第24話 クリエイティブで華やかな宴を
尚貴はとても不安そうな表情で、
「ここ、あんまり好みじゃ、なかったかな……?」
愛里以上に、見るからに自信のない様子で、尋ねてくる。
「ええっ!? そ、それはそんなことないです。とんでもないです! ご、ごめんなさい」
そんな、そんなそんな、ここを気に入らない人なんて、そんな我儘な人、どんな富豪でもいないと思いますよ!?
愛里が否定して謝っても、目の前の尚貴の顔は晴れない。
「今までせっかく敬語じゃなかったのに、どうして急に敬語になるの?」
「えっ」
本当だ。自然と敬語になっていた。
「ああっ。なんでだろう……? んと、なおさん、やっぱりすごい世界の人なんだあって思いまして……はい」
愛里が開き直ってへりくだると、
「別にそんなことないよっ」
尚貴はちょっと拗ねたように唇を尖らせる。
人形みたいに整った顔に、人間味が滲む。
なおさんって、こんな表情もするんだなあ、なんて、その顔に見惚れたりして。そして、こんな顔もやっぱり美人だなあって、ますます恐縮してしまう。
「ここならエリンギちゃん、絶対気に入ると思ったから……」
尚貴は意気消沈したように、そのまま俯いて黙ってしまった。
「なおさん……」
気に入っていないわけじゃない。
ていうか本音を言えば、なおさんと食事ができるならどこでもよかった。
それこそチェーン店居酒屋とかファミレスとかだってもちろんよかったし、逆にある程度の内容じゃなきゃ嫌だってなおさんが思うならお財布をはたいて背伸びだってするつもりだった。
でも、いざ、こんな素敵な……あまりにも素敵すぎるところに連れてこられて、めったにないご馳走を振る舞われて、委縮してしまった。
自分の立ち振る舞いも、これでいいのか、合っているか気になって、なおさんと自分との距離を感じたりして、気が引けて。
(だって、それは、なおさんによく思われたいからだよ)
よく思われたいから。
好きな人だから、絶対失敗したくないから。
目の前の、しょげたような尚貴を見て、たぶん自分もずっとそんな顔をしていたと気付く。
……もしかして、なおさんも、同じことを思ってくれていたのかな。
(そ……っか)
なおさんも、私に笑ってほしいと思ってる、んだね。
だけど、そんなこと言ったって……だって、知らないんだもんこんな世界、私、自信ないよ。
コミケ会場では頼りない尚貴を助けて堂々としていられた。今度は逆なのだ。
知らない世界、知らない常識、好かれたいのに嫌われるかもしれない不安、迷惑をかけてしまうかもしれない恐怖。
もう、へとへとだ。
コミケ会場で、なおさんもこんな気持ちだったのかなあ?
自分には無理だとかやっぱりできないとか、なおさんも何度かくじけかけていた。
けど――たしかに。
たとえばコミケ会場で尚貴に委縮され続けても困るだけだとは思う。
幸い尚貴は、開場の拍手にただただ感動したり、愛里の手助けには感謝してくれたり、コミケを純粋に楽しんでいた時間の方が長かった。
(そう思うとなおさんは、偉いな。そして心まで、綺麗だな)
変に恐縮したり自信を無くして卑屈になったりされたら、もっと厄介なことになっていただろうに、尚貴はそういう姿などは見せなかった。
愛里の心の中に、ふと反省の気持ちが沸き起こってくる。
(……そっか)
私は何をやっていたのだろう。
せっかくの楽しい宴を。なおさんとの食事を。
……テーブルマナーとか、味の感想とか、もし失敗したって、きっと大丈夫だ。
だって、なおさんがコミケでどんなに大失敗しても、私は全然嫌いになんて思わなかった!
そうだ。きっと、今も同じだ。
なおさんだって、私だって、いつもいつも完璧でいられるわけじゃない。
一番ダメなのは、大切に思っている人を、こんな顔にさせていることだよね。
「ごめん! なおさんっ、私が悪かったと思うっ」
「エリンギちゃん……?」
愛里は声の大きさも気にせずそう言うと、頭を下げる。そして、続けた。
「正直に言うね! テーブルマナー教えてもらえないかな……? 私、全然知らなくて、気になって気になって。ああっ、ほとんど料理もう終わっちゃったと思うし、今更だけど……っ。変だとか間違ってること、あったら教えてほしいんだ。直すから!」
「あはは、そんなの、気にしなくてもよかったのに」
尚貴はほっとしたように微笑む。
「じゃあ、また今度、もう一度ここに来ようよ!」
「ふえっ!?」
思わず変な声が出た。
「今度はもっとゆっくりと、楽しもう?」
「……うん」
……おかわりを要求してしまったようで申し訳なく思いつつ、でも、でもでもでもでもまた来たい。次の約束が、ほしい。
「あ、うちの執事に教えてもらうのでもいいよ。郡山でもいいし。テーブルマナーの練習、やろうやろう。それで、またご飯を食べに行こう!」
「楽しみ!」
「うん!」
にっこり笑顔の二人の前、食器を下げられて空いた中央スペースに、大きな生け花が運ばれてきた。
「わ。わわわ~?」
目を丸くして、よくよく見ると、木々の合間に隠されるようにしてマカロンやアイスクリーム、プチフールが配置されている。
「もしかしてこれ、デザート???」
植物をお皿の代わりにするなんて、なんて風変わりな。でも、小さなスイーツが花のように咲いているみたいで、可愛らしい。
「可愛いっ。面白いね!」
これはもはやアートの域だった。
「でしょ? ふふふ」
尚貴がドヤ顔をして説明してくれる。
「ここのシェフは、美大も出ていて、料理に芸術を取り入れているんだよ!」
言われてみれば、これまでに出てきた料理も、照明が消されたり逆にライトアップしたりなど、演出が凝っていた。盛り付け方も、なんか言っていた気がする。森を表現していたり、海を表現していたり……正直雲の上の世界すぎて聞いても分からないと思って、あんまりちゃんと聞いていなかった。
「って、これも説明したのに、エリンギちゃんってば、すごーい、おいしーい、高そう~、ってばっかり言ってて聞いてなかったんだから」
「ごめん、なおさん」
本気で怒っているわけではないことは、十分伝わってくる。文句の一つも言えるくらい、今はもう安心してくれたということだ。
「なおさん、あのね。私、こういう料亭って初めてで、すごく緊張しちゃってた。知らない間に変な行動しちゃってたらどうしよう、って、背伸びして、身動きが取れなくなって……でも、なおさんは、きっと、わかってくれたよね。私が最大限で、楽しめば、それでいいって」
「もちろんだよ」
尚貴は優しく頷いてくれる。
「僕も、世間知らずなところ、いっぱいあるでしょ。コミケでは、迷惑をいっぱいかけたよね。だから、いいんだよ。エリンギちゃんは、何にも気にせず、エリンギちゃんのまま、楽しんでくれたらいいから」
「うん」
草花の間から二人で探し出したデザートは、とても甘くて、ほっぺたがおっこちそうだった。
また来たいな。
なおさん、ありがとう。




