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第30話 プライベートバーでキャラカクテルを

 食事のあとはプライベートバーで楽しい打ち上げだ。


「バーは地下にあるんだ。行こう」


 前を歩く尚貴に続いて暗めの階段を下りる。当然のように地下室があるらしい。


 荷物などは全て郡山が持ってくれて、後ろからてくてくついてくる。

 さきほど郡山に歩き方まで指導されたので、本当は後ろを歩いてほしくない愛里だったが――


(今頃チェック、チェックって……何を思われているやら)


 それにしてもこのお屋敷、広い。移動だけで体力を消費する。高校の頃の、美術や音楽の授業のための移動教室を思い出した。ごはんが美味しすぎてたくさん食べてしまったから、いい運動になるけど。


 郡山が先に回り、重い鉄の扉を開けてくれる。照明が抑えられた暗くて上質な隠れ家のような空間に足を踏み入れると、


「いらっしゃいませ」


 張りのある多重の声が迎えてくれた。

 カウンターの向こう、お酒のボトルが並べられたスペースにバーテンダーが二人もいるようだった。


 夏目漱石みたいな口ひげが特徴の五十代ほどのバーのマスター、それから若いイケメン男性のバーテンダーさん。

 尚貴が席に着き、高い椅子を愛里のために引いてくれた郡山は役目が終わると壁際に立つ。


 バーテンダー達の自己紹介が始まり、簡単な挨拶を交わすと、


「先ほど尚貴様と作品を拝見させていただきました。ご食事の間にも読ませていただいておりました」


 マスターがふごふごと喋る。


「あ……ありがとうございますっ」


 普通キャラカクテルといえば資料の持ち込みは不可で、指定のオーダーシートに記入した限られた情報の中からバーテンダーに読み取って作ってもらうものだけれど、プライベートバーなだけあって、作品を丸ごと読み込んだ上で作ってくれるみたい。


 愛里に、嫌いな味の有無や酒に対する強さを確認すると、マスターが手品師のような手つきで酒を混ぜ始め、さっそくカシャカシャとシェーカーを振り始めた。


 耳に心地よい音を聞きながらわくわく待っていると、


「作っておりますのは『宮廷プリンセスナイト』より、主人公番子(ばんこ)でございます」

 にっこりと微笑んで、そう教えてくれる。


 うわあ~!


 自分の作品のタイトルを、自分以外の人が自然に口にするだけで、なんだかもう胸がときめく。

 頭の中にだけ存在しているキャラクターを、他の人とも共有したくて、苦労に苦労して漫画という形にするのだ。

 今頃あのマスターの頭の中を、自分の作品のキャラクターが駆け回っていると想像するだけでテンションが軽く振り切ってしまう。


 ほどなくして逆三角形の細いグラスに金色の液体が満たされ、ライトアップされてピカピカに輝く。


「お待たせをいたしました」


 そこにはたしかに『宮廷プリンセスナイト』主人公の番子を思わせる金色のカクテルが置かれていた。


 オリジナルキャラクターというのは我が子同然だ。今だけは母親が幼稚園のお遊戯会で我が子の雄姿を目に焼き付けるのに必死になる気持ちが愛里にもよくわかる。


「いただきます」


 はやる気持ちを抑えながらグラスに口をつけ、一口飲む。


 キリッと刺激的な味で、なんだろう……? 見た目通り柑橘系の味もするけど、もっと別の甘酸っぱさ……


「番子の金髪を黄色すももで、胸の奥に秘めた熱い決意をジンで表現しています」


 ああ、すもも!

 すももなんて久しぶりに味わった。この独特な雰囲気が番子みたい。


「このレシピは「ミラクル」という名前でして、数々の奇跡を起こした彼女にぴったりかと」


 粋な名前のレシピを引っ張ってきてくれていた。


 ゴクリゴクリと飲んでいると、

「かなり強いお酒ですので、ご注意を」

 と、制される。そんな強さも番子みたいで、素敵。

 マスターの手から出てきた「うちの子」に、胸が熱くなる。

 ありがとう、ありがとうマスター……!


 隣に座る尚貴の前に出されたのは、大ぶりのグラスに入ったシャーベットのようなお酒だった。グラスの縁にオレンジの皮で船の帆を模したオブジェがささっている。


「こちらは南国育ちのハル王子のイメージカクテルです。マンゴーをそのまま丸ごと使ってフレッシュカクテルにしています」


 尚貴は二本ささった黒いストローを二本ともくわえて飲む。


「……うん。僕も読んだけど、ハル王子はこんな感じだった。とても甘い。いいね。エリンギちゃんも飲んでみる?」

「う、ん」


 差し出されたグラスを受け取り、尚貴の真似をしてストローを二本ともくわえて飲む。


 創作者としてキャラクターカクテルの味を共有したい気持ちと、

 ……尚貴との間接キスに戸惑う気持ち。


「ほんとだ。とってもなめらかで甘くて……、甘々の愛情をくれるハル王子だ」


 すごく、すごく甘く感じた。


「なおさんも、飲む?」


 交換し合って、味をよく確かめ合う。


「ああ、これは強い番子ちゃんだね……。色もまぶしくて綺麗で」

 唇を離した尚貴はそう感想を言うと、グラスを戻す。


 親密な感じに、どきどきする。


 だけどここはプライベートバー。別に誰に迷惑をかけているわけでもない。

 手練のマスターも、若いバーテンダーも藤田家の雇った人間だし、壁際に控えて立つ郡山だってそうだ。


 好きに過ごせばいいんだ。


 その後も、バーテンダーと共に作品解釈を深めては、様々な角度からキャラクターカクテルを作ってくれた。尚貴の漫画作品のカクテルも、初めは色鮮やかなだけだったのが、創作者の意図を聞いてどんどん変化していった。


 こんな風に、自分の作品を深めていけるなんて、

 隣に座る人と二人だけの甘い時を過ごせるなんて、

 なんて贅沢なんだろうと思う。

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