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第13話 お姫様系王子

 午後の仕事をしながら、愛里は尚貴のことを思い出していた。


 こちらに向かって優しく微笑む、天使のように綺麗な顔が、なんだかもう懐かしく煌めいていた。


 髪の毛の一本一本まで細かった。髪色も、きっと染めていなくて手付かずのままだろうにどこか淡くて、物語世界から飛び出て来たかのような雰囲気を漂わせながら、ふわふわレースの洋服が絶妙に似合っていた。


 そして家柄の恐ろしさは置いておくとしても、本人は少しも悪い人ではなかった。なんとなくそれは断言できた。過保護だと自分で言っていたけど、大切に大切に守られてきたのだと思う。


 スマートフォンが振動するたびに、作業の手を止めて、人目を忍んで密かに確認する。


 連絡はなかった。


 もしかしたらまだ寝ているのかもしれないとも思った。

 きっと慣れないことばかりで疲れただろうし。


 お姫様ベッドなんかですやすや眠る尚貴が自然と想像できて、ちょっとおかしかった。

 メイドさんに紅茶を淹れてもらって起こされて、髪をくしけずられながら眠い目をこすり、着替えまで手伝ってもらう。そんなイメージ? なおさんの年はいくつなんだろう。自分より少し上か、少し下か、同じくらいだと思ったけど、その年月の内訳はあまりにも違うんだろうな。と、愛里は空想を膨らませる。


 もし年上だとしても、降りかかる禍の全てから、どうにか守ってあげたくなるような、か弱く無垢な女の子みたいな不思議な男の人なのには変わりなくて。


 あんな人、初めてだったな。


 そんなこと考えていると、またスマートフォンが振動したので、どきどきしながら急いで確認する。


 ただのアプリの更新通知だった。

 唇を尖らせ、作業に戻る。


 結局その日は連絡がないまま帰宅することになった。

 スマートフォンが振動するたびに胸がどきどきするから、ひどく疲れてしまった。

 通知はきっとあの尚貴が描いた繊細優美なイラストのアイコンで表示されるだろう。


(……あっ、そういえば)


 愛里はここでふと、大事なことを思い出した。


 心臓がまたもや早鐘のように鳴り始める。


 荷解きはいつも次の日にやると決めて眠るから、うっかり忘れていた。


(なおさんから買った漫画が、あった)


 だいたいは、作品の奥付にメールアドレスなどの連絡先を載せるものだ。そのことは付き人郡山も知らなかっただろうし、そもそも愛里が尚貴の本を購入したことだって知らず、回収されなかった。


(なおさんが連絡先を載せていない可能性もあるけど)


 早く、確認しなくては。


(……だけど、もし連絡先があったとして、なおさんの方からは連絡できるはずなのにな)


 連絡がないということは、望んでいないのかもしれなかった。帰ってから冷静になって、世界が違うことに気付いたのかも。


(それでもいいや)


 ひとことでも素直な感想を伝えてあげる。きっと、喜ぶと思うから。

 売れていない作品を買った者として、どうしてもやってあげたいと思った。


 郡山には心の中で謝って、最初で最後にするからと決めて家路を急いだ。

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