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stage4 フィールとナイフと少女の舞

 エイヤは薄情者のアイリスのことは一端忘れて、目の前の少女に集中する。


「ここまでコケにされたのは初めてね。生かして捕まえるよう言われてるけど、アンタは特別に殺して捕まえてあげる!」


 どうやら少女の逆鱗に触れてしまったらしい。

 少女がエイヤの壁から短剣を引く。

 そしていつの間に構えていたのか、反対の手で逆手に持った短剣が、下から上にエイヤ目がけて切り上げられた。

 青い壁を作り出し対応するエイヤ。

 その瞬間少女が怪しく笑っているのが見えた。

 嫌な予感がしたが、しかしどうすることもできない。

 そしてその予感は残念ながら的中してしまう。



 少女の短剣がエイヤの壁をいとも簡単に切り裂いてしまった。

 すんでの所で身を引くが、仮面を斜めに斬りつけられてエイヤの顔の右半分が露わになってしまう。

 バランスを崩して膝をつく。

 咄嗟に顔を隠すように右手で切り取られた場所を覆う。

 黒い髪に黒い瞳。

 そして斜めに浮かぶ赤い線と、そこから滲み出る赤い雫が手の隙間から見えた。


「アンタ、パラディンを嘗めてるの? そんな光る粒子(フィール)の壁一枚で私の短剣を防げると本気で思ってるわけ?」


 両手の短剣をペン回しのようにクルクルと回してエイヤを見下ろす少女。


「そんな壁、同調シンクロすれば簡単に消せるのよ。すんなり斬れた辺り、あんた同調シンクロが下手みたいだしね」


 かなり高圧的な少女の口調。

 牧場荒らしに対して恨みでもあるのか、そもそもそういった性格なのか。

 蔑むような少女の目だ。


「こんなの相手にしてたら接し方以前にトラウマになりそうだよ」


 自嘲気味に笑いながら、エイヤは少女に聞こえないように小さく呟く。

 出来ればもっとおしとやかな女の子に接し方を教えてもらいたいものだった。


 少女が光る粒子(フィール)を纏った短剣を振り上げる。


「じゃあね」


 止めと言わんばかりに少女が勢いよく短剣を振り下ろした。

 膝をついて下を向いたままのエイヤ。

 振り下ろされた短剣はエイヤの周囲を漂う青い粒子を切り裂くようにしてエイヤへと襲いかかる。

 しかし短剣はエイヤに当たる寸前でまたして空を切ってしまう。


「また!?」


 短剣も見ずに上体を軽く後ろに倒しただけでエイヤは躱してみせた。

 その後もあらゆる角度から襲い来る短剣を全て避けてみせる。

 エイヤの周囲には、半径2メートル程を漂う青い光る粒子(フィール)の輝きが見える。

 その青く輝く粒子を短剣が切り裂くと同時にエイヤは避ける。

 まるで目で見てから避けているのではなく、光る粒子(フィール)から短剣の位置を把握して避けている。

 そんな不思議な動きだった。

 少女がエイヤから距離を取る。


「“感覚拡張”タイプ。今時珍しい拡張クライメント使いね。感覚拡張は使った後の『感覚痛かんかくつう』もあるから今時使う人間なんていないのに」


 これしか拡張クライメントを使えない。

 とはエイヤの心の声。

 少女のエイヤを睨む瞳に光る粒子(フィール)の輝きが収束していく。

 そしてエイヤを観察するようにその瞳を這わせる。


「自分の五感と光る粒子(フィール)同調シンクロさせる拡張クライメント光る粒子(フィール)を自分の周囲に漂わせてそこから感覚情報を得る。見なくても光る粒子(フィール)に接触すれば知覚できるから私の短剣も簡単に避けられる、そんな感じかしら」


