第三百七十三話【予知された襲来】
ただいまー。と、ちょっといつもより元気にそう言って玄関をくぐる。
一日ぶりの我が家だけど、変わったところは何も無さそうだ。うん、何も。
未来はその後、何も言わずに僕を送り届けてマンションへと帰ってしまった。
成功したのか失敗したのかすら教えてくれずに。
ただ、ひとつ安心したことといえば……
「ただいま、母さん。その……停電とかしてない……よね?」
「停電……? ううん、何も無かったけど……」
未来の術式によっては、目に見える被害は出なかった。
望ましい結果だけど、しかし気になることもある。
だってそれは、術式に失敗したかもしれないって意味も含んでるんだ。
未来が何も言ってくれなかったのは、今回は何も得られなかったから……なのかな。
「そっか……えっと、何か変なことはなかった? なんか……テレビが壊れた……とか……」
「変なことって……アキちゃん、何かあったの?」
いや、無いならいいんだ! なんて、そんな漫画みたいなセリフをまさか口にする日が来るとは。
そっか、何も無かったか。
じゃあ……本当に術式は失敗だった……のかな。
「安心……だけど、そればっかりじゃないよな。もしそうだったなら、次はちゃんと準備しないと」
部屋に戻って、ひとりでそんなことを呟いてみる。
みるけど……僕に出来る準備って何があるだろうか。
非常用持ち出し袋……いや、ライトとラジオくらいでいいのかな。
それとも、スマホの電波とかも全部ダメになるのかな。
電化製品全部壊れちゃう……なんてのも、やっぱりありえるのかな……?
こんな時、僕はいつも誰に頼ってただろうか。
ぽんと頭に浮かんだのはマーリンさんだった。
でも、今回はダメ。
既に頼り済みだからという意味で。
次に浮かんだのは花渕さんで、店長と兄さんの顔も浮かんで、でも……
「……寝よ。さっさと寝て、明日こそ元気に……」
誰かに頼るのが悪いなんてのは無い。
そう教わったし、そうして旅も終わらせたんだ。
だけど、今回ばかりは頼れる相手もいない。
町全体の被害を抑えるなんて無理でも、せめて……せめて知ってる人くらいは……いや、それだけだと、なんかわがままな人になっちゃうかな……?
翌朝、節々の痛みで目を覚ますと、僕はすぐに家を出た。
休みまで貰ってやってるんだから、のんびりなんてしてちゃいけないだろう。
「ただいまー、ふたりとも起きて……るな」
「おはよう、アキト。いいところに来たね」
部屋に入るや否や、真鈴がぱたぱた駆け寄ってきた。
こっちこっちと手を引く姿は、どうにも……こう……ミラ、お前にもこんな時期があったのにな……っ。
「来たわね、バカアキト。だったら話が早いわ」
「出発するわよ。目的地は決まってる……んだけど、行き方が分からない」
「地図出しなさい。そして、そこまで案内しなさい」
「出発……目的地……? えっと……?」
あれ? なんか話進んだ風です?
いやでも、昨日の結界魔術は失敗したんじゃなかったの?
何も言ってくれなかったし、何も起こらなかった。
だから……えっと? なのに……?
「……えっ? もしかして、昨日のアレって成功してたの?」
「そ、その割に被害っぽいものは一切出てなかったけど……」
「誰に向かって言ってんのよ、失敗なんてするわけないでしょ」
「被害が出なかったならそれはそれでいいじゃない。もっとも、私が出さなくても……」
ちょっとだけ不穏なことを言いながら、未来は険しい顔で僕を急かした。早く地図を見せろ、と。
はいはい、えっと……G〇〇gleマップは……
「こっちの……この……ん、動くんじゃないわよ。これで……んん?」
「アキト、もっと大きい地図無いの? 小さいし、勝手に動くし、変なの出てくるし、使いづらいわね。すまほってのも意外と不便なのかしら」
「いやいや、便利便利。これはだな、こうすれば動くから」
「で、どっちの方角……えーっと、これのこっちがあっちの方角だな。として、どっちに動かせばいい?」
指で突っつくたびに動いてしまう地図にイライラした様子ながらも、未来はテキパキと指示をくれる。
この様子だとかなり正確に探知出来たらしい。
とすると……あの術は、あんまり周りに被害が出ない程度のものだった……のかな。
それとも、現代科学が凄いのかな。
「ここ……うん、ここら辺ね。それと、出来ればここ……この辺一帯を見てから行きたいんだけど。どうやって行けばいいかしら」
「ここか。ここなら……えーっと……ちょっと待ってな、ググるから。駅……は、ちょっと遠いし……」
バス停とかあるかな。
無かったら……最寄り駅まで行って、そこからは徒歩……か。ええ……結構あるよ、距離。
その後何があるか分かんないとなると、疲れるのは嫌だなぁ……
「えっと……あ、あったあった」
「ここなら……えーっと……バス乗って駅に行って、そこから電車に乗って……もう一回バスに乗ったら、多分…………ここら辺で降りれる……のかな」
「なんだか曖昧ね。ま、分かるならいいわ。なら早くご飯にしましょう」
「マリンが作ってくれたから、アンタもしっかり食べときなさい」
えっ、もう作っちゃったの? ぐすん……僕の……僕の数少ない出番が……っ。
見れば、何やら大きなお皿を運ぶ真鈴の姿があって、意識を向けたら良い匂いもして……お、お腹空いたな……朝ごはん食べ忘れてたんだな、僕。
「そんなのも気付かなかったとは……はあ。ありがとう、真鈴。いただきます」
「うんうん、いっぱい食べておくれ」
大きなお皿の中には大きなハンバーグがあって……いや、朝からこれですか……?
