異世界召喚を成功させた俺、平民しか呼べずに無能だと国外追放されるも、召喚した日本とかいう国の少女達がむちゃくちゃ有能だったので隣国でどこまでも成り上がる
「ついに……ついに為し遂げたぞ!」
いまからおよそ六年前。当時まだ十二歳だった俺は、魔法陣を解析するスキルがあるという理由で国に召し上げられ、以来ずっと国有の研究所で魔法陣の解析を行っていた。
解析したのは、王家に受け継がれていた古文書に載っていた魔法陣。
ご先祖様が建国する切っ掛けになった魔法陣とのことだが、古文書は欠落だらけで魔法陣を再現することが出来なかった。
俺はその魔法陣の再現を命じられ、ずっと研究を続けていた。
最初の一年は闇雲に解析を行おうとしてなんの成果も得られなかった。そこから二年掛けて様々な魔法陣の解析を行い、魔法陣の基礎を学び取った。
そして更に三年。
俺はついに王家に伝わる、複雑で巨大な魔法陣の欠損を埋めることに成功したのだ。
更にいえば、王家に伝わる魔法陣の使用には様々な条件が必要なことが分かった。
その条件を満たしているのは奇しくも今夜で、次はいつになるか分からない。俺はすぐさま研究所の責任者に報告することにした。
「クリス、聞いてくれ!」
研究所を取り仕切る責任者こと、クリスティアの作業部屋へと飛び込む。
「こーら、シリルくん。ノックくらいしなさい」
唇を尖らせるのは、ブロンドの髪の美少女。俺より一つ年下だが、俺よりも小さい頃からここで働いている正真正銘の天才少女である。
「あのね、シリルくん。この研究所の責任者は私なんだからね? 別に普段からかしこまれとは言わないけど、仕事中はちゃんとしないとダメよ?」
わりと世話焼きでお節介な女の子でもある。
「悪い、クリス。でも聞いてくれ、ついに古文書の魔法陣を完成させたんだ!」
「え、ホントに!?」
「ああ、これを見てくれ」
俺は書き起こした魔法陣をクリスに見せる。
クリスは翡翠のように美しい瞳で、じっくりと魔法陣を眺め始めた。
「……ふむふむ。こっちは魔力を増幅するための記述で、こっちが異世界とパスを繋ぐための記述。それにこっちは、この世界の言語を理解させるための記述、かしら?」
「どうだ? どこにも破綻がないだろ?」
この魔法陣の内容通りなら異世界から人を呼び出し、なおかつ会話をすることが出来る。
「そう見えるわね。……魔力は通してみた?」
「ああ、問題なかった」
魔力を通すというのはその言葉の通り、魔法陣が起動しないレベルの魔力を通すこと。もし魔法陣に問題があれば魔力がちゃんと流れない。
逆に魔力が通れば、魔法陣はどこも破綻していないということになる。
「……そう。よくやったわ、シリルくん。それじゃ、日をあらためてお披露目しましょう」
「いや、それが……これを見てくれ」
俺は魔法陣の片隅を指差す。
「これは……発動に必要な条件、かしら?」
「ああ。それを計算したところ、この魔法陣を起動できるのは今夜だけだ。その次となると、いつになるか分からない」
「……なるほど。分かったわ。なら急いで手配するから、今夜お披露目をしましょう。私はこのことを陛下に伝えてくるから、あなたはいますぐ魔法陣の制作に取りかかって」
「分かった。それじゃ準備してくる」
踵を返して退出しようとする。
「あ、ちょっと待って。重要なことを言い忘れていたわ」
「……なんだ?」
呼び止められて振り返る。
「魔法陣の解析、おめでとう。シリルくんなら出来るって信じてたわ」
「……ありがとう、クリス。キミが色々とアドバイスしてくれたおかげだよ」
クリスはとある伯爵家の娘だが、俺のような平民の子供とも対等に話してくれる。
当時、魔法陣の解析スキルがあるという理由で無理矢理連れてこられた俺に、基礎知識を教えてくれたのはクリスだった。
