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第34話 出ていけと言われて本当に出ていっちゃうタイプ

 尚貴の家で創作に明け暮れる日々は本当に楽しいものだった。

 楽しすぎたのがいけなかったのかもしれない、なんて今となっては……思う。


 尚貴の仕事が終わりそうな連絡を受けて出発して、尚貴の帰宅とちょうど同じくらいに到着する。


 十月にも入って日が短くなってきた頃、愛里と尚貴はそんな風に平日の夜を過ごしていた。


「ごめん、お待たせエリンギちゃん! 仕事が終わらなくて……」

「おつかれさま、なおさん」


 大抵尚貴の方が仕事の終わりは遅い。愛里は自宅で作業をして待ち、連絡があってから出るとちょうどよく合流できる。


「作業部屋に先に来て、やっててくれてもいいのに」

「さすがにそういうわけにはいかないよ」


 本人不在なのにお邪魔して作業するなんてそこまで図々しくはなれない。


「さ、急いで始めないと時間ない!」

「うんっ」

 

 翌日も仕事だ。往復四十分かかるから、一時間くらいしか作業ができない。二人とも集中して創作に打ち込んでいたら、時間はあっという間だった。


 メイドや執事に見送られて愛里が帰る間際、尚貴がぼやく。


「あーもっと創作の時間が欲しい」

「それは思うよね」


 愛里も頷く。でも、尚貴は天下のFUJITAの御曹司で、将来に向けた修行をしている身だ。現実的に、今の状態が精一杯だろう。


 メイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、プロの漫画家よりも充実した作業環境で漫画を集中して描いていられるだけでも、愛里にはもったいないと思う。


「僕はやっぱり漫画家を目指したい」


 だが尚貴は、満足していない様子だった。


「それには、今の仕事は重すぎるよ……辞めたい」


 たしかに今後も責任はどんどん重くなっていく一方で、というよりも将来重すぎる責任を与えられることを想定して今修行させられている。


「なおさん……」


 それはやっぱ、辛いんだろうな。


「もう少し、仕事をセーブしてもらうとかはできないの?」

「父さんが聞き入れてくれるとは思えない」


 会話に時折出てくる尚貴の父親。父親を語る時の尚貴の様子は、必ずと言っていいほど諦めた調子だった。


 そんなに厳しい人なのだろうか。


「話してみないとわからないんじゃない?」

「はぁ……。うん……」


 尚貴は気が重そうではあったけれど、渋々首を縦に振る。

 そんなことを話したすぐ後のことだった。


「車で迎えにきてもらえないかな」


 という突然のお願いがあって、いつものように尚貴の仕事終わりの連絡を自宅で作業しながら待っていた愛里はペンタブの手を止めてすぐに駆け付けた。


 専属の運転手さんを連れている尚貴が、こんな風に愛里を頼ることなんて今までないことだ。なにがあったのだろう。


「なおさん!? どうしたのいったい」


 尚貴の自宅から歩いて三十分くらいの場所に尚貴は佇んでいた。今ではだいぶ暑さもマシになってきたが、スーツを着たまま歩いていた尚貴の額には汗がにじんでいた。


「……家出したんだ」

「家出!?」

「正確には、半分家出、半分は追い出された」

「と、とりあえず、車に乗って!」


 愛里は尚貴を自分の軽自動車に乗せると、あてもなく発車する。

 郡山を連れていないピンの尚貴というのが、ひどく違和感だった。


「何があったの?」

「喧嘩した。父さんと」

「喧嘩……」


 これからどこへ向かうか考える余裕もなく、すっかり暗くなった夜道を自分の家に向かって進む。

 父さんと喧嘩というのは、創作についてのことだろうか。


「うちでゆっくり話聞くよ……。部屋、散らかってるけど」

「うん……」


 たまたま、近いうち遊びに行ってみたいと言われていたから、掃除しておいて本当によかった。


 黙り込む尚貴を載せた車が、愛里の自宅に到着したのは夜九時だった。客人を招くには少し遅い時間だが、お金持ちの作業仲間がいることは両親に言ってあって、時折泊めてもらっていたことまで知っているので、多少目をつむってくれるだろう。


