追いかけてきた大切な人
それから、一時間が経って、お昼前になった。私はまだ健吾君の元へ戻る気になれず海にいた。
どうしよう…。このままじゃダメなのにな。もう健吾君の家には迷惑かけられない。今日は野宿するしかないよね。
と、途方に暮れていた時、
「江海ちゃん!」
背後から聞き覚えのある声に呼ばれた。
あ、健吾君だ!
健吾君は息を切らせて、私の横に座った。
「ずっと探したよ」
「え…?」
「もしかしたら、ここかもって思ってさ」
「私を探してくれてたんだ…」
「久しぶりだな」
「そだね」
「人魚から人間になれたのか?」
「うん。一週間だけね」
「短いんだな」
「まぁね」
「オレ、まだ江海ちゃんのこと好きだからな」
「ホントに…?」
私ってば疑いの目で健吾君に聞いちゃう。
ホントは疑ったらダメなのに…。ホントは嬉しいはずなのに…。
「うん、マジだよ」
「ありがとう。ねぇ、あのコ誰なの?」
聞きたくはなかったけど気になって聞いてしまった。
「アイツ? アイツは同じクラスの水野ってヤツだよ」
「同じクラス…?」
思わず、首をかしげてしまう。
前に人間の世界にいた時に、同じクラスにいたかな?
「クラス替えがあったんだよ。ほら、もう三年だからさ」
「あぁ…そっか、それで…」
私は納得しながらうなずく。
「今年、受験生だからな。オレ、まだ就職するつもりないんだ。今のところ、大学進学予定だ」
健吾君は真剣な表情で語ってくれる。
ふ―ん…大学ってとこに進学予定なんだ…。
「あ、ゴメン。話それてしまったな」
慌てて謝る健吾君。
「ううん、いいの。あのコと付き合ってるの?」
「バカ。江海ちゃんのこと好きなのに、なんで水野と付き合わなきゃいけないんだよ?」
そう言うと、健吾君は笑ってくれた。
「そうだよね」
「先に言っとくけど、実は今日、水野に告白されたんだ」
――え? 告白?
私は自分の耳を疑った。
「断ったよ。好きな人いるって…」
私の不安な気持ちを察したのか、ちゃんと言ってくれた。
「断ってくれたんだね」
安心したようなホッとした声を出してしまう私。
「そういえば、江海ちゃんて行くとこね―だろ?」
「うん、まぁ…」
「オレんち来いよ!」
「でも…」
「いいんだって。江海ちゃんがいてくれたほうが家が明るくなるからさ」
「健吾君…」
「行こうぜ!」
健吾君は立ち上がって歩き出す。
私も急いで立ち上がって健吾君の横に歩く。
「渚と夏子は元気にしてる?」
「元気にしてるぜ。江海ちゃんが人魚に戻ってからしばらくの間は落ち込んでたけど、今はそんなことね―よ」
「…なら良かった」
少し安心したな。
「明日、日曜だし会えよ。オレから連絡つけてやるから…」
「いいの?」
「全然いいよ」
「じゃあ、会う!」
渚と夏子に会える。なんか、それだけで元気になれちゃう。
「江海ちゃん、元気だった―?!」
ママが大きくて元気な声で、私に抱きつきながら聞いてきた。
「すごく元気だよっ!!」
「江海お姉ちゃん、久しぶりだね―」
奈美ちゃんも嬉しそうにしてる。
「奈美ちゃん、元気だった?」
「うん! 元気、元気!」
「早く中入って」
ママが早口で言って、私を家の中に入れる。
「部屋はこの前の部屋でいい?」
「この前の部屋?」
「うん。江海ちゃんが出て行ってからあのままにしてるのよ」
「え゛?」
あのままってことは…まさか…健吾君の隣の部屋ってこと?!「もう少ししたら夕食の時間だから、部屋でゆっくりしておいてよ」
そう言うと、ママはキッチンへと行ってしまった。
大好きな健吾君。渚と夏子はいい友達。永久に人間なんてなれっこないけど、私はこれでいい。これでいいんだ。健吾君の彼女になれなくていいって言えばウソになっちゃうけど、健吾君のそばにいれたら、それでいい。
翌日の午後、健吾君の家に渚と夏子が遊びに来たの。
「江海、元気だった?」
夏子が嬉しそうな声で聞いてきた。
「うんうん、元気よ」
「元気そうだね。どうやって人間になったの?」
渚は不思議そうに聞いた。
「シ―ナ女王に頼んだの」
「シ―ナ女王って…?」
「人魚の世界の一番エライ人なんだ」
「へぇ…」
「でも、来週には戻っちゃうけどね」
「今回は短いよね。前は長かったけどね」
「確かに」
渚と夏子が口を尖らせながら言った。
「私がここにいるだけでいいんじゃない?」
「まぁね」
なんだか、昔の友達に会ったみたい。ずっとずっと、みんなの近くにいたい。このままずっと人間の世界にいてもいいかなって思ってしまうよ。
「江海、なんか前と変わった」
渚は私の顔を見ながら言った。
「そう?」
「うん。前より可愛くなった。健吾のせいかな?」
渚は意味ありげに笑いながら言う。
そんな渚にドキリとしてしまう。
「まさかぁ…。そんなこと…」
「人魚の世界でも健吾のこと想ってたんでしょ? 今の江海見てると、そう思えちゃう」
「そうよね。江海は健吾一筋、だよね」
夏子も私の顔を見つめながら言った。
「江海が人魚だなんて今でも信じられない。でも、江海と出会えて良かったなって思ってるよ」
渚は微笑みながら言った。
「私もよ。江海と友達で良かった」
「二人共、ありがとう。嬉しいこと言ってくれて…」
二人の言葉に涙が出そうになった。
私だって人間の世界に来て、みんなに出会わなければ、人魚のという狭い世界にいたままだった。私、ホントに幸せ者だよね。