だから、俺はクリスの期待に応えられたことがなにより嬉しかった。
――だが、そんな幸せは長く続かなかった。
その日の夜。
中庭には国王を初めとした重鎮達が集まっていた。目的はもちろん、俺が完成させた王家に伝わる魔法陣のお披露目を見るためである。
念のためにと張られた結界の向こう側で、思い思いの表情を浮かべている。
「全員が期待してるって訳でもなさそうだな」
「期待と疑惑。それに……嫉妬ね」
俺の独り言にクリスが答える。
「クリス、結界の向こう側にいなくて良いのか?」
「あら、私が魔法陣を確認したのよ? 問題なんて発生するはずないじゃない」
「そこは、『シリルくんが完成させたから大丈夫』って言うところじゃないか?」
「え~? シリルくん、ときどきミスするからなぁ」
「なにおう」
クリスと軽口をたたき合う。このときの俺は、魔法陣のお披露目があんな結果になるなんて夢にも思っていなかった。
王家に伝わる魔法陣は、たしかに異世界から人を召喚する機能を備えていた。
けれど――
「あらぁ? ここはどこかしら?」
二十歳くらいの色っぽいお姉さんに、
「俺達、たしかバスに乗ってたんだよな?」
十代半ばくらいの元気そうな少年に、
「ふぇぇ……なんか、変な恰好をした人達がいるよぅ」
十代前半くらいの大人しそうな女の子。
魔法陣から召喚されたのは異世界の、だけどただの平民の子供達だったのだ。
魔法陣の起動、そして異世界召喚の成功に沸いた国王達は、ただの平民の娘達であると分かりすぐに再召喚を命じてきた。
だが、召喚が可能だったのはさっきの一度のみ。次の機会はいつになるか分からない。それを報告した瞬間、国王達の態度が落胆へと変わった。
「つまり、お前はそのただ一度の機会に失敗し、平民の子供を召喚したというのだな?」
「……それは、その通りです。ですが、召喚はランダムであり――」
「黙れ! お前は自らの失態を、王家に伝わる魔法陣のせいにするつもりか!?」
「い、いえ、そう言うわけではありませんが、召喚がランダムなのは……」
「――申し訳ありません」
横から飛び出してきたクリスが俺の頭を押さえ込んだ。
「……クリス?」
「ダメだよ、シリルくん。気持ちは分かるけど、反論しちゃダメ、殺されちゃうよ」
「――っ。わ、分かった」
俺はクリスの切羽詰まった声に気圧されて平伏した。
「陛下! 彼は平民出身でずっと研究だけに打ち込んでいたため、道理というものを知らないのです。どうか、数々のご無礼をご容赦ください!」
「お、お許しください」
クリスの横で頭を中庭の地面に押しつけた。
けれど――
「いいや、許さぬ」
降って下りたのは容赦のない言葉だった。
「その者は魔法陣の再現に失敗したばかりか、よりにもよって王家に伝わる魔法陣のせいにしようとしたのだ。失敗作の魔法陣は破棄、その罪は命を持って償わせる」
死を持ってという言葉に頭の中が真っ白になる。
「陛下! それだけはどうか私に免じてご容赦を! 彼はこの六年間、国のために尽くしました。結果は失敗だったかも知れませんが、その努力を考慮してください」
「それはならぬと……ふむ?」
国王が言葉を呑み込む。
それから誰かと相談しているのを気配で感じる。
「クリスよ、お主の意見を聞き入れよう」
「誠ですか?」
「うむ。その者の失態は明らかだが、誠に国に仕える者が一度の失敗で死罪になるなどと誤解されては、ほかの者のやる気にも影響するだろう。よって、慈悲を与える」
国王はそこで言葉を切り、俺の国外追放と、クリスの降格処分を申し渡した。そうして反論の余地を与えることなく、この場から立ち去っていく。
俺に魔法陣解析のスキルがあるという理由で強制的に召し上げておきながら、満足のいかない結果をすべて押しつける。
