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stage3 置いてけぼりにされた少年

 2人の子供を両手に抱えたまま、またしてもエイヤを蹴り飛ばしたアイリス。

 そして自身も何かを避けるようにして大きく身を反らせた。


「いってぇ、おい今度は……!」


 2度、硬い地面にぶつけたお尻をさすりながら、エイヤがアイリスに抗議しようとするがその言葉は続かなかった。

 何故なら自分のいた場所を今度は反対側からナイフが通り過ぎるのが見えたから。

 それは先程投擲されたナイフ。

 まるで巻き戻しのようにナイフが目の前を流れて行く。

 エイヤにはナイフを覆う淡い輝きと、その柄から伸びる細いピアノ線のようなものが見えた。

 だいだい色に輝く光る粒子。

 少女は投げたナイフを回収するように右手で軽やかにキャッチする。


「油断しすぎよ仔牛くん。何もなくても光る粒子(フィール)で周囲の警戒は怠らないように、基本でしょう? 今ので二回、お姉さんに貸しができたわね」


 薄っすらとだがアイリスの瞳には赤い輝きが宿っていた。

 周囲にも同じ粒子が極少量だが、浮遊しているのが見える。


 借りを作ってしまったエイヤだが、ナイフの存在に全く気付いていなかったため何も言えない。


「今度ちゃんと返すよ」


 エイヤはバツが悪そうにそれだけを口にする。





 少女はキャッチしたナイフを宙に放り投げた。

 しかしそれはエイヤ達にではなく手元で遊ばせるような動作。

 右手の人差し指から伸びる光る粒子で形作られた糸のようなモノ。

 それがナイフに繋がっているのがエイヤには見えた。



 少女が指先を軽く動かす。

 その動きに合わせるようにしてナイフは少女の太腿に巻かれたホルダーへと収まっていく。

 良く見るとホルダーは両足に巻かれており、そこには5本ずつ、合わせて十本の鋭利なナイフが柄をスカートの中から覗かせていた。


「今のがあの子の拡張クライメントみたいね。光る粒子(フィール)を糸状の物質に拡張させて指先一つであそこまで自在に操るなんて、相当な拡張クライメント使いね」


 アイリスが感心しながらも少女の攻撃に対して冷静に分析する。

 それはどこか緊張感のこもった声でもあったが、アイリスはエイヤを見るとどこか安堵するようにその口元を綻ばせた。


「じゃあ仔牛くんのお言葉に甘えて、早速その借りを返してもらおうかしらね。あの子の相手よろしくね」


 言うが早いか、二人の子供を抱えたまま後ろに下がるアイリス。


「え! ちょっと待てよ!? さすがにパラディン相手に一人じゃ……」


「逃がすわけないでしょ!」


 少女が怒りの声と共に今度は腰に差さった短剣をアイリス目掛けて投げつけた。

 橙色に輝く粒子を纏った短剣。

 それは先程のナイフと同じように、短剣の柄と少女の指先を細い糸で繋いでいる。

 しかし、少女から放たれた短剣がアイリスに届くことはなかった。


 キィィン!


 金属同士がぶつかり合うような甲高い音がその場に響き渡る。

 見るとアイリスの前に飛び出したエイヤが庇うようにして両手を顔の前で交差させている。

 エイヤの前には青く輝く光る粒子が壁となって短剣の行く手を阻んでいた。

 一メートル四方で作られた壁は、青い粒子を無理矢理凝縮させたような不思議な輝きを放っている。

 数秒後、短剣は青い壁と火花を散らした後、諦めるようにして再び少女の元へと帰っていった。


「大丈夫。仔牛くんの拡張クライメントがあればなんとかなるわよ」


 本当にそう思っているのかどこか無責任さを感じるアイリスの声。


「いや、俺の拡張クライメントだと防戦一方になる姿しか想像できないんだけど。っていうか今お前避けようとしてなかっただろ!? 俺が間に入ってなかったらやばかったぞ!!」


