stage2 立ちはだかるパラディンの少女
エイヤとアイリスはそれぞれ子供を抱えたまま相変わらず静寂に包まれた通路を歩く。
やがて子供のいない無人のアクリルケースが並べられた通路に差し掛かったころ、アイリスがおもむろに口を開いた。
「仔牛くんは帰ったら早速同調の特訓ね。なんならお姉さんが手取り足取り教えてあげましょうか?」
「邪魔するの間違いだろ」
素っ気なく答えるエイヤ。
「そんなことないわよ。ま、仔牛くんの場合だったらまずは友達を作る方が先かしらね」
「だから友達は別にいらないって言ってるだろ」
「まあ流石にいきなりは難しいか。じゃあお姉さんが友達になってあげようか?」
再び横からエイヤを覗き込むアイリス。
そんなアイリスの提案に対してエイヤの返事は。
「いらない」
考える余地が無いほどの即答だった。
何故なら、エイヤには自分がからかわれる姿しか想像できなかったから。
「またまたぁ。今ちょっといいな。とか思ったでしょぉ?」
悪戯っぽいアイリスの声。
「うるせぇよ!」
「まぁ、私と仔牛くんは友達って言うよりかは、昔を分かち合える数少ない同士って感じだものねぇ」
歩きながらどこか遠くを見つめるようにアイリスが話す。
「……そうだな」
アイリスの同士という言葉にエイヤもどうやらまんざらでもないようだ。
そしてそんなエイヤの反応をからかい好きなアイリスは見逃さなかった。
「ふふ、今のはちょっとドキッとしたでしょ? 同士って言われて嬉しかった? ねぇ? ねぇ?」
からかうことを隠そうともしないアイリスの口調。
聞いてる方からすればかなりうざったいだろう。
そしてそれはエイヤも感じたようで。
「先に行ってる」
アイリスを置いて先を急ぐように通路の先を目指して歩く。
「あぁ、ごめんごめん。仔牛くんてついつい、からかいたくなっちゃうのよ。なんて言うか弟みたいなのよね」
後を追い掛けるアイリスに無視するエイヤ。
しかしアイリスの言葉が嬉しかったのかエイヤの頬は薄っすらと赤くなっている。
それに目ざとく気付いたアイリス。
「あれ? 今のはどおだった? 身内みたいに思われてるって嬉しくなった?」
よっぽどエイヤをからかうのが好きなのだろう。
アイリスの言葉はとてもイキイキとしている。
しかし、からかわれる方もどうやら我慢の限界のようで、声を荒げてアイリスに向かって叫んだ。
「おまえな! 今日はわざわざ俺をからかいに来たのか、子供を助けに来たのかどっちだよ!?」
「もっちろん助けによ。今のは仔牛くんが元気かどうかをチェックするために心を鬼にしてからかったのよ」
当然とばかりに答えるアイリスからはこれっぽっちも悪びれた様子はない。
むしろ貴方のためだと言っている辺りエイヤには余計にたちが悪かったかもしれない。
「お前言っとくけど、それって友達になりたくて暴言吐いてるんですって言ってる奴と大差ないからな」
冷めたエイヤの声。
「うわ、今のはお姉さんもさすがに傷ついたわ。これって俗にいう反抗期ってやつかしら?」
子供を両手で抱えたまま、わざとらしく身をのけぞらせるアイリス。
「お前は親じゃないだろ! 姉か母親かどのポジションなのかはっきりしてからからかえよ!」
「じゃあ妹はどうかしら。お兄ちゃん」
牛の悪魔が下から上目遣いで覗いて来る光景にエイヤはいろんな意味で恐怖を感じた。
「お兄ちゃんて呼ばれて殴りたいと思ったのは生まれて初めてだよ」
そして無意識に握りこぶしを作っていた。
「あれ、今まで呼ばれた事があったの?」
「無いけど、言葉のあやだよ」
「ふぅん。じゃあ仔牛くんはどのキャラでいてほしい?」
「普通でお願いします」
「じゃあやっぱりお姉さんかな」
やいやいと言い合いながら先を目指す二人。
その後ろ姿は、本当の姉弟のように仲睦まじくとても微笑ましいものだった。
しかしそんなほのぼのとした空気も一瞬。
アイリスの口元から笑みが消えると同時にそれは起こった。
ドンッ。
「いって、急に何すんだよ!?」
エイヤから女の子を剥ぎ取り、大きく蹴り飛ばしたアイリス。
固い床で尻もちをついたエイヤは顔を歪めながら視線をアイリスへと向けた。
その瞬間、先程まで自分のいた場所を光を纏ったナイフが貫くのをエイヤは見た。
音もなく投擲されたナイフは、目標を見失って彼方へと消えて行く。
「な!」
エイヤは突然のことに驚いた。
「はい、私に何か言うことは?」
「……ありがとう」
アイリスに感謝の言葉を口にするのが嫌なのか何故か小声のエイヤ。
