第23話 テーブルマナーとかわかんない!
クロスのかかったテーブルに案内され、尚貴が席に着く。愛里もスタッフが引いてくれた椅子に着いた。尚貴の真似をして、皿の上に置かれていたナフキンを膝にかける。照明はほの暗く、テーブルの上のカトラリーがそっと輝く。とても上質な雰囲気が漂っていて、どきどきした。
「料理はコースだけど、飲み物はどうする? 貴志兄さんのこともお詫びしたいし、ごちそうするから、好きなもの飲んでね」
「そんな、でも」
「いいのいいの」
最初から出してもらう気満々じゃいけないと思って愛里はメニュー票を手に取る。光沢のある分厚い厚紙に印字された一杯あたりの値段を見たら、目玉が飛び出そうになった。
えっ。これって一杯の金額? 飲み放題付きの居酒屋コース一人分の金額じゃなくて?
愛里は悟った。ここ、一周回って、庶民にはよくわかんないくらい高いところだと。世界の巨匠ピカソの絵が下手くそに見えるみたいな。だってワイン一杯でこの金額って、コース料理は一体いくらになるの!?
ごめんむりだ。大人しく出してもらおう。
ワインの違いなんてよく分からないし、愛里は尚貴の選んだワインと同じものを注文することにした。
それからシェフの挨拶が始まり、ワイン専属のソムリエールの給仕が始まり、慣れない展開にドギマギしっぱなしだった。
ああ、そういえばテーブルマナーも基礎的なことからわからないや。
何だっけ、フォークとかは外側から使っていくんだっけ? 出てくる料理に合わせて並んでいるとかいないとか。さすがにこの辺りは知っているべき知識だよね。
今この場でネット検索させてほしいと切に願う。スマホ持ってトイレで隠れてやってこようかな!? いや、でも、食事中に席を立つのはとりあえず失礼だよね。うう、どうしよう。
乾杯用のスパークリングワインには、自家製だというスパークリングウォーターを目の前で注入してくれて、早くも「ほらね普通とはなんか違うぞ」と感じ始める。
まず前菜として出てきたのはズワイ蟹を使った小さなタルトで、人差し指と親指で丸を作った大きさにも満たない量しかなかった。でもこれだけで一体いくらなんだろう。あと皿の周囲にソースが点々と置かれていてすごくおしゃれだ。
「どう? おいしい?」
「はい……」
と答えつつも、正直、緊張で味が全然わからない。
でも……ううん、やっぱ格別美味しいような気がする。
あ、スパークリングワイン、食前酒って言ってたから食べる前に飲まなきゃいけなかったかな。
愛里があわててグラスを手に取ると、それはぶどうの味がはっきりした辛口のもので、辛くてむせた。
「大丈夫? エリンギちゃん」
「ケホ、はい……」
空になったグラスを置き、
「け、けっこうなお手前で」
しまった。テンパって変なことを言ってしまった。
(わたし、茶道部かっ!)
心の中で自分にツッコミを入れて、心の中でフフッと笑う。もう自分自身までわからなくなっていく。
お次の料理、まず目に飛び込んできたのは透明なクッションのようなお皿で、中央がくぼんでいる。そこに鮮やかな黄色の……なんだろう? 液体のような個体のような物体。とろりとしたその周囲には模様のように角切りの脂? が散りばめられ、中央には繊細な白い泡が盛られていて、上にコーンが一粒だけ浮かんでいる。そしてスパイスが少々。まるで芸術作品のような佇まいである。
「こちらはコーンスープになります」とシェフ。
「えっ、これコーンスープなんですか!?」
こんな凝ったコーンスープも世の中にはあるんだ。
スプーンでひとすくい。あと二、三口分しかないなと計算しながら口に入れると、
「わっ、これ、甘……っ! 美味しい……」
甘さにはっとした。抜群に糖度が高い。そしてこの濃厚な……なんだろう、と思ってメニュー表を見る。とうもろこし・鴨・フォアグラを組み合わせたスープだって。なにそれめっちゃ高そう。でもすっごく美味しい。別々に食べたって立派にメインディッシュを飾れそうな高級食材をまぜこぜにするなんて、罪深いほどに贅沢だ……。
その後もオマール海老とか鮑だとかの超高級食材がずらずらと並び、そしてソムリエールがエスプリの効いた会話と共にワインを給仕してくれる。
メインディッシュであるフィレ肉は、なんと目の前でトリュフを削ってくれて、無知な愛里にも香りがいいことがすぐわかった。
「こんなごちそう、今まで食べたことないです……」
希少な食材も必要に応じてふんだんに使って、究極の美味しさを目指しているといったスタンスを感じる。自分の舌がそこまで肥えていないのが申し訳なく思えてくるほど。
でもこういう場所って、記念日のお祝いとか、プロポーズのような一世一代の大勝負にしか使わないものだと思っていた。こんな風に、日常的に出入りするって、やっぱり世界が違う。
やっぱり世界が違うよ~~~~。
はあ。
なんか、自分なんてとても見合わない。
自信がどんどん消えていくのを感じる。
自分の所作が悪くて、なおさんに変に思われていたらどうしよう。
尚貴が何かしゃべっていても、何を言っていたか全然頭に入ってこない。
ああ、我が家に帰りたい。
もう疲れてしまった。
なんだか頭痛もするしクラクラする。
嫌われたくないけど、嫌われたくないけど、もう頑張れないです。
「エリンギちゃん……? あの、エリンギちゃんっ」
「はっ、はい!」
気が付くと、正面に座る尚貴が大きめの声で自分を呼んでいた。