーとポテトしかないけど。
「いっただっきまーす! あむあむ……むぐむぐ……」
「ちゃんと噛んで食べろよ。いただきまーす、むしゃむしゃ」
うん、おいしい。
けどさ……流石に飽きてきたんだよな、僕は。
未来に付き合って一緒に食べてるからな、結構……結構……っ。
「アキト、今日は早めに家に帰るといい。家族とも話をすべきだ。全てを伝えられないにしてもさ」
「……うん、そうだな。出来れば、ふたりのこともちゃんと紹介したかったけど……」
それは全部が終わったら、かな。
でも、全部終わったら……今までのことを思えば、ふたりはすぐに帰ってしまうのかな。
今回はちょっと都合が違うんだっけ。どうだっけ。
召喚者のマーリンさん……真鈴がこっちにいるから、とかなんとか。
ごちそうさまを言えば、今日は皿洗いも無いからとすぐに帰らされた。
ちゃんと話をして、憂いを無くしてから明日を迎えろ……か。
「じゃあまた明日、寝坊するなよ」
「誰に言ってんのよ、このバカアキト。アンタこそ、胃が痛いとか言って寝込むんじゃないわよ」
やめて、それはガチでなりそうだからやめて。
フラグ。それ言っちゃうのはフラグ。
やや不安を抱えながら帰途に就いて、母さんと兄さんに迎えられてただいまを言う。
話しないとな、ちゃんと。
「おかえり、アキちゃん。晩御飯食べる? そうめん茹でてあるけど」
「うん、ちょっとだけ食べるよ」
「それと……またちょっとだけ話をしたいんだけど、いいかな」
「この間はちゃんと説明し切れなかったから」
母さんは僕の言葉に目を丸くして、だけど、分かったと頷いてくれた。
兄さんも真面目な顔で肩を叩いてくれて、まだちゃんと話を聞いてやるって言われたみたいだった。
「……っ。その……さ。この前もちょっと話をしたんだけど。えっと……何から話そうか」
まずは……やっぱり未来のことかな。
未来と真鈴の——ミラとマーリンさんの、本当にあった冒険の話。
それは……流石に頭おかしくなったって思われる?
だけど……ちゃんとする。って、そういうことだよな。
「……あのちびっ子……未来と真鈴さ、普通じゃないんだ」
「その……良い意味でだよ? 良い意味で、当たり前に縛られない、自分の持ってる正義をちゃんと全うする」
「そして、その正義が間違ってると思ったら、ちゃんと自分でそれを修正する」
「凄いんだ、本当に。凄くて凄くて……」
本当の世界では、勇者って呼ばれてた。
僕の言葉にふたりは怪訝な顔をする。
当然それは分かってた。分かってた上で、ふたりにだけはちゃんと言おうと、やっと決心したんだ。
なんでか……は、自覚もある。だから大丈夫。
「僕がおかしくなったとかじゃなくてね?」
「それと、別にこの世界が嘘とか偽物とか言うつもりもない、そこまで現実逃避はしてない」
「アイツらは、本当に別の世界に生きてるんだ。比喩でもなんでもなく、異世界に」
「別にここは信じてくれなくてもいい」
「ただ、全部終わったら……アイツらの活躍を知ったら、どうせ信じるしかなくなるから。っとと、そこもよくて」
大切なのはふたりの正体じゃない。
ふたりが僕に何をしてくれて、その結果僕が何をしようとしているのか、だ。
そこをちゃんと伝えて……伝えても、ダメかもしれないけど。
でも、もしかしたら……
「未来は僕を部屋から出してくれた、もう一回やろうって思わせてくれた」
「真鈴はそうして出てきた役立たずの僕に自信をくれた」
「こうすればやれるようになる、やれば出来る、出来たらこんなにも嬉しい、って。だから……それで……」
ふたりが困ってるから助けたい? ノー。
ふたりと一緒に僕も困ってるから、いつもみたいにサクッと解決してくる。それが正解。
兄さんは……めっちゃ怖い顔してるなぁ。
冗談通じないタイプ……と言うか、オタクの好きな妄想話に縁の無い人だから。しょうがない。
「多分、明日。もしかしたらもうちょっと掛かるかもしれないけど、アイツらなら明日には終わらせてくれる」
「だから……出来たら、頑張ってって見送って欲しい」
「絶対解決してくるから、心配はしないで欲しいんだ」
母さんは黙って兄さんを見てた。
兄さんは……ため息をついて頭を抱えてしまった。
ごめん……本当に気が狂ったわけではないんだけどね。
そう見えてもおかしくないよね。ごめん。
「……それは……アキ、それは……もうこれからは立派にひとりでやっていける……って、そう言ってるって捉えて良いのか?」
「仕事も見つけて、料理もそれなりに出来るようになった」
「でも、ひとりで生きてくにはまだ足りないものがある。これが俺から見たお前だ」
「だけど、もうお前はその足りないものを補ったって、無くても上手くやるって、そう言いたいのか?」
「えっと……うん、最終的にはそういう話」
「立派になんてなってないけど、それなりにはやるから。だから、見てて」
まだ半人前だけど、もう半分を持ってくれるやつがこの瞬間にだけはいるから。
だから、今だけは信頼して欲しい。
そういうつもりで言ったけど……ちゃんと伝わったかな?
兄さんはまた深くため息をついて、そして部屋に戻ってしまった。
母さんはちょっとだけ優しい顔をして、ならもう何も言わないって、そうめんつゆと薬味を運んでくれ……それをやれないとひとりで生きていけない! 僕がやるから!
「終わったら父さんにも話してくる。ちゃんとみんなに説明するから」
「……うん。頑張りなさい、アキちゃん」
もうハンバーガーでお腹いっぱいだったけど、小さな丼に盛られたそうめんを完食して、僕は眠りに就いた。
明日、全部終わる。なんとなくだけど確信があるんだ。
星見の力なんて無いけど、分かる。
布団に入って目を瞑ったら、スマホが一件の通知をバイブレーションで教えてくれた。
けど……ごめん、多分デンデン氏……今日はもう……