「お邪魔します」

「どうぞ」


 でもまさかこんな形で部屋に招き入れることになるなんて。


 尚貴の部屋とは比べ物にならないほど狭いが世間一般的にはとても標準的なサイズの自分の部屋に入れ、座布団を渡す。冷蔵庫にあった市販のお茶をコップに注いで、お盆に載せて部屋に運ぶと、ひどく喉が渇いていたらしい尚貴は一気に飲み干してしまったので、愛里は再度階段を下りて冷蔵庫まで戻り、今度はペットボトルごと持ってきた。


「家出、というか追い出されたって、いったい何があったの?」


 疲れた様子の尚貴だが、ここまで来た以上訊ねないわけにはいかない。


「最近、僕が真剣に漫画家を目指していることが、父の耳に入っていたみたいでね」

「うん」

「実はそれについて、かなり怒っていたみたいで」


「ええ?」


 そうだったの!?


 全然知らなかった。

 もしかして頻繁に出入りしていた自分のことも何か言われているのだろうかと愛里は背筋が凍る。


「それで僕が、仕事をセーブして、もう少し創作の時間を増やしたいと……昨日、言ったもんだから」

「うん」

「出てけって」


 ……えええええぇぇぇぇ。


 聞きたい事項が脳内に殺到して――愛里は額を押さえる。

 

「それで、出てきたの?」

「うん」


 小学生の時も、怒り狂った先生に「教室から出ていけ」と言われてしまったとき「ごめんなさい」と謝り続けるタイプの子と、言われた通り本当に出ていってしまうタイプの子がいたが、尚貴は意外にも後者らしい。


「もっと早く出ていくべきだったんだ」


 いや、後悔した様子がまるでない尚貴は、どちらのタイプというより、いつか出ていきたかったのかもしれない。


「だけど……これからどうするの? 明日、仕事だよね」

「フジタにも来なくていいって言われた」

「そ、そっか……」


 それにしても、その軽装はいくらなんでも無計画すぎるのではないかと愛里は戸惑う。

 バッグもなく、持ち物はポケットに入れていた財布だけ。


「お金とか……大丈夫?」

「財布には十万くらい入ってるけど……」

「十万か……」


 大金ではあるけど、家もない状態では心許ない。

 どう考えてもまずい状況だ。


「とりあえず泊まる場所、どうする……? う、うちに、泊まる……?」


 男を泊めるなんてさすがに親がなんていうか怖い。

 なおさん=女の子で通す!?

 いやいやいや、バレたときが恐ろしすぎる。スーツも男物だからさすがに無理があるだろう。

 尚貴もどうしたらいいのかじっと考え込んでいる。


「一応、親に正直に言って、聞いてみるね。一晩くらいなら、許してくれるんじゃないかな……」

「すみません、お願いします」


 愛里は階段を下りてリビングに行くと、客人の気配にそわそわしている両親にお伺いを立てる。


 なおさん(男)が家出して、家を飛び出してきちゃって、困ってること、

 お金持ちで、大きなお屋敷で、最近自分がよく遊びに行っていた作業仲間の人で、作業が遅くなった際にはよく泊めてもらったりもしていたこと(部屋は別!)、

 付き合っているわけではないけど、付き合うかもしれないことまで、それとなく報告する。

 

「一晩だけなら、オッケーだって!」


 交渉の末、了承を得た旨を尚貴に伝える。

 親は二人ともかなりびっくりしていた様子だったが、まあ、人生いろいろだと言ってくれた。


「私はリビングで寝るから、なおさんは私の部屋のベッド使ってね」

「ありがとう」


 これで今日一日は安心だ。尚貴も安堵したように、ほっと溜息をついた。

 でも、問題は山積している。

 明日はどうするのか。


「なおさんは、仲直りして戻りたい?」

 愛里が尋ねてみると、案の定「いいえ」という返事が返ってきた。


「僕はこのまま家を出て、漫画家を目指します。そう決めました」


「そっか……」

 愛里は物わかりよく頷いてみせたものの、内心、まじか!? と驚愕する。

 無理なんじゃないかな、なおさん!?


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