第21話 フジタの中で生きていくのがいいに決まっているのか
愛里はエレベーターから無理やり出ようとしてガコンッと扉に挟まれた。
「おい大人しくしろ」
「離してくださいっ!」
黒服と揉み合いになりながらも、扉に足を挟んで連れていかれないようにする。
(連れていかれたら襲われる!!)
というか、知らぬ存ぜぬを貫くホテルマン達、ここは犯罪組織のアジトですか!?
エレベーター内のミラー越しに人の影が見えた。てっきり貴志が一緒に乗り込もうとしていると思ったら、
「またやってるのか、いいかげんにしろ貴志」
違った、別の人だった。髪の色とか、似ているけど、別人。
その男は一歩二歩とこちらに向かって歩いてくる。
上品なスーツで、堂々とした雰囲気で、
快活そうな丸く大きな瞳は、でもどこかで、見たことある人で……。
(あっ。も、もしかして……長男の、ええと……名前なんて言ったっけ? 秋なんとか……)
「チッ、アニキかよ……」
その人の後ろから貴志が両ポケットに手を突っ込んだままのっそりと立ち上がってこちらに向かってくるのが見えた。
「秋貴様」
あ、そう、秋貴様って名前だった。黒服二人が驚いたように一礼して脇に退くのをぼんやりみながら、愛里は頷いた。あの時すれ違った王子様がここに降臨なさったらしい。
「なおさんの、お、お兄さん……ですよね?」
「ん? 取引に来た営業かなんかだと思っていたが、違うのか。なおの知り合い?」
なおという単語に、秋貴は意外そうにこちらを見つめる。
「おいおい俺のエモノ勝手に取るなよ」
貴志が割って入ってくる。
(獲物じゃないんですけどっ)
愛里が反論する間もなく、
「こういうことは、フジタの品位にかかわる」
貴志に対し、秋貴が厳しく言い切る。
「別になんとでもなるだろ」
「じゃあせめて社員にしろ」
(社員は容認!?)
いや社員に対しても、襲ったりしたら普通に犯罪だと思うし長男さんもちょっと毒されている人なのかもと思う愛里だったが、たしかに貴志の隣に侍る女たちはまんざらでもない感じだったし、ここではそうなの……かもしれない。
秋貴は愛里に向き直り、紳士的に手を差し伸べてくる。弟の振る舞いに腹を立てたまま振り払おうかとも思ったが、この人には一応助けてもらったし、ここは素直に手を取っておいた。エレベーターから愛里を降ろし、ソファまでエスコートしながら秋貴が「君は、どうしてここに?」と問いかけてくる。着席するよう促され、さっきの場所まで戻ることができた。ふう。
「なおさんに呼ばれて、来たんです」
ふっかふかのソファに沈み込みすぎ、慌てて姿勢を直しながら愛里は答えた。
「はあ? 尚貴に?」
貴志が意外だというように目を丸くする。
「あいつ漫画ばっかり読んでる印象しかなかったんだが、まさか女がいたとはなァ」
尚貴を軽んじるような言い方に愛里はイラっとし、貴志を睨む。
「おお、こわいこわい」
「ちょっと意外だな」
秋貴はあごに手をやり、考えるようなしぐさをとる。
貴志はフンッと鼻を鳴らして言った。
「尚貴あいつ漫画家になるのが夢だとかほざきやがって、ばっかじゃねーのって言ってやってくれよお嬢ちゃん。現実見ろっての。ははっ」
どかっと横に腰かけられ、
「な……っ?」
スプリングに翻弄され、愛里は貴志にもたれかかるような感じになってしまった。貴志はこの機を逃すまいと肩を組んでくる。
「俺らはフジタの息子なんだぞ。フジタの中で生きていくのがいいに決まってんじゃねぇか。はっ。俺だってロックスターになりたかったよーあははは」
貴志は愛里を抱えたままギターを弾くように指を構えると、ふざけたようにエアギターを奏でる。ひとしきり好き勝手めちゃくちゃにやって、そっと近寄ってきていたコンパニオンめいた女性たちの「あら」「お上手ね」なんて黄色い声が上がる。
「ハハッ、どーもどーも。ま、俺は、ちゃあ~んと、継ぐけどね会社」
すると今度はまた「大変ね」「ご立派ですこと」なんて声に囲まれて、にこにこしている。
「ちょっと、やめてください。離して」
「おい貴志、絡むなって言ってるだろ」
秋貴の制止にも貴志は無視して肩を組んだままだ。貴志はホストみたいなグレースーツを着ているくせに、生地がちっともペラペラじゃないのが憎たらしい。でも上等物で涼しそう。
「なおちゃんは、まだ、若いんだな~」
貴志の言葉に女性達もなんともいえないような困り顔で微笑む。彼女達の装いは一応会社員の着るようなスーツだけど……胸の谷間が見えていたりなんとなく華美な印象で、大人の世界って感じだった。愛里のことなど相手にもしていないのか、それとも貴志の遊びに慣れているのか、妬いた様子もなく見守っている。
何か言いたげなまま黙っていた秋貴が、口を開く。
「ま、尚貴もそのうちわかるさ。俺達はここで生きていくしかないんだって」
それに呼応したように貴志も続く。
「エアギター弾くようになるなる、ハハハハ」
そして周囲の女性達が朗らかに笑う。
夢を語った尚貴の真剣さが、この場の全員にコケにされているようで、たまらなく不愉快さを感じた。
「一緒にしないでください」
よせばいいと思いつつも、つい愛里は言ってしまった。
腕を振り払って、その場に立ち上がる。貴志を、秋貴までを一瞥し、言い放つ。
「あなた方が夢を諦めるのは勝手ですが、人の夢まで笑わないでください」
「このアマ……」
横から貴志にギロッと睨まれているのを感じるが、吐いた唾は呑めないと腹をくくる。
秋貴はあっけにとられたような顔をした後、
「いいこと言うねえ。父にも聞かせてやりたいよ」
愉し気に微笑む。
「なおをよろしくね」
「え……あ、はい……」
愛里はちょっと立ち尽くした後、今だ、と我に返り、出口へと走った。




