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stage6 ビルで埋め尽くされた街

 夜の街。

 満月の明かりにその身を照らしながら高層ビルの屋上を跳び回る黒い人影があった。

 黒装束に割れた仮面を身に着けた人影はビルの屋上を駆け抜けながら道が途切れると同時に夜風にその身を委ねる。

 そして近くのビルにその足が触れるとすぐに別のビルを目指して走り始める。

 道が無くなると再度足場を求めて夜空を跳び、休む間もなくそれを繰り返す。

 黒装束は一度もその足を止めること無く闇に染められた足場の上をただひたすらに走り続けていた。



 屋上から屋上へと躊躇なく飛び移る黒装束だが、ビルの間は10メートルは離れている。

 勢いをつければ可能な距離だが、それでも高さが高さなだけに一切の躊躇いを見せない姿はどう考えても普通では無かった。

 高層ビルの高さは300メートル。

 近くには赤い輝きを放つ鉄塔の先端も見えている。

 ビルの足元には街灯に照らされて地上を歩く人々の姿も見えるが、それよりも夜空に佇む満月の方が近くに感じてしまうほどだ。

 落ちればどうなるのか。

その先は想像もしたくない。



 黒装束がどこを目指して走り続けているのかはわからない。

 何故走り続けているのかもわからない。

 だが、それでも人目を避けて移動したいことは確かだろう。

 闇に溶け込む黒装束に明かり一つ存在しない場所。

 それは自ら見られたくないと主張しているようなものだ。

 そして今の黒装束にとってこの街のビルの屋上はきっと都合が良かったに違いない。



 何故なら見渡す限りが高層ビルで埋め尽くされている。

 屋上を伝えば街の好きな所へアクセス出来てしまう程、所狭しと並べられた高層ビル。

 個性のない無機質なビルで埋め尽くされた街。

 それが闇の中で見えるこの街の全てだった。



 黒装束は幾つかの屋上を跳び回った後、一回り小さなビルの屋上へと降り立った。

 ここが目指していた場所なのか一息つくようにしてその足を止める。

 目の前にはここがゴールとでも主張するように、ビルの中へと続く階段が剥き出しとなって顔を覗かせていた。

 ゆっくりとした足取りで階段を目指して歩きながらも黒装束はふとその足を止めた。

 何かを確認するようにして振り返る。

 その先にはこちらを見下ろすようにして立ち並ぶ高層ビルという名の絶壁があった。

 黒装束が立つビルとその周囲のビルよりも一際高く作られた壁。

 何かを拒絶するようにまたは何かを守るようにして等間隔で並べられたビル群。

 それが闇の先まで果てしなく続いていた。



 黒装束はその光景に何を感じたのか、割れた仮面から見える黒い瞳に鋭さが増していく。 

 しかしそれも一瞬、これ以上は意味がないと感じたのか踵を返して階段を目指すと黒装束はビルの中へと姿を消していった。










 錆び付いた扉が首の皮一枚でぶら下がった状態の開け放たれたビルの入り口。

 そこから姿を現したのは疲れた表情をそのまま顔に貼りつけたエイヤの姿だった。

 顔の左半分しか隠しきれていない仮面。

 斜めに大きく刻まれた赤い傷。

 そんなボロボロのエイヤの顔を月明かりが優しく映し出していた。


「あぁ、疲れた……。アイリスがいればもう少し楽して帰れたのに、一人だとやっぱししんどいな」


 緊張の糸が解けたのか、エイヤはぼやきながら膝に手を当てて体を支える。


「それにあのパラディンの女。あれはヤバイ……。感情豊かな人間程、拡張クライメント使いとしての素質があるって言うけど、怒りと憎悪の感情の振れ幅がデカすぎだろ。もう二度と会いたくねぇよ」


 無意識に右腕に触れるエイヤ。

 掠めた少女の長剣を思い出してか、その額には疲れとは別にじっとりとした汗が浮かんでいた。


「橙色の光る粒子(フィール)。しばらくは忘れられそうにないな」


 どうやら少女の光る粒子(フィール)はエイヤの心に深く刻まれたようだ。


「はぁ、どうせ時間はまだあるしちょっと休憩してから行こうかな。今日はいつも以上に疲れたし」


 疲れた足取りでビルの壁に背中を預けるエイヤ。

 力無くずるずると滑ると、そのまま固い瓦礫の上に座り込む。

 土煙と鉄の錆びた匂いがエイヤの鼻腔をくすぐった。



 エイヤがいる場所は老朽化が激しいビルとビルの間にある路地裏のような場所。

 背中は壁、正面は同じくボロボロになったビルの入り口が見える。

 左は闇で染まっていて全く見えないが、右手からは街の明かりが煌々と輝いているのが見えた。


「アイリスの野郎。帰ったら覚えてろよ。俺を置いて行ったことを絶対に後悔させてやる」


 夜空を見上げながら愚痴るエイヤ。

 どうやら先に帰ったアイリスに対してまだ根に持っていたようだ。


「どうやって仕返ししてやろうか……。そうだ! 心身共にボロボロになった姿を見せればあいつも驚くんじゃないか? きっと俺なら無傷で帰って来る。どうせそんな風に考えてるんだろ。だったらそれを逆手に取って、命からがら逃げて来た。そんな雰囲気を醸し出しておけば、あいつも責任を感じずにはいられないはずだ。自分のせいで誰かが傷つくのを嫌うタイプだからな」


 無傷で帰って来る。

 そう思われてるのなら、それはつまり自分を信じてくれているということだろう。

 なのにどうしてこの男はその思いを汲み取ることが出来ないのか。

 ましてやその気持ちを利用して相手を傷つけようとしている。

 そんなことだから彼女の一人も出来ないんだよ。

 きっと彼に守護天使がいたならそう囁いていたに違いない。


「……まずは傷が見えやすいように仮面を取って、……後は黒装束を程よく破いて、土で汚せば……」


 自作自演に精を出す性根の腐った黒髪の少年。

 それはもはや守護天使でさえ見放していてもおかしくない光景だった。




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