 少女はエイヤの拡張クライメントをそう分析すると、更に大きく距離を取り短剣を腰へと戻した。

 そして太腿に巻かれたナイフに手を伸ばすとエイヤに向かって投げつける。

 当てるつもりはないのか、適当に投げているようにも感じられる。



 エイヤが首を傾けるだけでナイフは空を切ってしまう。

 今度は避けるまでも無く天井に、そして床にも。

 合計10本のナイフがエイヤの周囲に投げつけられた。

 少女の意図が全く理解できないエイヤ。


「諦めたんなら帰らしてほしいんだけど?」


「悪いけど今日は帰れると思わない方がいいわよ」


 エイヤを嘲笑うようにしてわらう少女。



 瞳に宿る橙色の光る粒子(フィール)の輝き。

 同時に指先からナイフに向かって浮かび上がる十本の線。

 それはピアノ線のようにキラキラと輝いている。

 橙色の輝きを放つ線は少女の光る粒子(フィール)》による拡張クライメントだとエイヤは悟った。

 そこでエイヤの脳裏に先程自分を狙って放たれたナイフが浮かんだ。

 そしてそのナイフを操っていた少女の姿も。


「感覚拡張タイプに使うのは初めてだけど、これは避けられるかしら?」


 少女がギュッと拳を握る。

 その指に引きつられて、エイヤの周囲に突き刺さったナイフがふわりと宙に浮いた。

 ナイフ自体にも光る粒子(フィール)の輝きが宿る。

 スッと両手を天井に向けて伸ばす少女。


 橙色に輝く2つの双眸。

 僅かに輝きを帯びる黄金色の髪。

 指先を伝う光る粒子(フィール)の糸に、凛としたその姿はどこか神秘的なものを感じさせる。


「それじゃあアンタの拡張クライメントでどこまで避けられるのか見せてもらいましょうか!?」


 少女がその場で舞った。

 思わず見惚れてしまいそうな流れる動作。

 しかしエイヤに見惚れる余裕はない。

 少女の舞に応えるように十本の鋭利なナイフがエイヤを斬りつけるために襲いかかった。












 エイヤの瞳に宿る青い輝きはこれまで以上に強い輝きを放ち、同時にエイヤの体からは揺らめくように光る粒子(フィール)の粒子が現れる。

 先程よりも広範囲に舞う光る粒子(フィール)の輝き。

 霧のようにエイヤの周りで揺らめく大量の粒子は、中にいるエイヤを隠さんばかりの勢いだ。


「『物理拡張』タイプかよ!? 拡張クライメントで10本同時にナイフを操るとか、これだからパラディンは相手にしたくないんだよ!!」


 エイヤは驚きの声を上げながら愚痴をこぼす。


 しかしそんなことはお構いなしにと、青い粒子を切り裂きながらエイヤの元へと迫り来る橙色の光る粒子(フィール)を纏ったナイフ。

 眼前のナイフを最小限の動きだけで回避するエイヤ。

 しかし息つく暇もなく、すぐに別のナイフがエイヤを襲う。

 それを光る粒子(フィール)の壁で受けながら、死角からのナイフを身を捻って躱す。

 どの角度からエイヤを切り裂こうとしても壁と光る粒子(フィール)による知覚で全て躱してしまう。



 狭い通路を光る粒子(フィール)を纏ったナイフが縦横無尽に駆け巡る。

 聞こえて来るのは空気を切り裂く風切り音。

 アクリルケースに刻まれた鋭利な傷痕からその鋭さが窺える。

 当たればひとたまりも無い。

 しかしエイヤの体に傷痕が刻まれることは無かった。



 エイヤに避けられたナイフは舞い続ける少女の元へ戻ると、指先の動きに合わせて再び敵を切り裂くために放たれる。

 頭、腕、胴、足。

 エイヤの全身に狙いを定めたナイフ。

 死角に次ぐ死角への攻撃。

 時にはナイフを繋ぐ光る粒子(フィール)の糸でエイヤを絡めとろうとする。

 それを見越して、体を別の位置に移動させるエイヤ。

 絶え間ない少女の攻撃。

 しかしそれでもナイフが奪ったのは、エイヤの黒装束の一部のみだった。


