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第39話 最高のプレゼント

 尚貴が、実家に戻る気がまるでないことがわかってからも、何も変わらずに創作に明け暮れる二人の日は続いていた。


 液タブに向かって真剣な顔でペンを走らせる彼の後ろ姿。髪の一本一本まで綺麗で華やかで、どこか儚げだ。


「どうしたの? エリンギちゃん。そんなに僕のこと、見て」


 手を止めて振り返る彼に、愛里は慌てて首を振る。


「いや、ごめん。なんでもない」


 画面に反射していただろうか。愛里も作業を再開しようとして、でも、なんとなく手が止まってしまう。


 尚貴はもともと、現実味がまるでないような人だった。


 スーパーお坊ちゃんで、性別不明みたいな浮世離れした見た目で、行動もとんちんかんだし、掲げる夢だって、同じ夢追い人の愛里だからこそ共感できるが、一般的には現実味がない夢だ。


 でもそんな彼が、現実の中で生きていく。


 食事は郡山が三食作って食べさせているというが、尚貴の給料では食材も満足に用意できなくて、質素だとか。初めは不満を漏らしていた尚貴だが、最近では仕方ないと受け入れて何も言わなくなり、気が進まない時は食べないままで、そのせいか、もともと細いのに前よりさらに痩せた気がする。


 「貧しい絵描き」というのは、どうしてかどこの時代にもいるというが、きっと、そういう人種があるのだろう。芸術の才能を発揮してしまう遺伝子の組み合わせがあるのだ。


 尚貴はそういう類の人種なのだろう。


「もーう見ちゃダメ、エリンギちゃん」


 画面を隠す尚貴に、愛里ははっと我に返って目を伏せる。


「み、見てないよ」


 うん、見てたのは画面じゃなくて、なおさんです。たびたび、すいません。

 ていうか隠すなんて、もしやエッチな作品でも描いているのだろうか。


 でも、いけない、いけない。

 自分も制作に集中せねば……。


「……描けた」


 一言つぶやき、尚貴はガーガーと印刷を始める。


「エリンギちゃん」


 そうして出てきた紙を、差し出してきた。


 はいはい原稿チェックですね、どれどれ、と目を落とすとそれは、カラー原稿だった。事細かく描き込むのは尚貴のいつもの作風だが、今回は何人ものキャラクターが集合写真のように並んでいる。


 んん?

 あれっ、これも、これも、なんか見たことあるキャラだぞ。


 見たことあるっていうか、この真ん中の金髪少女は『宮廷プリンセスナイト』の主人公で、隣はハル王子、それから、こっちは『夕空カフェでアフタヌーンを』のヒロインだし、こっちも……うん、全部、私の作品のキャラクターだ。


「お誕生日おめでとう」


 にっこりと、少し照れながら笑う尚貴が、こっちを見ていた。


「え……っ!」


 ぱっと顔を上げて見た机上のスマートフォンの画面には、11月10日の文字。


 あ……今日、私の、誕生日?!


「あれっ、なんで、知ってたの!?」


 誕生日なんてなおさんに言ったっけ!?


「関わる人のことは、郡山が身辺調査をするからね。それで知ってたんだ」


 な、なるほど……!


 改めて、イラストを見る。

 一面に繊細優美ななおさんらしさが感じられる、私の作品のキャラクター集合絵。


 不思議な感じだ。自分の作ったキャラクターが、違うクリエイターの手によって描き出されている。


「エリンギ先生のファンアート、だよ」


 ファンアート。

 これが、ファンアート!


 私の作品の二次創作……っ!


「……ありがとうっ!」

 

 夢みたいだ。

 憧れだった。


 自分の作品を、誰かが二次創作してくれること。


 それは夢のまた夢だった。デビューして、有名になって、絵まで描いてくれるファンを獲得して初めて叶うことだから。


 これは、一生の宝物だ。


「嬉しい……なおさん、本当にありがとう」


 髪の毛の描き方や、影のつけ方も自分と全然違う。こんな風に私も描けたら、もっと表現の幅が広がるんだろうな。


「なおさんって、本当に絵がうまいんだね。自分の未熟さを思い知る……」

「そんなそんな」


 いつもと同じ袢纏姿のまま微笑む尚貴は、


「喜んでくれて、よかった。ごめんね、本当はちゃんとしたプレゼントを用意出来たらよかったんだけど、お金もないし、手作りする時間もないし……。どうするべきかずっと悩んでたんだ」


 ちょっぴり言いづらそうに言う。


「それでね、習作としてエリンギちゃんの作品をね、描いてみたんだよ」


 時間もないし、お金もない。そんな中で、それでもどうにかして何かを贈ろうと考えてくれたのがこの習作絵なんだ。


 どんな高価なプレゼントより、どんな手作りプレゼントより、


「ありがとう。とっても、嬉しいよ」


 嬉しい。


 プロ漫画家を目指すなおさんからの、私へのプレゼント。


 胸の奥が、ドキンと跳ねる。


 ああ、私、わかったよ。

 こんなにも、なおさんのことが、好きなんだ。

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