第9話 漫画で生きてみたい。
「僕は、そうですね。うーん、いつか自分の描いた漫画で、生きていきたいとは思っていますね」
「えっ、そうなの?」
御曹司の意外な夢に驚く。
漫画「で」生きていく? 本気で言っているのだろうか。
愛里が解釈してみるなら、きっと尚貴は家がものすごいお金持ちで、一生遊んで暮らすこともできて、だから漫画「を」描いて生きていたい、ということを言っているのだろうか。
尚貴は少したじろいで、「難しいのはわかっているのですが」と、付け加えた。
「漫画を描いて生きていたいってことかな?」
お金はあるし売れなくてもいいから、漫画が好きだから道楽として、ってことならまあわかる。あとは、プロの「漫画家」を自称したいと思う人も多いし、そっちかもしれない。
愛里が言い直すようにそう訊ねると、
「漫画をただ描いていたいというよりも、自分の描いた漫画を受け入れられてみたいんです。生かされるのではなく。だから、漫画で生きてみたい」
か細い声が不思議な願望をはっきり紡ぐ。
漫画を一生ただ描いていられればいいっていうわけでは、ないみたい。
さり気なく「生かされるのではなく」と主張するところに、複雑な何かが込められている気もしたが、愛里には想像が及ばなかった。
やっぱり、金持ちの考えることは、よくわからないな。
でも、なんにせよ。
漫画で生きていきたいと思う気持ちならばよくわかる。
「じゃあ、同じかな。私と」
愛里は不敵に笑ってみせた。
「同じですね」
尚貴も微笑む。
夢を追いかける仲間がまた一人増えたことは単純に嬉しい。
ライバルが増えたともいえるけれど、厳しい世界では蹴落とし合うより助け合って生き残ることの方が大事だ。
そういえば購入した尚貴の作品は、まだ見ていない。こんなに本気なのを聞いて、余計に気になってきた。早く見てみたい。
それから話は、今ハマっているアニメや漫画のことなんかに移っていった。
アニメのキャラクターのどこがどう魅力でどんな妄想をしたかなど、熱心に語っている。
作品が人々の暮らしに彩りを与えているのを聞いていると、愛里はやっぱり自分もそんな役割を担いたいと強く思う。
いつか、自分の作った作品のことも、そんな風に話してもらえたら最高なのに。
漫画で生きてみたい。
「そういえば、最近キャラカクテルを作ってくれるバーがあるんだって」
そんなことを言い出したのは情報通のミイコだった。
「えーなにそれ?」
「なんか、キャラクターの特徴から、世界に一つだけのカクテルを作るの! たとえば、イメージカラーはもちろん、生い立ちとか、決め技とか、別キャラとの関係性とかをお店のマスターに伝えると、お酒の混ぜ合わせ方とか、色や見た目や味わいとか、グラスのチョイスまで考え抜いて繊細に表現してくれるってわけ!」
スマートフォンを取り出すと、検索してすぐに写真を表示してみせる。
逆三角形のグラスに注がれたお酒が綺麗なグラデーションを描いている写真が、画面をスクロールするたびに、何枚も流れていく。女性に大人気の刀を擬人化したキャラクターやら、週刊少年誌のスポ根漫画で恐らく見たような色合いがなんとなく目に入ってくる。
テキストをよく読むと、「本当は甘えたいのにわざわざ辛辣な言葉を吐いてしまう子供っぽさを、辛口ジンジャーエールを加えて表わした」とか、「眠っていた能力が次第に開花していく様子を炭酸の気泡で表現。気泡の弾ける時が成長の瞬間」とか、「ウォッカをオレンジジュースで口当たりよく割ることで相手はいつの間にか酔わされてしまう=気付いたら好きになっていた」などと、素面では恥ずかしさに爆死してしまいそうなほどの熱い想いが詰め込まれていた。
「「行 き た い !!」」
自分ならあのキャラクターにするとか、こんな風に魅力を伝えたらこんなお酒になるかもしれないとか、まだ誰からも求められてもいないのに、各自好き勝手にキャラクターへの熱い思いの丈を血気盛んに叫び始めた。
「東京にしかないんだって! 今から行こうよ」
はなやんが目をキラキラさせて言う。
「いや、名古屋に帰らないといけないから無理だ」
「それにすごく混んでいるみたいだから予約しないとだめだよ。コミケの今日なんて一番混んでるって!」
「えーじゃあ近いうちに行こう!」
「いいなー関東勢は」
愛里は唇を尖らせる。
愛里は愛知県に住んでいる名古屋勢で、名古屋まで新幹線で二時間弱とはいえ、終電が無くなる前に帰らねばならない。関東勢の三人は予定を立てはじめ、関西から来ていた二人も羨ましそうにそれを聞いていた。
するとスマートフォンを触っていた関西出身の一人が、
「あ! 大阪にもあるっぽいよ!」
と、嬉しそうに報告し、
「えー! じゃあ今度一緒に行こー!」
と二人で盛り上がり始めた。
「うーん、名古屋にはやっぱないみたい」
愛里ももしかしたらとスマートフォンで調べてみたが、ヒットしない。仕方ない。
自分が行くとしたら誰をカクテル化してもらうだろう。
キャラクターカクテルは既存のキャラクターだけじゃなく、自分のオリジナルキャラクターでもいいそうで、愛里が行くとすれば自分のキャラクターの魅力を伝えてみたいと思う。
「愛里さん、愛知県にお住まいなのですね」
ふと、隣の尚貴がそう話しかけてきた。
「うん。なおさんは?」
「私もです」
意外な共通点が発覚する。
「そうなの? どこどこ」
「といっても、僕は愛知の田舎の方ですが……」
尚貴は少し照れ笑いを浮かべると言った。
「うちにあるバーでよければお作りしますよ」




