魔女が泣いた日
ベッドから、あなたの震えたしわくちゃな手が私に伸びる。
来てしまった、この日が。
伸ばされた手を、ぎゅっと握ると微かに握り返されたのがわかって泣きたくなった。
あなたは穏やかに笑って、虚ろな目で私を見ている。
「……あの日、貴女に出逢えてよかった」
あなたの、か細い声が空気に溶け込んだ。
「貴女に拾われて、僕はずっと幸せだった」
白い髪を持った幼いあなたが、忌み子として虐げられ、ついに私の屋敷の前に捨てられたとき。
あなたは暗い目でじっと私を見ていた。
まるで死んでしまっても構わないというような熱のない目で私を見ていた。
最初は、胸くその悪いガキだと思った。
あなたを家に連れ帰ったのは、きっと同情だったの。
同情が、いつからこんなに切なく私の心を締めつけるようになってしまったんだろう。
でも、でも、だって、あなた、かわいいんだもの。
あの日の暗い目が嘘だったみたいなキラキラした目で、私のことを見るんだもの。
今だって、虚ろな目が私を写すとキラキラと光るんだもの。
「ねえ、死ぬの?」
わかっているのに、ころりと口からこぼれた言葉にあなたが薄く笑った。
わかっているわ。
あなた人間だもの。
私の弟子になったって、魔法が使えるようになったって、あなたは人間だもの。
ころり、と目から一粒なにかが落ちた。
「貴女は、変わらないね。今も昔も。ずっと、綺麗だ」
バカな子。
魔女は年なんか取らないのに。
バカな子。
わかってたのに。
こんな日が来るって、わかってたのに。
バカな、私。
「置いて、いくのね」
震えた声が、ぽとりと落ちた。
「ごめんね。ひとりに、して……ご、めん……」
あなたのいない世界で、また生きていけって、言うのね。
思わず引き寄せられるように、彼の手に口づける。
彼の魂が、悲鳴をあげるのを聞いた気がした。
耐えられなかった。
耐えられなかった。
彼の手から力が抜けていくのがわかって、耐えられなかった。
彼の目が閉じられて。
嗚呼。
彼はもう、いない。
「ごめんなさい」
震える声で呟いた。
「ごめんなさい」
本当のことを知ったらあなたは。
私を恨むだろうか、憎むだろうか。
「ごめんなさい」
こんなことを、私は何度続けるのだろう。
彼を苦しみの輪廻に閉じ込めて、何度も何度も素知らぬ顔で記憶をなくした彼と出逢う。
「あんな風に、言ってもらえる資格なんて……ない、のに」
心臓が引き裂かれそうだ。
痛くて、痛くて。
こんなこと、狂気に満ちている。
こんなこと、許されるはずがない。
でも許されなくたっていい。
それでも。
「それでも」
次にあなたに出逢えるまで、何十年だって、何百年だって、私はここで待っている。
何度だって、何度だって。
「ごめんなさい」
もう一度、呟いた。