「もちろん仔牛くんが守ってくれるってわかってたしね。やっぱり女の子って守るよりも守られる存在になりたいじゃない」


「なりたいじゃねぇよ!! なんでパラディンを前にしてそんなに余裕なんだよ!」


 エイヤは心の中で思った。

 壁で受けるんじゃなく、自分と同じように蹴り飛ばしておけばよかったな、と。


「余裕じゃないわよ。けど仔牛くんが傍にいると、ついついなんとかなるって思っちゃうのよねぇ」


「言っとくけど騙されないからな。そうやって頼りにしてるって、いい気分にさせといてさっさとこの場から去ろうって魂胆だろ?」


 疑うように牛の仮面がアイリスへと向けられる。


「たまには言葉通りに受け取りなさいよ。頼りにしてるのは本当よ」


「どうだか」


 つい先程まで散々からかわれていたエイヤにとっては、今のアイリスの言葉は全てが疑わしく聞こえるようだ。


「大丈夫よ仔牛くんなら。だって『避ける』のは得意じゃない」


 本当に大丈夫と思っているのかアイリスの声には緊張感の欠片も感じられない。

 しかしそんなアイリスに対してエイヤも思うところがあるようで、自身がパラディンと呼ぶ少女から視線を外すと、アイリスに向かって反論するように叫んだ。


「避けるのは得意でも逃げる自信がないんだよ!!!」


 しかし声を荒げるエイヤに対して返ってきたアイリスの声は冷静で、かつ端的なものだった。


「仔牛くん、前」


 アイリスの指摘にエイヤが視線をパラディンの少女へと戻した時には、目の前の少女は地面を蹴ってエイヤとの距離を一気に縮めていた。

 一蹴りで数メートルの距離を縮めるそれは常人にはありえない動き。

 しかしエイヤには少女の足で僅かに揺らめく橙色の粒子を見て納得した。


「これだから光る粒子(フィール)操作が得意な人間は嫌いなんだよ!」


 愚痴をこぼしながら少女と距離を取ろうと重心を後ろに倒すエイヤだが、少女との距離は既に目と鼻の先。

 到底逃げるには不可能な間合いまで少女が迫っている。

 右手に短剣を携えた少女を拒絶するかのように、エイヤの眼前に青い粒子が集まり始めるが距離が近すぎる。

 壁を作る暇も与えずにエイヤの顔を切り裂こうとする少女の短剣。

 しかしエイヤは頭を軽く倒すだけで短剣の軌道から難なく逃げてみせた。


「避けた!?」


 少女の驚きの声。


 エイヤの周囲には青い粒子が揺れているのが見える。

 仮面の瞳にも青い輝き。

 それは徐々に輝きを増していく。



 エイヤは少女の動きが一瞬止まった隙をついて後ろへ跳んでアイリスの横へと並んだ。


「さっすが仔牛くん! いつ見ても清々しいほどのけっぷり。けるのだけは仔牛くん得意だものね」


 アイリスの声は相変わらず緊張感の欠片も感じない。


「おい! それは拡張クライメントに関して言ってるんだよな!? 俺の対人関係についてじゃないだろうな!?」


「お喋りなんてえらく余裕ね!!」


 エイヤがアイリスへと視線を逸らした隙を突いて少女が再び襲い掛かった。

 右手に構えた短剣が、今度はエイヤの胸の中心へと突きつけられる。

 それを今度は光る壁で受け止めるエイヤ。

 火花のように飛び散る、青と橙の光る粒子。


「じゃ、後はよろしくね。先に帰ってるから」


 返事も待たずにエイヤに背を向けるアイリス。


「え!? マジで帰るのかよ! 冗談だろ!?」


 なんだかんだ言いながらも協力してもらえると思っていたエイヤにとって、アイリスの行動は完全に予想外だった。


「逃げるまで少し時間を稼いでくれたらいいから。それにこれも勉強よ仔牛くん。女の子との接し方を身を以て教えてもらいなさい。早速同調(シンクロ)の特訓よ! 大人になるチャンス! ファイト!! 仔牛くん!!」


 振り向きながら無責任に言い放つアイリス。

 子供を抱えたまま両手でガッツポーズを取るアイリスは何事も無かったかのように通路の先へと走り去ってしまった。

 この時エイヤは誓った。


「帰ったら一発ぶん殴ってやる」


 と。


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