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第46話 私と合作しない?

「なおさん、私と合作しない?」


 愛里の言葉に、「え?」と驚き首をかしげる尚貴。


「そうだよ。プレゼントもらって、思ったの。なおさんは絵の評価が高くて、私はストーリーの評価が高い。だから、一緒に描くなんてどうかな? 嫌だったら、もちろん断ってくれてもいいんだけど」

「一緒に、漫画を?」

「そう!」


 新たな可能性にわくわくして思わず声が弾む。だが、迷うような尚貴の表情に、瞬時に冷静になる。


「あっ、でも、なおさんが描きたいストーリーがあるなら、嫌かな……?」


 イラストだけではなく漫画を描いているということは、尚貴にも伝えたい話があるのだろう。それを奪うような提案はしたくない。そう思って愛里は尚貴の表情を伺い見ると、尚貴は少し考えるように間を空けて、それでも次の瞬間には晴れやかに微笑んで言った。


「ううん、すっごくいいアイデアだと思う」

「本当?」

「うん」


 悪くない感触に、愛里はほっと胸を撫で下ろすが、自分でもまだ思いついたばっかりだ。


 二人で漫画を描く、というと、よくあるのはネーム担当と作画担当で完全に分かれるやり方だろう。得意分野でいうなら愛里の方がネーム担当で、尚貴が作画を担当することになるだろうけど……


「どっちがネームを担当するか、決めないといけないよね……」

 と、愛里が言うと、尚貴は困ったように「ネームはエリンギちゃんがやるべきな気がする。ストーリーの評価が高いのはエリンギちゃんだから……」と返す。その言葉には、自分も本当は物語を描いてみたい気持ちが滲み出ているようで、愛里はこのまま安易に行動したら失敗すると思った。


「あえて決めないってのはどうかな?」


 尚貴の立場を考えながら、愛里は発言する。


「二人で原作も作画もするの。比重は変わるかもしれないけど、労力は同じになるように二人で頑張ってさ、最高傑作を作り出すの」


「それ、ちょっと楽しそう」

 尚貴の顔が朗らかに明るくなる。


「だから、二人が描きたいと思えるストーリーが生まれるまで、二人でアイデアを練り続ける。そして、描くとなったら二人で描く!」


「それ、やりたい! ぜひやりたい」


 うん。

 これなら、自然の流れに身を任せて、ただ一生懸命やればいい。気を付けないといけないのが、どちらかがどちらかに寄りかからないように注意することだろう。でも、ここまで一緒に作業をしてきた相手だからこそ、そしてこれからも二人で作業していけるからこそ、その点も信頼できる。


「なおさんは、繊細優美な抽象的画風が売りでしょう? それって、別世界を描くのにぴったりだと思うの。それに、セリフ回しも、劇のように印象に残るものばっかりで」

「うん。えへへ」

「私は、現実めいたツッコミとか、親近感のあるストーリーテリングが得意だからさ、現実離れしすぎないようにうまくコントロールしてみせる」

「すごい。それ、課題が一気に解決する気がする」

「うん! 力を合わせてやってみようよ」

 愛里の言葉に、尚貴は力強く頷く。

「どんな話にしようか。ああ楽しみ。こんな感覚、久々だ」

 愛里も走り出したくなるような気分だ。


「ねえねえ、私、なおさんと少女漫画描くなら、やっぱシンデレラストーリーがいいと思うんだ」

 紙とペンを取り出す愛里に、尚貴は先を促す。

「ごく普通の工場に勤めている女の子が、大企業の御曹司に見初められる話」

 主人公の女の子と御曹司の簡単なラフを描いていく。


「あはは、どっかの誰かさんみたいだ」

 そんなこと言われるとどきっとする。……私はフラれたんだけどね。


「どんな御曹司にする?」

「そうだなあ。せっかくなら、僕も驚くような御曹司がいいな」

「それって、現実離れしすぎない!?」

「そこはエリンギちゃんがなんとかしてくれるんでしょう?」

「むむ……頑張る。いいよ。どんとこい!」


 その日、日付が変わって、深夜、明け方に及ぶまで議論に議論を重ねた。眠気なんて吹き飛んでいて、深夜に異性の家にいるなんてこともまったく気にならないほど、ストーリー作りは白熱した。その熱気に、郡山も付き合ってくれ、何杯もコーヒーや紅茶を淹れてくれた。


 愛里が現実的になりすぎるところは尚貴がダメ出しをしてもっと夢を広げていき、あまりにも広がりすぎて読者が付いていけなくなりそうなときは愛里がストップをかける。みるみる名作になっていくことに興奮して、続きを明日にするとか、休憩するなんてもったいないという勢いだった。


「できたーっ!!」

 そうして、一本のストーリーができあがった。

 窓の外は薄明るくなり、時刻は朝五時を回っていた。


「すごい、すごいよこれ!」

「うんっ……。結構面白いんじゃない、かな!?」

「絶対面白いよ」

「だよね……!!」


 これならいける。

 そう思った。


 生きていることを実感した。人生はなんて素晴らしいのだろう、だなんて、抱き合って喜びたい気持ちだった。でも、めでたしめでたしにはまだ早い。


「あとは描いていくだけだ」

「どうやって二人で描いたらいいんだろう」

「うーん、仕事中考えてみる」

「そうだね、僕もそうするよ!」

「三時間だけ眠ろう。起きれるかなあ」

「郡山に起こしてもらえばいいよ」


 尚貴がそう言って顔を向けると、相変わらずスーツ姿の郡山が頷いてこちらに近寄り、すっと正座する。


「はい。私は尚貴様のお仕事中に仮眠をとらせていただきますので、あと三時間起きています」

「ありがとう。よろしく」

「私も?」

「うん。ここで眠りなよ。少し狭いけど」


 尚貴の傍で眠る……しかも、執事が起きている中?

 それってちゃんと眠れるんだろうか。う……でも、ストーリーが完成した安堵感で急に疲労と眠気が襲ってきた。


(お言葉に甘えて、ここで寝ちゃおうかな……)


 郡山が布団を二つ用意してくれる。愛里に貸してくれるのは郡山が普段使っている物らしい。


(わ、わわ……なんか、どきどきする……)

 言われるがまま布団に入ると、郡山が掛け布団をかけてくれた。見上げた天井に、古めかしい電灯がぶら下がっていて、そして郡山の顔が間近にこちらを見下ろしている。


「おやすみなさいませ、愛里様」

「お、おやすみ……なさい……」


 どぎまぎしながらそう返して目を閉じると、もぞりと何か布団の中をもぐってこっちにくる。指をつままれた。隣に寝転ぶなおさんの手だ。きゅっと握り返すと、その手はまた引っ込んでいった。


(妬いてるって、本当なのかな……?)


 そんなことを思いながら、眠りに落ちていった。

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