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第16話 藤田市フジタ町は、まるで国

 労働組合本部の受付嬢に案内された通りに、間違わないように気を付けて敷地を歩く。


 敷地の地図の載っている案内パンフレットももらった。


 電機工場は第一、第二、第三……と家電やエスカレーターなどの大型電気機械などに分かれているようだった。工場の他にも電機研究所、電気機械科の高校や大学まで敷地内にあるらしい。さらに、学生寮や社員寮とは別に、ホテルや温泉といった宿泊施設もあるようだ。


(んっ!? このマーク、もしや、コンビニと、カフェ!? す、すごい数!!)


 見覚えのあるロゴマークがちりばめられていた。どうやら敷地内にはコンビニやカフェがいくつも点在しているようだ。さらにはスーパーマーケットをはじめとした小さな商店街のような通りや、スポーツジムやマッサージ店といった娯楽施設まで完備されていた。


(すごい……。ここにカーナビを設定するとき、藤田市フジタ町(・・・・)って書いてあったけど、ほんとに街みたい)


 パンフレット片手に、好き勝手に探検してみたいような気持になる。今はそんなことをしている場合ではないのだが、ついわくわくしてしまう。部外者はどこまで立ち入っていいのだろうか。


 社員証をぶら下げた人が行き交う不思議な光景を目の当たりにしながら、愛里はFUJITA本社を目指す。地図によると、工場の周辺にはコンビニやカフェが数多くあるようだったが、本社の周辺にはそういったものは僅かしかない。代わりに、どうやら本社内部に配達や給仕やらを担当する部署があるようだった。


 本社は敷地内で最も高層のビルのことだった。見上げるほど高い。数えてみるとざっと三十階ほどあった。


 曇りなく磨かれた透明の自動ドアに向かって歩いていると、周囲の人波がざわついているのを感じた。


「やだちょっと、私隠して」「どこ?」「あっちにいるって」


(なんだろう? 誰かいるのかな?)


 芸能人でもいそうな雰囲気だ。外は暑いので早く涼しい室内に入りたい気持ちもあったが、ざわめきに耳を澄ませてみると、


「社長の長男がいるって」「秋貴(あきたか)様?」「そうみたい」「跡取りじゃん」「アッキーどこ?」


 と聞こえた。

(え? 社長の、長男??)

 愛里はきょろきょろと視線を彷徨わせる。


「おはようございます、秋貴(あきたか)様。お疲れ様です」

「おつかれさん!」

「きゃー」


 人々の挨拶に快活な笑顔と会釈を返しながら、本社正面ドアから出て真ん中を堂々と闊歩するスーツの男がいた。愛里は思わず飛びのいて隅にどいた。

 手ぶらのまま、時折誰かに手を振ったりしている。鞄は当然のように周囲に付きそう者が持っていて、どこかへと歩き去っていく。


(そういえば、なおさんは三男だって言っていたな)


 あれがお兄さんなのかな。長男、跡取り……。

 髪の色が、尚貴に似ていた。おそらく兄弟だ。

 でも、自信に満ち溢れたような雰囲気は、尚貴とはかけ離れているように感じた。

 尚貴も美人だが、秋貴はどちらかというと、美人というよりやり手のイケメンといった感じだ。

 ざわめきには黄色い声も混じっていた。あの笑顔が最高だの、結婚したーいだのとひそひそ声が耳に入る。


(そっか。街って思ったけど……、むしろ、一つの国みたいなんだ……)


 名付けるなら、そう、フジタ王国。


(なおさんも、あんな風に、囲まれたりするのかな)


 急激に、距離が遠く遠く感じてしまう。


(なおさんが、私を呼んでるって思ったけど……勘違い、じゃ、ないよね?)


 もしそうだとしたら、あまりに恥ずかしすぎる。

 二週間も期待して、社長まで連れ立ってスーツまで新調してのこのこやってきたりして。


 でも、どちらにせよ、FUJITA会社様がねじねじロボット一号製作者との会見をご所望というなら、(有)丸井螺子の愛里が馳せ参じるのは当然だ。仕事の話だったらそれはそれで、丸井社長の役に立って終わればいい。


(とにかく、行こう!)


 愛里は気を取り直し、正面ドアへと足を進める。


 本社ビルに入ると、シンプルかつ先鋭的なデザインの受付カウンターが正面少し右にあり、「いらっしゃいませ」と二人の受付嬢がきれいに揃って一礼し迎えてくれた。


「わ、わー……!」


 天井はすこーんと吹抜けとなっていて、ガラスか何かでできた未来的な階段がのびている。丸井社長が受付のお姉さんに事情を説明すると、「お迎えに上がれず申し訳ありませんでした」と丁寧に謝罪され、エレベーターに案内された。愛里と社長は、ぺこりと頭を下げてそのまま静かに運ばれる。


無言の時は過ぎ、いよいよ、尚貴がおそらく待っている本社二十八階に到着。


(緊張してきた……)

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