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stage12 拗ねた牧場荒らし

「いやいや、確かに牧場社会について学びたいと思うし、アイリスの学園なら光る粒子(フィール)についても色々と教えてくれるだろうとは思うけどさ、さっきパラディンの女と同じ学園て言わなかったか?」


「ああ言ったな」


 あっさりと答えるフレア。


「何でそんなに落ち着いてるんだよ! ばれたらどうするつもりだよ!?」


「今の学校には友達いないんだからちょうどいいじゃない。目指せ転校デビュー! 友達100人できるかな?」


「うるせぇよ!」


 エイヤと違い全く危機感のない2人。


「そんな、敵がいるってわかってるのに行くなんて単なる馬鹿じゃねぇか!?」


「行かなくても君は馬鹿だろ?」


 果たして言葉の暴力に拳で応えることは許されるだろうか?

 エイヤは震える拳を抑えながらそんなことを考えた。


「いいじゃない。お姉さんと同じ学園なんだし、何かあっても守ってあげるわよ」


 守られるというよりかは、からかわれる姿しか想像できないエイヤ。


「他の学校じゃダメなのか?」


「何を言ってる。あの学園以上に牧場社会について知ることのできる場所なんてないぞ。なにせ在籍してる子供が牧場関係者ばかりだからな」


「余計に嫌だよ。そんな奴らと同じ空間にいるってだけで吐き気がする」


「お姉さんは気にならないわよ」


「俺はそこまで神経が図太くないんだよ」


 エイヤの一言にアイリスが静かにマグカップを置いた。

 そしてぐるりと牛の仮面をエイヤに向ける。


「仔牛くん。女の子に太いって言葉はあまり使わない方が良いわよ。まだ屠殺されたくないでしょ?」


 アイリスの感情のこもらない声にエイヤは思わず身震いした。

 普段怒らない人間程怒った時は怖いものだ。

 エイヤは逃げるようにフレアに話しを振る。


「そ、それより、よく学園側も許したな。アイリスが学園に通うことになった時も驚いたけど、まさか俺なんかをよく入れられたな」


「まあ、私もただのバーで働く牧場荒らしじゃないってことさ。行けば少しは私の凄さがわかる」


 意味深に語るフレアにエイヤは頭にクエスチョンマークを浮かべながら思った。


 そう言われればフレアの過去を自分はあまり知らない。

 バーを経営する牧場荒らし。

 それが自分の知るフレアの全てだ。



 自分とアイリスは昔、感情牧場フィール・ファームにいた頃、牧場荒らしのフレアに助けられた。

 そして今に至るまで、フレアの過去なんて深く考えもしなかった。

 自分たちの面倒を見てくれて、学校への手配もしてくれる。

 自分やアイリス以外の子供たちの世話もしているし、自分に至っては牧場荒らしの活動に対する報酬といって1人で生活できるだけの工面もしてもらっている。



 どう見ても赤字経営のバー。

 一体資金はどこから……。

 今更ながらエイヤはフレアのことを知らなさすぎる事を自覚した。

 今回の転校の件もそうだが、自分のことを考えてここまでしてくれるのだから、行きたくないなんて言うのは単なる我儘かもしれない。

 それに二人とも優秀だ。

 その2人が気にしてないというのには何か理由があるのだろう。

 学園へ行けばフレアのことがわかるみたいだし、行ってみる価値は十分にある。


「わかったよ、俺……」


 そしてやっとの思いでエイヤが行くことを決意しようとしたその時だった。









「それにしても、アイリスの時と違って君をあの学園にねじ込むのは一苦労だったよ。アイリスは持ち前の頭の良さとその容姿でなんとかなった。拡張クライメント使いとしても文句のつけようはないからね」


 かなり苦労したのだろう。

 しみじみと語るフレア。

 だが、その言葉に苦労が滲めば滲むほど、地味に傷付く人間が目の前にいた。


「悪かったな、馬鹿で容姿も悪くて、感覚拡張以外に取り柄がなくて」


 一瞬で決意の気持ちも消え失せて、ふてくされたようにエイヤがぼやいた。

 慌ててフレアがフォローする。


「まあまあそう言うな。感覚拡張を使えるだけでも凄いことだぞ。大抵の人間は同調シンクロの段階で失敗するし、後遺症を恐れて扱えない」


 フレアがエイヤを持ち上げようとするが、一度ふてくされたひねくれ者の機嫌はその程度では収まらない。


「どうせ俺は後先考えない馬鹿だよ。それに感覚拡張も学園じゃ使えないだろ? あの女に見られた以上素性を明かすようなもんだし。やっぱり行かない方が良いだろ」


「だったら他の拡張クライメントを身に付ければいいじゃない。拡張クライメント使いの育成にも力を入れてるから、仔牛くんのレベルアップにもなるわよ」


 アイリスも参加して前向きに考えるようアドバイスする。


「他の拡張クライメントを覚えようなんて思わないよ。俺は感覚拡張コイツ一つで十分だし」


 どんどん声のトーンの下がるエイヤ。


「そんなんじゃあ他のパラディンに襲われたときに対応できなくなるわよ。1人でも多くの子共たちを助けるためにも頑張らないと」


 励ますアイリス。


「……そうだな」


 しかしエイヤは落ち込む一方。


「仔牛くんがそんな調子だと子供たちの解放なんて夢のまた夢よ」


  夢を引き合いに出し説得してみるが。


「夢は実現できないから夢なんだって最近思うよ」


 元もこもない事を言うエイヤ。


「あー、完全にヘタレちゃったわねぇ。こうなった仔牛くんはいろいろと面倒だからねぇ」


 エイヤに聞こえないようにフレアと話すアイリス。


「一度変なスイッチが入るとこれだからな。この辺が面倒くさくて離れていく友人もいることに気付いてもらいたいのだが……。とりあえずこれは私の方で何とかしておく。アイリスはそろそろ時間だろ?」


 アイリスが言われてカウンターの正面に掛けてある時計を見る。

 時刻は八時を過ぎたところだ。


「そうね。じゃあそろそろお姉さんは行くわ。じゃあね仔牛くん」


  手を振って店を出るアイリス。

  しかしエイヤは見送りもせずただ、ぶつぶつと独り言を呟くだけ。


「どうせ俺なんて、どうせ……」


 いじけるエイヤにフレアがまたあのペンダントを取り出した。

 先ほどのアイリスと同じ星型の装飾の施された丸いペンダント。

 しかし、中はアイリスの赤い光る粒子(フィール)ではなく、黄色い光る粒子(フィール)で満たされている。


「さてとエイヤ。少し真面目な話をしようか」


 これまでの表情とは打って変わり、フレアが真剣な面持ちでエイヤを見た。


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