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stage15 妄想に浸る二人の乙女

「違うのよ。それがね、なんでもこの学園に転校生が来るらしいのよ!」


 お目当てのものを見つけたのかヒカリがタブレットをチェックしながら興奮気味に話し始めた。


「転校生?」


 クレイアも興味があるのか、体は机に預けたまま頭だけヒカリに向けて聞き返す。


「そう、転校生。この学園では結構珍しいじゃない」


「確かに珍しいわね。けどそれがどうしたの。別に驚きはしても私の安眠を邪魔する程の話題でも無いと思うけど」


「それがそれが……、なんと私たちのクラスなんですって!!」


「へぇ。それで?」


「しかも男子!」


「はいはい」


「もぉ! 何でここまで聞いて大した反応も見せないのよぉ」


 もっと盛り上がると期待していたのか、クレイアの反応の薄さにヒカリは不満タラタラだ。


「ガキに興味は一切ございません」


「そりゃあクレイアからしたら大抵の拡張クライメント使いはガキに見えるかもしれないけどさあ。こういう話題って女子ならもうちょっと盛り上がってもいいとこでしょう」


「私が興味あるのは逃げた牧場荒らしだけよ」


「じゃあさじゃあさ。もしかしたらそいつが逃げた牧場荒らしって可能性は?」


 グッと体をクレイアに寄せて何かを期待するように目を光らせるヒカリ。

 おそらく先程の自分の妄想が現実にならないかと期待でもしているのだろう。


「どんな確率よ。確かに同年代のような感じはしたけど、それはないでしょ。政府と牧場関係者ばっかの学園に牧場荒らしが通うなんて単なる馬鹿じゃない」


 早く寝たいのに中々寝かしてくれないヒカリにクレイアの言葉には若干苛立ちがこもっていた。

 そんなことはおかまいなしにヒカリは話を続ける。


「わかんないわよぉ。もしかしたら牧場荒らしによる敵情視察とか」


「仮にそうだとしても、そいつである可能性なんてほとんど皆無よ。アンタに彼氏が出来るぐらいの奇跡ね」


 苛立ちのせいかちくりとヒカリを刺すクレイア。


「ちょっとちょっと! それって酷すぎない! 私の恋が奇跡と同じ扱いにされるのは心外だわ!」


「だってヒカリって恋愛に興味津々のくせに、いざ自分がその立場になったらすぐに逃げるじゃない。この前も男子に告白されたのに返事もせずに逃げて来たんでしょ」


「え、いや、だって……、ほら、いきなりって言うのはちょっと……。それにタイプじゃなかったし」


 ちゃんと返事をしなかった後ろめたさからか目が泳いでいるヒカリ。


「付き合ってからタイプになるかもしれないわよ。ていうかヒカリのタイプってちょっと変わってるわよね」


「どういう意味よぉ?」


「根暗な男が好きだなんて」


「ちょっと言い方! 根暗じゃなくて影のある人がタイプなの!」


「そう。じゃあその転校生がそんな感じの奴だと良いわね」


「ふふーん。それがねぇ。その転校生ってのが中々良い感じなのよねぇ」


 ヒカリはつねられて赤くなった頬を緩ませながらタブレットを操作する。


「情報が早いわね」


「パパが学園長と仲が良いからねぇ」


「それって職権乱用よ」


 呆れたクレイアの声。


「使えるものは何でも使わないと」


 全く悪びれる様子の無いヒカリにクレイアはやれやれといった感じだった。


「それでぇ。その転校生が程よく影がありそうなのよねぇ」


 ヒカリの視線の先には1枚の写真がタブレットに映し出されていた。


「黒い髪に黒い瞳。雰囲気ばっちりじゃない。会ってみないと性格はわかんないけど……」


 ガバッ!