あまりにも勝手すぎる言い分に怒り狂う。けれど、クリスが俺の頭を抑えている。俺のために責任を被ったクリスに迷惑を掛けたくない一心で我慢する。
俺達を残した全員が立ち去るのを待ち、クリスがようやく俺の頭から手を離してくれた。
「……はぁ、なんとか許してもらえたね」
クリスがため息交じりにそんなことをいう。その瞬間、俺の中でなにかが弾けた。
「どうして、どうしてあんなことを言ったんだ!」
クリスは夢があると言って、ずっと頑張っていた。それが俺を庇ったせいで台無しだ。
「あら、だったらシリルくんは、あのまま殺された方がよかったの?」
「そんなことは言ってない! 俺を助けてくれたことは物凄く感謝してる。だけど……いまの俺には、なんのお礼も出来ないんだぞ? どうして俺のためにあんなことをしたんだ!」
「あら、シリルくんったら、ずいぶんとうぬぼれ屋さんだったのね。あたしは別に、シリルくんだから、自分を犠牲にしたわけじゃないわよ?」
クリスはブロンドの髪を掻き上げて言い放つ。その仕草から嘘は感じられないが、どう考えたってクリスに責任があるとは思えない。
そう訴える俺に対して、クリスはくすくすと笑った。
「いつも言ってるでしょ、研究所の責任者は私だって。だから、部下の失態は私の責任でもあるのよ。私はあなたがミスをしたなんて思ってない。けど、だからこそ、上があなたのミスだというのなら、私が庇うのは当然よ」
「……クリス。ごめん」
俺が完成させた魔法陣に不備はない。
誰を召喚できるかは運次第で、今回はたまたま平民の娘達を召喚してしまっただけだ。クリスはそれを理解した上で、俺に責任を押しつけようとした者達から庇ってくれた。
どうやって償えば良いか、いまの俺には分からない。
「私は大丈夫。それよりも、あなたのことよ。国外追放を受けた以上、いつまでも国内に留まっていたらそれを口実に殺されるわ。急いで国外に逃げなさい」
いまの俺にはクリスの恩に報いることが出来ない。それどころか、このままじゃクリスの好意を無駄にしてしまう。そう思ったから、俺はクリスの言葉に従うことにした。
「……クリス、いつか、この恩は絶対に返すから」
「ふふっ、期待しないで待っているわね」
「ああ。待っててくれ」
必ずクリスに恩返しが出来るだけの男になろうと誓う。
そうと決まれば、行動あるのみだ。まずは――と、俺は魔法陣の上で肩を寄せ合っている三人へと視線を向けた。
「お前達。俺と一緒に来るか?」
「……シリルくん?」
クリスがどういうつもりかと問いかけてくる。
「あいつらは俺達の勝手な理由で召喚した。それに陛下は魔法陣を失敗作として破棄するって宣言してたし、このまま放置したらどんな扱いを受けるか分からないだろ?」
「それはそうだけど……」
「だから、俺が責任を取るべきだと思うんだ」
「……う、ぅん。責任というのが気になるけど、たしかに彼らにとってはあなたについていった方が安全でしょうね。貴方達、どうする?」
クリスが召喚されたた三人に問いかける。
彼らはひそひそと話し合う素振りを見せたあと、まっすぐに俺を見て――
結果から言うと、三人は俺に同行すると答えた。そしていまはクリスの手配してくれた馬車で、国外へ逃亡の真っ最中だった。
そうして、ようやく一息ついたところで、俺は三人へと視線を向けた。
「まずは……こっちの勝手な理由で召喚して悪かった。言い訳になるが、お前達みたいな普通の子供が現れるとは思ってなかったんだ」
ランダムであることは分かっていた。分かってはいたが……もう少しこう、伝説の勇者とか傭兵王とか、そういった感じの召喚に適した相手が現れると思っていたのだ。
だが、これでは俺を強制的に召し上げた国と変わらないと頭を下げる。