ぐぐぐ……アレだな。
真鈴の中では僕もまだアギトのイメージがあって……食べ盛りな少年の胃袋を想定している可能性が高いな、これ。
もう……もうね、朝からこれはきついんだよ……っ。
「ジュンの置いてった箱の中にね、料理の手順書のようなものがあったんだ」
「相変わらず凄いね、ここは。レシピなんて動いてる必要無いのにさ」
「でも、作ってる様子が分かるのは利点だったかも」
「料理番組もあったのか。へー、意外……って言うか、どんなDVD持って来たんだ。気になる……ちょっと見せて」
これだよ。と、真鈴が見せてくれたのは、やっぱり児童向け番組のDVDだった。
ああ、なるほど。あれだな、お姉さんと一緒に料理をしてみようみたいなコーナーか。
そっか……それを見て作ってくれたのか……
「……いかん……涙が……」
「っ⁉︎ な、何かまずかったかい……? もしかして、これはそういう目的のものではなかったのかな……」
いや、あってる。
あってる……あってて……ぐす。
やばい、真鈴が娘に見える。
いや、歳はそんな感じなんだけどさ、見た目。
向こうはいつもみたいに、大人として、子供の僕に、ご飯を作ってあげようという意図だっただろう。
でも……テレビ見てさ、お父さんに作ってあげよう……みたいな……ぐす……お姉さんなのに……歳下の歳上お姉さんなのに、娘に見える……っ。
「ぐす……いただきます……うまっ。うん……美味しいよ、真鈴……うまっ。ちゃんと上手に出来……うっま、なんだこれ。え、めっちゃうまい……」
「……? な、なんだか今朝も情緒が怪しいね。美味しいなら良かったけど」
え、うっま。全然娘みを感じなくなった。
シェフ。シェフの味。めっちゃうまい。
未来も満足げな顔でふたつも三つも四つも……いくつ食うんだお前は。
もしかしてこいつ、ハンバーグってものにハマってるのか?
まあ、お子ちゃまだしな。好きだよな、そりゃ。
「むがむが……ごくん。ふー、食べた食べた。ごちそうさまでした。さて……それで……」
昨日の探知で何が見つかったんです……?
そういうの、事前に教えて貰えるとびっくりしなくて済むんだけど……
と、情けないながらもお願いすると、まだご飯に夢中な未来の代わりに真鈴が教えてくれた。
「どうやら、魔獣の発生地点を見つけたみたいだ」
「ただそれは、一番大元の……と言う意味ではない。これから現れるであろう場所——このすぐ後に被害が出かねない場所だ」
「やはり、魔獣は魔術によって召喚されているらしい」
「事前準備か何か、密集する魔力を発見したみたいだ」
「むぐむぐ……ごくん。あむっ……もぐもぐ……んふふ……ごくん。でも、まだ大元は見つかってない」
「だから、その地点の魔獣を退けたら、そこからまた探知を掛ける予定よ」
魔獣の発生地点……っ!
そっか、今回は事前に手を打てるんだな。
こくんと頷いた未来に合わせて、僕も力一杯自分の顔を叩く。
気合い入れろ、最終じゃないにしても、重要な局面だぞ。
もしもここで被害が出てしまったら、リスクを冒して魔術を使った甲斐が無い。
「それじゃ行くわよ。さくっと片付けて、本拠地を探して、さっさと全部終わらせるわ」
「おう……いや、その前に顔洗って来なさい。口もとベタベタじゃないか、もう」
うるさい。と、未来は僕を蹴っ飛ばして、洗面所へと走って行った。
おい、蹴るな。いちいち蹴るな、こら。
顔も洗って、支度も完全に済んだ。
じゃあ、行こう。
まずは駅に向かって、それから電車でひと駅隣の町へ。そしたら……っ。