「これでしばらくは“感覚痛”だな」


 溜め息交じりにぼやくエイヤ。

 その間も少女のナイフが避け続けるエイヤを捉える事は無かった。







 それから数分後。

 依然、降り注ぐナイフの雨をエイヤは器用に躱し続けていた。

 一見すればエイヤが優勢のようにも見える。

 しかしそんなエイヤにも一つだけ問題があった。

 それはどんな攻撃も躱し続ける自信はあるが、自分から攻撃する術が全く無い事。


「ったく、アイリスの野郎。こうなる事はわかってたはずなのに、俺一人置いて行きやがって……。くそ、どうしろって言うんだよ。そろそろ逃げたいけどさすがに許してくれないだろうし」


 エイヤがちらりと舞い続ける少女を見る。

 そして一瞬ながらもその動きに目を奪われてしまった。

 指先一つに至るまで無駄のない動き。全てに意味がある流れるような動作。

 光る粒子(フィール)で輝く少女の姿は見る者全てを魅了するかのような心奪われる光景だった。


「この周りを飛び回る物騒なもんさえなければ、パラディンとはいえ素直に綺麗だとは思うけど」


 エイヤは率直な感想を口にしてみる。ナイフは依然としてエイヤに当たる気配はない。


「にしても、このままだといつ他のパラディンが駆け付けて来るかわかんないし、いつまでもこのままってわけにもいかないしなぁ……。マジでどうしようか」


 エイヤは目を閉じながら頭を悩ませる。

 まだ避け続けるには余裕がありそうだったが、それでも逃げることが出来ないという状況はピンチに変わりはない。

 どうするべきか考えながらも正確にナイフを避け続けるエイヤ。

 次第にナイフの流れにも慣れてきたのか、壁すら使わずにナイフを躱し続けていると、エイヤは次第にそのナイフの勢いが弱まり始めたことに気付いた。


「疲れたのか? それとも油断させようとしてる?」


 エイヤは注意しながらも勢いを失ったナイフを丁寧に躱す。

 そして、1本、2本とナイフがカランカランと音を立てて地面に転がっていく。



 やがて10本全てのナイフが地面に横たわると、少女の舞がピタリと止まった。

 さすがに少女も疲れたのか僅かに息が上がっているように見える。

 少女が両手の指先を軽く動かす。

 するとナイフは自分のホルダーへと吸い込まれるように戻って行った。

 同時にホルダーへと収まった10本のナイフ。

 勢いで少女のスカートがふわりと浮いた。

 俯いたまま少女は動かない。


「し、信じらんない。今までこの技で捉えられなかったことなんて一度も無いのに。それを、あんな簡単に……。私がこれを身につけるためにどれだけ苦労したと思ってるのよ。それを……それを、あんな馬鹿みたいなやつに……」


 震える少女の肩。

 余程エイヤに当たらなかったのがショックなのか、今にも泣いてしまいそうな程その声は震えていた。


「おい! 馬鹿みたいは関係ないだろ!? 俺だって苦労してんだよ。それに避けられたのは単純にお前の拡張クライメントがその程度ってことだろ!?」


 内面的に弱った少女への容赦ない一言。

 彼に彼女はおろか、友達がいないのはこの辺りに問題があるのではないだろうか。


 ピシ!


 エイヤの言葉に少女の周りの空気にヒビが入ったような音が聞こえた。


「許さない……」


 少女がゆっくりと両腰の短剣に手を伸ばす。


「私の光る粒子(フィール)を……私の拡張クライメントを……」


 短剣を鞘から抜き取ると、少女の瞳にこれまでにない輝きが灯った。


「アンタなんかにその程度呼ばわりされる謂れは無いわよ!!!」


 少女が怒りそのものを携えてエイヤに向かって跳びかかった。


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