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第40話 高まる想いと、離れていく想い

 それから、二人で郡山の作ってくれたケーキを食べた。もちろん執事の淹れた紅茶付きで。たぶんスーパーに売ってるティーバッグの紅茶だけど、白手袋を装着した手で気品たっぷりに淹れてくれる雰囲気のおかげなのか、本当においしかった。


 ああ、もう抑えきれない。

 なおさんが、好きだ。


「なおさん、私ね」


 狭く古ぼけた一室で、

 袢纏を着た元・御曹司、現・漫画家志望の彼に、

 彼の描いてくれたエリンギ作品ファンアートの前で、


「なおさんのことが、好き」


 愛里は、告白していた。


「エリンギちゃん……」


 尚貴の目が、見開かれて、吸い込まれそうなその瞳を正面から見つめながら、思いの丈をぶつける。


「そう思ったの。御曹司だった時も、好きだったよ。でも、でもね、夢を追うことに真剣で、それで、もっと好きになった」


 ミニキッチンで皿を洗う音が止み、郡山は静かに退室していった。


 静まり返る中で、愛里は告げる。


「私、なおさんの恋人になれないかな」


 もっと近くにいたい。


 一緒に住んだり、なおさんに触れたり、人生の多くを共にしたい。

 このままでもいいけど、でも、もっと、近くに行きたい。


 そう思ったら、自然と言葉が出ていた。


 驚いたまま黙っている尚貴に、愛里は訊ねる。


「どう、かな?」


 尚貴はまだ何も言わない。


 愛里ははやる気持ちを抑え込みながら、じっと返事を待つ。


 緊張味を帯びた尚貴の顔は凛々しくて、覚悟のある男の子で、この人と一緒になりたい、と思う。強く思う。


「ありがとう」


 尚貴が淡く微笑んでくれる。

 その笑顔に、どきりと鼓動が痛いほど高鳴る。


 愛里は小さく呼吸をした。

 息が止まっていたらしい。


 うん。

 こちらこそ、こちらこそありがとう……。


「でも」


「え……?」


「ごめん、エリンギちゃんの想いには、答えられない」


 すうっと、熱が冷たさに変わっていく。

 氷になったように、血の気が引いた。


「なおさん……どうして……」


 断られた……?


 うそ、だよね。


「エリンギちゃんとは付き合えない」

「そんな……」


 断られるなんて、そんなことだけは、思っていなくて、

 頭の中が真っ白になった。


 今さら告白なんて、要るかな? くらいに思っていた。


「どうして……?」


 目に映るもの全てが褪せていく。


「僕は夢を追うんだ。だから、余裕がない」


 尚貴の瞳は、凛々しくなりすぎていた。痛いほど。


「僕はもう、自分の無力さを理解している。それでも、なにを取るか考えたら、夢だった」


 愛里は、力なく、視線を落とす。

 そんな、そんなこと……?


「なにを取るか、なんて……もちろん、夢が優先なのはわかるよ。わかるけど、それでも……」

「エリンギちゃんを幸せにしたいと思ってたんだ。けど、現実は、厳しいんだね。よくわかったよ。それでも、夢を追いかける。僕はそう決めた。そんな、今の僕では、エリンギちゃんと付き合うことは、難しい」


 袢纏姿も、穴の縫われた靴下も、愛しいよ? なおさん。


 尚貴は力なく首を横に振る。


「僕なんかじゃなく、もっとふさわしい人と出会うべきだ。エリンギちゃんは」

「そんなことない……。そんなことないよ……っ!」


 思わず袖をつかんで叫んでも、尚貴は黙って首を横に振る。


「付き合うことは、できないよ」


 ――どうしてわかってくれないんだろう。


「僕は夢を追うんだ」

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