「謝る必要はないわ。あたしたち、あなたに感謝しているのよ?」
「感謝って……なんでだ?」
「あたし達が死んじゃうところだったから、よ」
どういうことか詳しく話を聞くと、バスと呼ばれる大きな乗り物が事故に遭って、死ぬ直前だったらしい。なのに気付いたら、魔法陣の上に倒れていた。
だから、俺は命の恩人ということになるらしい。
どうやらあの魔法陣は、その世界との繋がりが希薄になった――つまりは死にかけた人間を召喚するシステムだったようだ。
「召喚で迷惑を掛けていないのからよかった。俺はシリル。十八歳だ」
「あら、年下だったのね。あたしは彩華、二十歳の大学生よ」
魅惑的な泣きぼくろを持つお姉さんは彩華と言うらしい。
「彩華さんだな、よろしく」
「ええ、よろしくね。えっと……シリルさん?」
「俺のことはシリルで良いよ」
「分かったわ、シリル。あたしはあんまり優等生じゃなかったけど……見た感じ、この世界でなら色々とアドバイスできると思うわよ。期待しててね」
パチリとウィンクする。彩華はなんか無駄に色香を振りまいている気がする。
「ちなみに、アドバイスってなんのことだ?」
「農業に、商業……色々あるわよ。差し当たっては、この揺れに揺れまくってる馬車を改造する提案とかかしら。ゴムタイヤやサスペンションを作れば、揺れが軽減されると思うのよね」
言っていることが良く分からない。
平民の娘だと聞いていたのだが、学者の卵かなにかなんだろうか?
「……よく分からないが、俺は魔法陣の扱いは一流だって自負してる。モノを加工したりする手伝いも出来るから、なにか作りたいモノがあるのなら協力するよ」
「あら、そうなの? なら、お姉さんにもっともっと期待してくれて良いわよ」
やっぱり無駄に色香を振りまきすぎだと思うが、なにやら自信はあるようだ。時間に余裕が出来たら、詳しい話を聞いて見よう。
「はいはい、次は俺! 俺は冬弥って言うんだ。十七歳だから、シリル兄ちゃんの一つ下だな。異世界召喚のラノベは色々読んでるから、テンプレ的なことなら色々知ってるぜ!」
「……ラノベ? テンプレ? よく分からんが、元気なのは良いことだ」
ひとまず、そう答えることにした。
でもって、俺は最後の一人へと視線を向ける。
長く艶やかな黒髪の、大人しそうな女の子がおずおずと俺を見上げている。
「あ、あの。お姉ちゃんやお兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました」
「いや、たまたまだから気にする必要はないよ。というか、迷惑じゃなくて安心したよ」
「ふふ、シリルお兄さん、優しいんですね。紗弥は十四歳。えっと……普通の女の子、です」
「……はい?」
「普通の、十四歳の少女です。その……よろしくお願いします」
なぜ普通を強調するのかは分からないが、平民の女の子なら普通で当たり前。俺はよろしくなと、紗弥の頭を軽く撫でつけた。
ちょっぴり恥ずかしそうな少女を見て、村に残してきた妹のことを思い出す。
当時は八歳だったから、元気に育っていれば紗弥と同じくらいに成長しているだろう。いまは無理だけど、いつか会いに行きたいな。
「ねぇ、シリル。いま向かってる隣国ってどんなところなの?」
「えっと……そうだな。隣国は小さな国だけど、身分を越えて優秀なモノを採用してくれたりするらしい。だから、どこかの領主とかに売り込んでみようかなって思ってる」
六年間、王家の魔法陣の再現をさせられて他になんの成果も上げなかった俺だけど、魔法陣の研究自体はずっとこなしていた。俺を雇ってくれる人はきっといるだろう。
そして、いつか俺を使い捨てた奴らを見返して、クリスに恩を返す。そんな決意を胸に、俺は流れゆく窓の景色を眺めた。