 転校生の特徴を聞いたクレイアが弾かれたように起き上がった。


「あれ、クレイアのタイプも影のある感じだっけ?」


「違うわよ! そいつの髪と目の色。どんな感じだった!?」


 クレイアはさっきまでの無関心とは打って変わり、興味津々に転校生の事を聞き出そうとする。その勢いはヒカリですら若干引いているぐらいだ。


「え、えぇっと……。どんな感じって言われても、髪も目も黒一色って感じぐらいしか……って、ちょっと」


 さっきまでの眠気はどこへやら。

 ヒカリが覗いている埋め込み式のタブレットをヒカリ本人を押しのけるようにクレイアが覗き込んでいる。


「この顔……」


 クレイアが写真に写る少年の顔半分を手で隠す。


「えっと、クレイア?」


「髪と目の色……、似てるわね」


「おーい、クレイアー」


「本人……? でもそんなことってある?」


 自問自答するクレイア。

 ヒカリの声は耳に入っていない。


「クレイアったらー!」


「ま、いいわ。直接見ればわかるでしょ。ヒカリ! こいつが転校してくるのはいつ!?」


「え、えっと、明日らしいわよ」


 突然の質問にヒカリは慌てて答える。


「明日か……。ふふ、楽しみね。あまり期待はしてないけど、もし本人だったら……」


 クレイアがそっと太腿に巻かれたナイフへと手を伸ばした。

 僅かに朱に染まるクレイアの頬。何を想像してのものだろうか。









「ヒカリ。一緒に帰りましょうよ」


 今日一日の授業が終わり、帰り支度を終えたクレイアがヒカリに声をかけた。


「ごっめん。少しだけ待っててくれない。机と椅子取りに行かなきゃ行けなくて」


 顔の前で両手を合わせて申し訳なさそうにヒカリが謝る。


「それって転校生の?」


「そう。先生にお願いされちゃってね」


 ヒカリは困ったように頭をかいた。


「手伝おっか?」


「あ、大丈夫。先生から一人でするようにって言われてて」


 何故一人なのだろう。

 どう考えても女の子一人で運ぶには重すぎる気もするが。

 クレイアが疑問を口にする


「1人で? アンタまたなんかやらかしたの?」


「多分罰かな」


 たはは、と苦笑いのヒカリ。


「罰?」


「生徒一人増やして先生の負担を増やしちゃったからねぇ」


 気まずそうに答えるヒカリに、クレイアはいろいろと察したようだ。


「えーと、もしかしてだけど、あんたその転入生を無理矢理このクラスにした?」


「え……、あー、うん……。ちょっと気になってたし、その方が面白いかなって。パパについお願いしちゃって」


 クレイアはこめかみを押さえながら首を振る。


「あんたね、“大手牧場経営者の娘”ってことをもう少し自覚した方がいいわよ。親のコネを利用して好き放題やりすぎでしょ」


「い、いいじゃない。誰にも迷惑かけてないし。それに人生何ごとも面白おかしく生きないとっ」


「ま、確かに今回はヒカリの我儘のおかげで色々と確かめられそうだから、結果オーライなのかもしれないわね」


「ねぇ、それ朝も言ってたけどどう言う意味なの?」


「確証はないんだけどね。逃げた牧場荒らしと写真の顔がなぁんか似てるのよ。どうやって確認しようかとも思ってたけど、このクラスならいくらでも調べられるだろと思って」


 それを聞いたヒカリは瞳を爛々と輝かせて、また乙女の妄想に浸ろうとする。


「へぇ。それってもしそうだとしたら、凄くない!? まるで惹かれ合う運命の……」


 しかしクレイアがスカートをちらりと捲り、ナイフをチラつかせたためヒカリは無理やり現実へと戻ってきた。


「あはは、まだ何も言ってないじゃない」


 両手を挙げて降参のポーズをとる。


「全く」


「あ、じゃあさ、クレイア! 私から提案があるんだけど!!」


 ヒカリが再び瞳を輝かせる。


「却下ね」


 しかしクレイアは聞く耳持たずと言った感じだ。


「ちょっとまだ何も言ってないじゃない!」


「悪巧みを思いついたって顔してるわよ」


「あれ、そお?」


 自分では気付いていないのか、ヒカリは苦笑いしながら両手で自分の頬に触れる。


「いいからちゃっちゃと済ませて早く帰りましょうよ。少しぐらいなら手伝ってもいいでしょう」


 鞄を置いて教室を出ようとするクレイアをヒカリが慌てて呼び止める。


「違うんだって! 取り敢えず聞いてよ! クレイアにとっても悪い話じゃないからさぁ!!」


 ヒカリは話を聞いてと、駄々をこねる子供のようにクレイアの裾を引っ張り無理やり引き止める。


「なに?」


 クレイアが嫌々ながらも足を止める。


「えっとね……」


 ごにょごにょとクレイアの耳でヒカリが囁く。

 教室内にはもう生徒は残っていないため、聞かれたくなくてもそこまで小声で話す必要はないのだが。


「なぁんかあんたの妄想に付き合わされてる感じもするけど、そういうことなら協力してあげるわ」


 ヒカリの提案に納得したのか、クレイアの瞳も悪巧みを考える乙女の瞳になっていた。


「さっすがクレイア。あーいろいろと楽しみになってきましたねぇ」


 誰もいない教室でフフフフと、怪しい笑みを浮かべる二人の少女。

 後日、通りすがりの生徒は震えながら語る。

 近いうちにあのクラスで何かが起こると。


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