「感情牧場にピクニック気分で盗みに入る侵入者なんて初めて見るわね」
エイヤ達の後方。
短剣の投擲された先から足音と共に少女の声が聞こえてくる。
やがてエイヤたちの前に現れた1人の少女。
黄金色の髪に青い瞳。
白い学制服に身を包み、力強い瞳を宿してこちらへと近づいて来る。
「こんな時間になんで学生がいるんだよ?」
エイヤの疑問は少女が身に付けるある物を見て解消される。
それは両腰に差された鳩の刻印が施された短剣。
「平和の象徴ってことは……、『パラディン』かよ!?」
エイヤが驚きの声を上げた。
小女は短剣以外にも、ダガーナイフやブーツナイフなど、殺傷能力の高そうな武器を、まるでオシャレのように着こなしている。
エイヤを睨みつける少女。
その青い瞳に静かに宿る淡い輝き。
エイヤは少女を見て小さく汗をかいた。
何故ならパラディンはエイヤたちにとって敵となる存在だから。
パラディンは政府によって作られた対テロ組織。
主な任務は感情牧場を狙った犯罪組織への対処となっている。
彼らは国家権力の最上位に位置し、今やその名前を聞くだけで震える者もいるほどだ。
更に彼らは光る粒子を扱う事に長けた集団で、同調とは別に『拡張』と呼ばれる光る粒子を自在に操り、あらゆる機能を拡張させることができる拡張使いで構成されている。
その拡張により多くの犯罪組織はパラディンによって壊滅され、今や感情牧場に手を出すのはエイヤたちの所属する牧場荒らしのみとなっている。
そのため、エイヤはよく理解していた。
例え学生だろうとパラディンである以上、その危険性と感情牧場に手を出した者への躊躇の無さを。
「仔牛くんが同調に時間をかけるせいで、一番会いたくないのに会っちゃったじゃない」
エイヤを責めつつもアイリスの視線はエイヤがパラディンと呼ぶ少女へと向けられていた。
「悪かったな。それで、どうするんだよ?」
「まあ会った以上挨拶して、はいさようならってわけにはいかないでしょうねぇ。向こうからすれば私たちを逃がす理由なんて欠片も無いでしょうし」
余裕のあるアイリスの口調だがその反面、先程までエイヤをからかっていた口元に微笑みはない。
少女はエイヤたちと一定の距離を取るとその場で足を止めた。
依然、その瞳は二人に向けられている。
「俺、パラディン相手にするの嫌なんだよなぁ。あいつら全員、拡張使ってくるだろ?」
愚痴をこぼすエイヤ。
「そりゃあ、パラディンなんだから使えて当然でしょ。さっきの仔牛くんを狙ったナイフにも光る粒子が纏ってたし、不意打ちに拡張なんて、とっても歓迎されてるみたいね。ま、外した辺り底は知れてるみたいだけど」
まるで相手を挑発するようなアイリスの言葉にエイヤが慌てて口を挟む。
「おい、あんまり挑発するようなこと言うなよ」
アイリスの声が聞こえていたのか、鋭さを増す少女の瞳に輝きが集まっていく。
「ふふ、わかりやすい子。感情的になりやすいタイプね」
相手の反応が予想通りだったのかアイリスの声はどこか楽しそうにも聞こえる。
「ヒステリックなパラディンなんて勘弁してほしいんだけど」
対照的にエイヤは疲れたようにがっくしとうなだれた。
アイリスはそんなエイヤの姿を見て面白そうに声を投げかける。
「こういう時に、ここは俺に任せて先に行け。みたいなことが言えると仔牛を卒業できるわよ?」
からかい半分期待半分といったアイリスの口調。
「あ、じゃあ、暫く仔牛でいいです」
しかし返ってきたエイヤの言葉が期待通りのものでなかったのか、アイリスの愛らしい唇はへの字に曲がってしまった。
「潔いのは良い事だけど、男としてちょっと情けないとは思わないの?」
「うるせぇよ。お前が守ってやりたいと思えるほどか弱い存在なら自然と口に出てたかもな」
エイヤの言い分にアイリスは早速行動に移る。
「仔牛くん、私怖い」
エイヤの背中に回り身を屈めてか弱いアピールをするアイリス。
しかしそれを見たエイヤの声は氷のように冷めたものだった。
「その仮面が無ければもうちょっと守ってやりたいって思えたかな」
背中からこちらを見つめる悪魔の仮面は最早、ホラーそのものだった。
「心配しなくても二人一緒に捕まえてあげるから、安心なさい!」
これまで事の成り行きを黙って見ていた少女がおもむろに動きだした。
右手で何かを引くようにして勢いよく引き上げる。
ピンッ。
細い糸が強く張った時に聞こえる音。
それが聞こえると同時にアイリスが再び動いた。




