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第25話 思い返せば。

 スタッフ一同に見送られながら店を後にする。


 店の外で待機していた郡山を連れて駐車場に戻り、愛里と尚貴が車の後部座席に乗り込むと、何も言わなくても勝手に進み始めた。


 これからなおさんの家にお邪魔するんだった。

 うーーーん、うーーーーーーー……


 だめだ。

 さすがに疲れてしまった。


 だって今日は、フジタに呼ばれて着慣れないスーツ(しかも新調したやつ)を着ていって、探検していたら怖い目に遭って、それでさっきまで超が付くほどの高級料亭でご馳走になっていたのだ。


 それでこれからさらにご実家にお邪魔する……。


 ちょっと、キビシイかも……。


「なおさん、あのね」

 愛里は思い切って口火を切る。


「どうしたの?」


「その……」


 さっきまでの反省を活かし、無理や背伸びをしないで素直に思いを伝えてみようと思うも、どう言ったらいいのか悩んでしまう。


「あのね、今日、すっごく楽しかったの。会えてとっても嬉しかったし。だけど、その……」


 隣に座る尚貴が小首を傾げてこちらを眺めている。


 車は夜の道を名古屋とは逆方向にまっすぐ進んでいく。

 自宅から、どんどん遠ざかっていく。


 自分だって、尚貴の実家なんて喜んで行ってみたい気持ちだ。

 ただ、単純に体力の限界。

 それを、伝えなくては。


 愛里が悩んでいると、助手席に座る郡山が振り向き口を挟んできた。

「尚貴様、もう夜も遅いですし、愛里様をお返しになってはいかがですか」


 助け船だった。


 だがすかさず尚貴は不満そうな顔になる。

「む。郡山、またそうやって引き離そうとするの?」


 違うんだ、なおさん。と、愛里は思ったのだけど、言い出せない。


「申し訳ありません。しかし、レディの体力をお考え下さいませ」

 郡山は、あえて取って付けたようにそう諭す。


「う……ん……?」

 尚貴がちらりとこちらを見る。


 愛里は申し訳ない気持ちになりつつも、縦にも横にも首を振らず黙ったままで答える。


「そうだな。ごめん、エリンギちゃん。もう遅いね、今日は家まで送るよ」

 尚貴は自ら察して、行先を変えてくれるようだった。


 愛里は慌てて言う。

「ううん! すごく行きたかったんだけど、そうだね……。私も、体力がもっとあったらよかったんだけど、残念ながら限界かも……。せっかくなら元気な状態で行きたい……な。無理してでも、行きたいけどね」

「無理しちゃだめ」

「じゃあ、今日は、帰ろうかな……」


 尚貴の指示で、行き先が変更され、車はUターン。


(よ、よかったあ……)

 愛里はほっと脱力した。


 今日はいろんなことがありすぎたよ。早くお風呂に入ってぐっすり眠ろう。


 尚貴は郡山の後頭部を一瞥して、愛里に言う。

「じゃあ、明日もまた、遊んでもらえないかな……? エリンギちゃんは明日、お休みになったんだよね」

「うんっ。また明日、ぜひ!!」

「じゃ、決まり!! 仕事終わり次第、家まで迎えに行くから!」


 明日もなおさんと一緒!

 これがわくわくしないはずがない。

 しっかり体力回復しないとね。


 尚貴は郡山を警戒するように、愛里の住所を暗記すると息巻いている。何があっても迎えに行くからと。


 でもさっき郡山は純粋に、愛里を慮ってくれたのだろう。と愛里にはわかっていた。悪役さえ演じてくれながら。


 郡山さんって、やっぱうんと年上の男の人なんだなあ……。

 そして、なおさんは世間知らずでも、正直で優しい。

 


 自宅に送り届けられた時には九時を回っていた。

「ただいまー……」

 愛里はふらふらしながら玄関を上がる。


「あらお帰り……いっ!? あんた、服どうしたの!?」

 娘の見慣れないスーツ姿に、母はびっくり仰天していた。

 しかも見たことのない種類のおしゃれスーツだ。

「ちょっと、うん、いろいろあって買ってもらったの社長に……」

「買ってもらった!?」

「車も会社に置いてあるけど、心配しないでね」

「どうやって帰ってきたの!?」

「送ってもらったの。明日は休みで出かけるからね。迎えに来てもらうから、心配しないで」


 説明するには大変すぎるのでこの辺りで終わらせる。


 ここまで頑張った。早く窮屈なこれ脱ぎたい。

 愛里はリビングにも行かず、そのまま洗面所へ直行。スーツを丁寧に脱ぐと、メイクオフし、すぐ湯船へ。


 ちゃぽん。


 全身を湯が包み込み、べたつく汗がとけていった。

 

 はあー……。


 ため息を三回くらいついてもまだ足りない気がする。


 なんかもう、現実についていけないよ……。


 コミケで隣同士になったサークルさんが、大企業のフジタの御曹司で、その人と連絡が取れなくなったと思ったら会社を経由して呼び出されて、どうにか食事まで行っちゃった。


 それで明日はご実家にお邪魔するんだよ?

 信じられる?


 キャラカクテルとかもうどうでもよくて、なおさんの実家にお邪魔するというイベントが大きくのしかかる。いや、キャラカクテルも楽しみだけどね。


 これってさ。

 これって?


 あの……

 恋なのでしょうか。


 なおさんは世界のフジタの御曹司で、世間知らずというかズレてるというかちょっと変わってるけど、でも、なんだか心が綺麗で……。まあ見た目も綺麗なんだけど。


 そんな相手に? 本当に?


 ぶくぶくぶくー。


 でも明日の約束もできたし、またこの次の食事の約束もしちゃったんだよたしかに。


 体温が上がっていく。


 ああ、本当に疲れた。疲れ果てた。

 心地よい疲労とはいえ、限界。


 そう思うのに、風呂場で自分を磨くのに時間がかかってのぼせかけた。


 そしてあまりにも疲れすぎているせいか、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。


 スマートフォンも手放せなくて。


 なおさんからLINEが来るんだ。


なお:今日はどうもありがとう[にっこり絵文字] 明日すごく楽しみ!![お花マーク]

愛里:こちらこそごちそうさまでした。とてもおいしかった。テーブルマナー勉強させて!


 幸せ。


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