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stage10 思春期男子の本気

 アイリスはエイヤの横のカウンター席に腰を下ろす。

 目の前に置かれたマグカップはエイヤと違い黒一色。

 コーヒー本来の香りがその場に漂っていた。


「じゃあ早速始めようか。感覚痛は時間が経てばたつほど厄介になる」


 フレアの手には先程のペンダントが握られている。

 エイヤは椅子に座ると先程と同じように姿勢を正した。

 アイリスも横からエイヤの様子をじっと見つめている。



 フレアがペンダントを手のひらの上で転がす。

 僅かに黄色く輝くフレアの瞳。

 やがて手を覆うように現れた黄色い光る粒子(フィール)がペンダントへと集まっていく。

 優しく包み込むようにペンダントの周囲を覆った光る粒子(フィール)

 すると、中に閉じ込められていた赤い光る粒子(フィール)が外へと溢れ出してきた。

 それはまるで魂が吸い取られたかのような幻想的な光景だった。


「いつ見ても綺麗な光景よねぇ」


 アイリスが見惚れるようにそんな感想を口にした。



 2つの光る粒子(フィール)は混ざり合い、それは不思議な輝きを放っている。

 フレアの手のひらで渦巻く2つの光る粒子(フィール)

 ペンダントの中身は既に空だ。



 フレアは手のひらをエイヤに向けると、スッと腕を真っすぐに伸ばす。

 すると混ざり合った光る粒子(フィール)がエイヤを包み込むようにして全身を覆った。

 その様子を静かに見つめていたアイリスは、フレアに向かって素朴な疑問を口にした。


「ねぇ、フレアさんてどうやって『縮小リダクション』が使えるようになったの?」


「だてに君たちより長くは生きてないさ。これに関しては私が勝手に名付けただけで、実際は拡張クライメントとそう変わりは無い」


 エイヤに視線を向けたまま簡潔に答えるフレア。

 エイヤはフレアに手を向けられたまま、なすがままにじっと座っている。


「でも、拡張クライメントで広がった仔牛くんの感覚を元に戻すなんてそんな真逆なこと、もう拡張クライメントって呼べない気がするんだけど」


「君たちは光る粒子(フィール)についてまだまだ知らない事が多いだけさ。光る粒子(フィール)は奥が深い。知ろうとすればするほど底が見えない程にね」


「人の“根源的感情と記憶の集合体”だけじゃなくて?」


「それも間違ってはないな。言葉で表すのは難しいんだが、その辺に関して言えば私もまだまだだな。まあ、アイリスなら頑張ればすぐに身に着けられるだろう。拡張クライメント使いとしての素質は私よりも上だからな」


 それを聞いたアイリスが嬉しそうにエイヤに声をかける。


「ねぇ聞いた、仔牛くん。私って素質があるみたい。縮小リダクションを使えるようになれば、これからお姉さんが仔牛くんをサポートしてあげられるわね」


 しかしエイヤは無視するようにじっとしている。

 そんなエイヤをつまらなさそうに見つめるアイリス。

 縮小リダクション中だから仕方ないのかもしれないが、しかしそれで終わらないのがアイリスだ。

 唇を悪戯を思いついた子供の用にニヤリとさせると、早速行動にでる。


「そう言えば、記憶と感情を元に光る粒子(フィール)はできてるけど、それってまるでその人の分身みたいよねぇ。同じ人間がいないように光る粒子(フィール)もその人によって形も輝き方も色も違う」


 急に独り言ように語り始めたアイリス。

 指先に赤い光る粒子(フィール)を纏わせてじっと見つめている。


光る粒子(フィール)を出すときもどんな感情で、どの記憶を光る粒子(フィール)にするかで更に変わってくるし」


「そんな人によってバラバラな光る粒子(フィール)なのに、どうしてお互いを同調シンクロさせるなんて出来るのかしら。同じ光る粒子(フィール)でも中身は全然違うのに」


 エイヤをなぞるように指先を動かす。

 キラキラと赤く輝く光る粒子(フィール)の残滓の向こうに、別の光る粒子(フィール)で包まれたエイヤが見える。


「まるで男女の仲みたいよね。同じ人間でも男と女。でもお互い心を通わせることが出来る。そう考えれば人の分身である光る粒子(フィール)が他者の光る粒子(フィール)同調シンクロできるのも当然なのかもしれないわね」


 アイリスの独白は続く。


光る粒子(フィール)光る粒子(フィール)による同調シンクロ。上手くいけばその人が何を思って何を見たのかまでわかっちゃうわけだけど、それって何かロマンチックよね。好きな人とお互いがお互いに同調シンクロすれば相手の事を深く知れる」


 エイヤの反応を窺うようにアイリスが話す。


「つまり、お姉さんの光る粒子(フィール)に仔牛くんが同調シンクロすれば、お姉さんの知られたくないことも知られちゃうわけで……」


 アイリスの言葉にエイヤの体が僅かに反応した。

 そしてアイリスがお決まりのようにエイヤの耳元で囁く。


「それって、何かとってもいけないことだと思わない?」


 エイヤが目に見えて動揺したのがわかる。


「エイヤ、縮小リダクション中は集中するように」


 だったらアイリスに言えよ、と言いたいところだが今のエイヤは声を出すことが出来ないようだ。



 今度はアイリスがエイヤのコーヒーを手に持った。

 それをこれ見よがしにゆっくりと唇に近づけるアイリス。

 エイヤの角度からでも見えるように少し前のめりになる。

 そしてエイヤが口をつけたところへ自分の唇を近づけて……。

 何もせずにそっと戻した。



 それを見ていたエイヤはと言うと、かなりもどかしい気持ちにさせられていた。

 思春期の男子なら当然の反応と言えるだろう。

 それをわかっていてからかうアイリスは、かなりたちが悪かった。


「エイヤ」


 フレアに呼ばれて再び集中する。

 しかしアイリスの言葉が耳から離れない。



 そこでエイヤは、はたと気付いた。

 今、縮小リダクションに使われているのはアイリスの光る粒子(フィール)だ。

 アイリスの言うように光る粒子(フィール)同調シンクロすればアイリスの記憶や感情を垣間見る事が出来るかもしれない。

 女子の見えない部分を知ることが出来る。

 しかもアイリスの。

 果たしてその誘惑に打ち勝てる男子がいただろうか。



 エイヤは躊躇せず同調シンクロを始めた。

 アクリルケースの扉を開ける時はあれ程手こずっていたはずなのに、こんな時だけスムーズに同調シンクロができるのは果たして何故だろう。

 思春期真っ只中の男子の本気は時に恐ろしくさえ感じる。



 しかし、エイヤは気付いていない。アイリスの仕掛けた罠に。


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