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第45話 光る時計と暗い怯え。そして妙案

 貴志は勝手に上がり込み、女性二人と付き人一人もそれに続く。


「こら、入ってくるな!」

 尚貴が叫び、慌てて郡山も引き留めようとするが、貴志の付き人二葉に抵抗され、自由な貴志はずんずんと進んでしまう。ぐるりと家具を見渡し、「これなんか無名メーカー品ばっかじゃん。裏切者め~」と指さす。


「いや、ナオちゃん、面白いよ。面白い。こんな犬小屋みてーな場所に住んで、絵描いてんだろ? まじかよ、やべーわ」


 冷笑。女性たちも憐れな目で尚貴を、そして愛里を見る。


「別にいいだろっ!」

「信じられないっつの。あー、バッカみてー」


 貴志はくるりと振り返ると、今度は愛里に向かって、信じられないことを言い出した。


「おまえ、俺と付き合えよ」


「なっ!」

「貴志兄さん!」


 愛里も尚貴も、目を丸くする。


「結婚してやるよ。今すぐはいって言ったらな」


 取り巻き女性たちが愛里を睨んでくる。


「貴志様、おたわむれが過ぎますわ」

「本気ですの? こんな子に」


 貴志は玄関にいる愛里に向かって進むと、固まっている愛里の顎をくいっと持ち上げ言った。


「尚貴なんてほっとけよ。俺だったらもっといい暮らしさせてやるぜ?」


 上質なスーツに、腕時計が光っている。

 自信に満ちた彼の表情の中に、しかし暗い怯えが潜んでいるのが見えた。


 愛里は瞬時に察した。

 この人は尚貴から何か取り上げたいのだ。

 自由に夢を追いかける代償をめいっぱい払わせ、尚貴に後悔させたいのだ。


「いやです!」

 愛里は即答した。


「私、なおさんのこと、好きなんです!」


 貴志の目を見据えて、心の底から訴える。


「尊敬しているし、とってもカッコいいです!! なんにもおかしくない」


 貴志は引いたような笑いを張り付けると、


「ひゅー。あはははは。いやおかしいだろ、あっはは」


 冷めた目で、


「いや、ホントおもしれー。また来るわ」


 そう言って、振り返ることなく出ていった。


「二度と来るな!」


 肩を怒らせ尚貴は、泣き出しそうな顔で、愛里に駆け寄る。


「ごめんね、エリンギちゃん。嫌な思いさせて」

「ううん」


 ひどく窮屈だったのが、がらんとして静まり返る。


 この狭い空間に三人いるだけでも普段からいっぱいいっぱいだったのに、プラス四人もいたのだから無理もない。


 嘲笑に傷付いた尚貴の赤ら顔を見て、愛里の胸は痛んだ。


「ねえなおさん。私の言ったこと、本当だよ。私はなおさんのこと、好きだよ。付き合いたいって今も思ってる。私に不満があるなら、教えてくれないかな? 直すから」


「エリンギちゃんに不満なんて、ないよ。あるとすれば、それは自分自身に対してだ。どうして僕は、無力なんだろう……って。僕はエリンギちゃんを幸せにできない。貴志兄さんにも笑われた。落選通知だって、さっきまた届いたよ。もうダメだ。こんな人間」


「笑う人なんてほうっておけばいいよ。私はなおさんのこと、そんな風に思っていない。何度落選したって、私はなおさんのこと嫌いにはならない。それだけは覚えておいて」


 愛里と尚貴はリビングに戻り、定位置に座る。


「でも……付き合えないよ、こんな僕では」

「じゃあなおさんは、どんな自分なら私と付き合ってくれるの?」


 愛里は食い下がり、そう訊ねてみた。


「ちゃんと漫画で生計を立てられるようになったら、かな」

「そうしたら、私と付き合ってくれるの?」

「うん。もちろん」

「ほんとにほんと!?」

「本当だよ」

「私のことが好きじゃないわけじゃ、ないの?」

「そんなわけないよ!」


 なんだ。

 それをはっきり言ってくれないと、自信なくしちゃうじゃない。


「じゃあ、なおさんが漫画家になれるようできる限り協力する!」

「今でも十分してもらってるよ。でも、なれないのは僕に問題があるんだ」


 尚貴は液タブの画面を愛里に見せる。出版社のサイト上には、ログインした尚貴に落選を知らせる知らせが表示されていた。


「言われたことは自分なりに直したし、漫画以外のことは何もしていない。遊んでもいないし、恋愛だってしていないのに。それでもデビューできない。正直限界だ」


 それについて、愛里には疑問がある。


「ストイックになるのが正解なのかな? やってることは漫画だよ」

「そうだけど……」

「どんどん悪循環に嵌ってない?」

「それは、あるかもしれない……」


 愛里も尚貴と出会ってから、しばらく漫画をお休みしていた時期がある。夢追い人としてこれっていいのかな? と思ったりもしたけれど、でも、恋愛漫画を描いている身としては間違っていないとも思った。


「僕は、もうなんのために漫画を描いているんだか」


 尚貴はかなり参っている様子だ。


「読者のためだよ。読者を楽しませるため。違った?」

「読者なんていないじゃん。僕達、まだデビューしていないんだから」

「冬コミに出すとかは?」

「買ってもらえないよ」


 夏コミを思い返しているのか、尚貴は憂鬱そうにまたうずくまる。


「でも、仲間もできたし、夏コミよりはきっと買ってもらえるよ」

「……そう、かもしれないけど」


 尚貴は微かに顔を上げる。

 それに、準備不足もあった。初回は仕方ないけど、もっとネットで宣伝するとか、工夫できたと思う。


 愛里は尚貴の液タブの壁紙が、誕生日にプレゼントしてくれた愛里の作品ファンアートのイラストであることに気付いた。


 何度見ても、楽しい気持ちになるイラスト。ていうか、自分も壁紙にしたいからデータ欲しい。


 見れば見るほど、自分のキャラクターの魅力が引き出されているのを感じる。




 と、そこで愛里の脳内に落雷のような衝撃が走った。


 ……そうだ。



 なぜ、このことを思いつかなかったのか。



 愛里は、告白したときよりもずっと緊張しながら言った。



「なおさん、私と合作しない?」

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