諦めるよ…
翌日、駅前のファーストフード店で私と水野さんともう一人田崎さんと三人、向かい通しに座って長い沈黙が続いた。
「江海さん、健吾君のことどう思ってるの?」
水野さんが聞いてきた。
「えっと…あの…健吾君のこと…好きです」
私は小さな声で答えた。
「私も健吾君のこと好きなの」
予想してた水野さんの答え。
「健吾君、江海さんのこと好きみたいだけど、私は絶対に負けない」
きっぱり言い切る水野さん。
その迫力に負けてしまう。
誰にも負けたくない気持ち、なんだかわかる気がする。
「一度、フラれてるけど健吾君を振り向かせてみせるから…」
「……」
「江海さん、人魚なんでしょ?」
「なんで…知ってるの?」
「田崎さんから聞いたわ」
「……」
「なんで人間の世界にいるの? 人魚が人間になれるわけないのに、なんでなのよ?」
水野さんの口振りから怒りがみえる。
「そ、それは…」
どうしよう…なんでって聞かれても…。
私の頭の中、パニックになってる。
「どうせ、健吾君に会いに来たんでしょ?」
水野さんの言葉に私の胸が高鳴る。
「どうなの?」
「…そのとおりだよ」
「へぇ…」
水野さんは私を見下したようにうなずいた。
私と健吾君が一緒になれるわけない。そう思ったに違いない。私、それだけは確信した。私だってそう思う。だけど、一緒になれなくてもいいもん。ただ健吾君の側にいたいだけだもん。
「人魚の江海さんのどこがいいんだろ?」
「そ、そんな…」
ヒドイ…。そんなこと言うなんて…。
「健吾君のこと悪いように言わないで!! 水野さんが思ってる程、悪い人じゃないもん!!」
「そんなこと私だってわかってるわよ。だから、好きになったんじゃない」
「だけど、そんなふうに言わないで」
「悪く言ったつもりじゃないけど…?」
「……」
何も言い返せないでいる私。
余裕の笑みを浮かべる水野さん。
「私だって健吾君に好きになってもらいたいんだから…」
水野さんは急に悲しげな表情で言った。
「健吾君、言ってた。“江海ちゃんのこと、一日も忘れたことないんだ”って言ってた」
「健吾君が…?」
「それ聞いた時、江海さんに負けるなって思った」
「大丈夫よ。きっときっと健吾君、水野さんのこと好きになってくれるよ!」
「え…?」
「だって、私なんかといるよりも水野さんと一緒になったほうがいいもん!」
「江海さん…」
「私、健吾君のこと諦める」
「山岡さんいいの?」
今まで話を聞いていた田崎さんが、目を丸くしている。
「うん、いいの。私は人魚だし一時的に人間になってるだけだもん。二度と…永久に…永遠に…人間になれっこないもん…」
そう言いながら、私の目からは涙がいっぱい溢れてきて、目の前がボンヤリとなっていく。
「…だから…健吾君と一緒になってくれたほうがいいもん…」
「山岡さん…」
田崎さんは言葉をかけられずに私を見てるだけ。
なんで私が人間じゃないんだろう? そうすれば、諦めるとかそういう話はなかったのに…。健吾君にもちゃんと話さなきゃ。「水野さんと一緒になって」って。
私は二人の恋のキュ―ピット役。それしかなれないの。二人が主人公なんだから…。
そうやって、一つ一つを思い知らされる度に、辛くなる。悲しくなる。だけど、そのほうがいい。きっと健吾君のこと諦められると思うから…。
昨日、健吾君の部屋で私と健吾君と水野さんと三人でいた時、私の知らない健吾君を見たような気がして、どうしたらいいのかわからなくなってた。見るのが辛くなってた。田崎さんの時と同じ。二度と同じことを繰り返したくない。そう思って、二度目の人間の世界に来たのに…。
家に帰ってから、正直に水野さんのことを健吾君に話したの。
「マジ? いいのかよ?」
ビックリしてる健吾君。
「いいのよ。私、今回で人間になるの、最後かもしれないから…」
「オレが水野と一緒になっていいのか?」
「いいよ。私が人魚の世界に戻ったら、私のこと忘れてよ、ねっ?」
私はゆっくりと言葉を選びながら健吾君に言った。
「忘れられるわけね―だろ。オレは水野と付き合う気ね―し、江海ちゃんが人間にずっとなれなくても、オレは江海ちゃんのことが好きだから…」
「そう言ってくれて嬉しい」
泣きそうになりながら言ってしまう。
私よりも水野さんのほうがいいと思うけど、やっぱり私一筋なんだね。嬉しいな。
「ホントに私のこと忘れていいんだよ?」
「忘れること出来ね―よ」
「うん…」
無理しなくてもいいのに…。健吾君も辛いんだよね。そりゃあ、そうだよね。もしかしたら、ううん、これから先、一生私と会えないかもしれないんだもん。健吾君の気持ちわかる。すごくわかる。
はぁ…。
あ、えっ?! 今のため息、私じゃなくて健吾君のため息。どうしたんだろう? 気になっちゃうよ。
「健吾君…?」
気になって健吾君の顔をのぞきこむ。
「ん?」
「ため息なんかついてどうしたの?」
「一日疲れたなって思ってさ」
なんとなく元気がない健吾君。きっと七ヶ月前、私が人間の世界に来た時から色んなことがあって大変なんだよね。それだけはわかる。
私、自分の気持ちと健吾君の気持ち、両方を大切にするよ。絶対に…。