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第31話 たとえば牛丼のような

「なおさんは、どんな漫画家になりたいの?」


 キャラカクテルを通して創作談義に花が咲いて、止まらなくなっていた。


「僕は、たくさんの人を楽しませる漫画家になりたい」

「たくさんのって、どれくらいの人に買ってもらいたいの?」

「うーん、一作十万冊くらい」

「十万部ね。それだけ売れたらドル箱扱いっていうもんね。私も同じところが目標だよ」

「そうなんだ。同じだね」

「そう、同じ」


 目を閉じて、想像してみる。


「それだけたくさんの人が面白いって感じて、アニメや実写映画にもなって、ますます多くの人が期待するようになって……そんな漫画家になりたい」

「いいね」


 尚貴が微笑む。

 愛里は少し悩んでから、でも同じ目標の相手だからと言うことにした。


「なおさんの作品、初め読んだときはよくわかんなかったんだ」

「どんなとこがわかりにくい?」

「んー、全体的に……画集なら問題ないけど、多くの人はよくわからないまま綺麗だなーで終わっちゃうと思うな」

「なるほど」

「十万人を面白いと思わせるには、見せ方をもっと改善するべきだと思う」


 愛里は有名な漫画を引用しながら、読ませる漫画(・・・・・・・)の具体的な例を提示していく。


「ご意見参考にします」


 尚貴は変な意地を張ることもなく、思った通り素直に聞き入れてくれた。

 はなやんのように趣味で描くと言われたら指摘する気はなかったけれど、そうじゃないなら言う価値がある。


「あとは売れ筋のテーマかどうかも考えた方がいいと思うけど、でも描きたいものもあるもんね。その点なおさんは、売れ筋なんて無視しても、お金でもなんでも使っちゃえば、売ることはできるから、いいな」


 お金があるなら、自費出版でもすればいいと思う。まあ、売れ筋じゃない漫画を描いて無理に売ったとしても、ヒットにはならないか。それじゃ不満なんだろうな。

 

 ――と思ったら、尚貴は首を横に振って、愛里の予想とは少し違うことを言う。


「お金を使って叶えたんじゃだめなんだ。それじゃ、今までの人生をまた繰り返すだけになる。僕は自分の漫画で、藤田というしがらみから抜け出したいと思っているのに」


 しがらみから抜け出す?


「漫画で抜け出すつもりなの?」


「そうだよ。僕は、本当に面白いものを描いて、自立もしてみたい。エリンギちゃんみたいに、自由に夢を追いかけるんだ」


「ふーん」


 藤田家から抜け出したい、その手段が、漫画なのか。

 漫画を描いて自由に生きていきたいって。


 現実を知っている愛里からしたら、……まるで理解できない。

 これを、どう伝えらたらいいだろう。


「私ね、一風変わった物語とか、好きなの」


 ぽつりと、愛里は言う。


「こう、無我夢中になっちゃうようなさ。予想の上を行くような」


「そんな感じだったね。僕も読む手がとまらなかった。まさかこんな展開になるとは読み始めたときにはまるで思っていなくて、引き込まれた」


 尚貴の素直な賞賛に礼を言ってから、吐露する。


「でも、驚きの展開で先を読ませないとか、一言では説明できないような重厚感とか、なーんか……そういうの要らないんだって言われてばっかりなんだよ。売るのに邪魔なだけだって。もっと、期待に沿った、期待通りのものを描きなさいってどこの出版社も言うの。美味しいとわかりきっている具材で、美味しいとわかりきった調理法で調理したものを、大衆は食べたいんだって。牛丼みたいなもんだよ。あ、牛丼って知ってる?」


「さすがに知ってるよ」

「ごめんごめん。牛丼並盛三百五十円、最高のコストパフォーマンスだよね。そういうのを、たくさん描いてくれって」


 尚貴はきょとんとした顔をしている。愛里は続けた。


「需要もわかるんだ。仕事行って、疲れて帰って、寝てまた仕事に行く。そんな風にみんな、どうにか生きてるわけだから。限られたその合間に、確実に値段分は楽しめる話が買えることって、結構重要だと思わない? いちいち無駄金はたいて面白いかどうかも分からないものを発掘するような気力も体力も、ないよね。平日のわずかな時間にさ。だけどさ、本当は私は、忘れられないような最高の味を求めてずっと漫画を描いてきたの。結果としてそれが受け入れられて売れればいい、って思ってやってきた。だけどダメなの。たしかにこの社会では、そんな風に描いている漫画家は生きていけない。読者に選んでもらえないから。もっと牛丼のチェーン店に合わせて工夫していかないと、お店にも置いてもらえないの。自分で同人活動してみても、個人の力には限界があるし。なおさんも見たでしょう? 個人の力じゃそんなに売れない。でも出版社は、私のような創作料理なんてお呼びじゃない」


 愛里は静かに続けた。


「だから、私、自分らしく頑張るのはあの作品で最後にしようと思ってる。これからは、もう自分らしさなんて捨てるしかないんだ」


 テーブルの上の、キャラクターカクテルが遠く滲んでいく。


「尚貴さんからしたら、私は自由に生きているように見えるかもしれないけど、本当に自由がほしいと思ったら、生きていけないんだよ。自分を貫くには、今の生活は耐えがたいし」


 鶏卵場のような職場に押し込められて、来る日も来る日もネジを生み出して、

 こんな生活から一刻も早く抜け出すためなら、描きたいものなんて後回しにするよ。


 だってきっと世間もそんな風に生きている人達ばっかりで。

 だから気晴らしの漫画選びも保守的で、わかりやすいものがほしい。そうだよね。



 そんなことなおさんは考えたこともないだろう。


 結局、身分違いなんだなと思う。

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