第27話 大豪邸にお邪魔します。
予告時間きっかりに尚貴から到着のLINEが届いた。愛里はソファから立ち上がってエアコンを切り、ドキドキしながら玄関を出る。
家の駐車場の前に黒塗りの車が停まっていて、中から弾けるようにドアが開いて尚貴が出てきた。
「エリンギちゃん!」
花のような笑顔の尚貴に、こっちも自然と笑顔になってしまう。尚貴は昨日とはまた違ったおしゃれなスーツを着ていた。仕事場からそのまま来たのだろう。
「なおさん、仕事お疲れ様」
「ありがとうエリンギちゃん。さ、乗って」
路上駐車のため、運転手は運転席に乗ったままで、代わりに郡山が座席にエスコートしてくれた。お尻から乗り込み、足を揃えて地面から浮かせる。そして向きを変えて乗り込み終了。うん。うまく乗れました。
「お迎え、ありがとうございます」
運転手にも礼を言い、愛里はふうっと背もたれにもたれる。上半身を男性の方にやや傾けると可愛いんだとか。まだ余裕があるので、本で学んだことをいろいろ試してみる。
ゆらりと発車。
クラシック音楽が流れる車内には慣れてきたけど、次なるステップ「ご実家」が重くのしかかる。食事もお呼ばれすることになっていた。
「食事には少し早いけど、もう向かっていいかな?」
尚貴が問いかけてくる。愛里は頷いた。
「うん。あー……緊張する……」
「リラックス、リラックス。あ、うちでテーブルマナー講座する?」
微笑みながら尚貴が提案してくれる。
「お願い! ぜひお願い!!」
「オーケー。あ、カクテル用の漫画持ってきてくれたかな?」
「持ってきたよ」
「バーテンダーが読みたがっているから、それだけ先に渡させてもらうね」
「わかった」
家までは四十分程かかる。その間、尚貴が愛里の作品を見たいというのでその場で見せた。結局選びきれずに三作品持ってきてしまった。異世界魔法少女モノと、学園恋愛モノと、王宮恋愛モノ。
読んでいるうちに尚貴が買いたい買いたいというので、そのまま尚貴の家に置いていくことになった。お代はキャラカクテルでいいよと言ったのだが、キャラカクテルは夏コミのお礼だということで、結局本代をもらってしまう。
(そういえば、手切れ金返さなきゃな……忘れてた)
お金を受け取りながら、愛里はひきだしにしまったままの手切れ金を思い出した。手を切るように言われて郡山からもらったものだ。結局こうして尚貴の隣に座っている以上返さなくては。胸の中にずっと引っかかってはいたのだが、今日は準備に忙しくてそれどころじゃなかった。
(今度持ってこなくちゃな……)
なんとなく窓の外を眺めていると、白い高い壁がずーっと続いていることに気が付く。
これってまさか。
警備員らしき人が出入りする詰め所が見えた。
けど、あれっ? 通り過ぎた。
ここかと思ったら、違ったかな。
結婚式場か何かだったかもしれない。
しばらく進む。
なんだか森の中の細道のようなところを通る。
(あれっ、さっきまで住宅街だったのに)
その中ほどで、また白い壁が現れた。
先のとんがった柵が音もなく開いていく。
わ。
やっぱり、ここが藤田邸なんだ。木々に覆い隠された中の門の前に車が止められた。
「ご到着でございます。お疲れ様でございました」
「ありがと三屋。じゃ、行こうエリンギちゃん」
運転手(三屋さんっていう名前らしい)にお礼を言って、車を降りた。いよいよだ。
「ちょっと歩くからね、ごめんね」
「えっ?」
着いたんじゃないの?
よくわからないままに、三十代くらいのメイドさん二人がにこにことお出迎えしてくれて、鞄を持ってくれた。現代のメイドさんは、メイドカフェのようなふりふりした恰好をしているわけではなく、もっとシンプルな――白いブラウスに黒いパンツを履いて、さらに黒いウエストエプロンを着用していた。
(わあ、これが本物……)
たしかにメイドの恰好をしていては目立ちすぎる。どちらかというとホテルマンやウェイトレスのような雰囲気だ。リアルメイドさんに出会えたのはかけがえない経験だが、本音を言えばメイド服が見たかった。ちょっと残念。
そして仲良く歩くこと五分。
五分!
(ああそうか敷地……なんだ。ここも、ここも、全部。庭ってことなのかな……)
続く飛び石をひたすら踏み続けた。お寺参りでもしているような気分になりながら、「もうすぐです」とメイドの一人に言われて顔を上げると――おとぎ話に出てくるような白亜の豪邸がそびえたっていた。
藤田邸。
お屋敷、城と呼ぶにふさわしい大きさで、そして美しい。
くすみのない白色は、手入れが行き届いている証だろう。
今は日が長いため六時前でもまだ明るいが、玄関までのアプローチの白石段はライトで照らされていた。
見上げるほどの高さの重そうな扉をドアマンに開けてもらい、中へ。
玄関はまた素敵な空間だった。
はわー。お城みたーい。
二層吹き抜けのエントランスホールで、広く、ぐるりと見まわさないと視界に入りきらない。頭上には豪華なシャンデリアがあって、あれが落ちてきたら確実に死ぬ。
窓からの光を取り込む横長の鏡も周囲を銀色で繊細に縁どられて優雅だ。
でもそれ以外は華美ではなく、こういうのをモダンエレガンスというのだろう。
「いらっしゃいませ、愛里様。おかえりなさいませ、尚貴様」
一列に並んで一礼するメイドや執事などの使用人達。
愛里は用意されたスリッパを履きながら、慌てて頭を下げた。
二階には細い螺旋階段が続いていて、沈みこむような深い味わいの絨毯を踏みしめながら上へ。
軽やかなシャンパンゴールド色の細い手すりが、クラシカルに現代の鋭さをプラスしている。触れるとひやっと冷たかった。
こんな場所に来ることができただけでももう一生モノの経験に思える。
「郡山、練習用のカトラリー用意してくれる?」
「はい。かしこまりました。ご用意出来次第伺います」
テーブルマナー講座も忘れず用意してくれるようだ。うん、お願いします。こんなの、ますますお願いします。
画廊を通り抜け、案内されたのは尚貴の私室だった。
「わあっ……」
扉を開けた瞬間、思わずまたため息が出た。
そこはクラシカルなロマンスを追求したような別世界が広がっていた。
ソファから生け花まで全体的に白色で統一された中で、深いブルーカーテンが目を引く。そのカーテンのドレープは、なんかもうお城!! って感じ。
柱や腰壁はヨーロッパの伝統様式を模しているらしく、繊細なデザインを彫られた溝がエレガントさを演出している。
「ごめんねちょっと少女趣味入ってるけど」
照れながら尚貴は、ソファへ座るよう促す。
たしかに家具は猫足だったり花柄だったりで、うんと可愛らしい。
シャンデリアもすずらんの形をした花の中にライトがついている。
「ううんっ、素敵。なおさんらしいって思う」
奥には思った通り、天蓋付きベッドがあったりして。
「可愛すぎる……」
でも女の子らしい、というよりは上質でエレガントでピュアって感じで、別に性別は問われないだろうと思った。男とか女とか以前に、クラシカルロマン。
うっとりだ。




