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クオリア  作者: 管澤捻
先織杏
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プロローグ

挿絵(By みてみん)

 青葉児童養護施設。その施設では、様々な理由によって親をなくした、あるいは、親から放棄された、三歳から十八歳まで子供たちが暮らしていた。年端もいかない子供たちにとって、親がいないということは、一般的な価値観からすれば、不幸なことなのだろう。しかし、その養護施設で生活をする子供たちからは、そのような暗い影を感じることはなかった。皆がよく笑い、泣き、時には怒り、感情豊かに、日々の生活を過ごしている。少なくとも、大多数の子供たちはそうだ。だが、人が大勢集まるところには、もちろん多数に属さない例外が少なからずいる。それは、大人社会においても、子供社会においても、違いはない。

 その僅かな例外。水と油のように、決して交わることのできない異物。

 それが自分だ。

 先織さきおりあんはそう考えている。

 彼女はゆっくりと瞼を開けた。彼女が居るところは、主に遊戯室として利用されている部屋だ。その部屋の片隅に、畳んだ脚を抱きかかえるようにして、彼女は座っている。

 背中まで伸びた黒髪を首筋でまとめた、一〇歳の女の子。歳相応の丸みのある輪郭に、バランス良く配置された、やや釣り上がり気味の大きい瞳。そこには、一切の感情が浮かんでいなかった。まるで、ガラス球のような無機質な瞳。彼女はそれを微動だにさせず、ただ静かに、部屋の中を観察する。

 車のプラモデルやカバーのない漫画本。破れた画用紙や半ばで折れたクレヨン。四色の積み木やうさぎのドールハウス。そして一見すると何に使うか分からない捻くれた棒。そういった多様な遊具が床に散乱しており、その隙間を器用にぬって、子供たちが部屋の中を駆け回っていた。その子供たちのなかには、自分と同い歳の女の子もいる。

 しかし、その子供は自分のことを、ちらりとも見ようとしない。その子供だけではない。この遊戯室にいる年下から年上の子供たち全員が、自分のことを、まるで存在していないかのように扱っている。

 今日は悪天候だ。白色雑音のような雨音が絶え間なく鼓膜を叩いている。故に今日は、施設に住む多くの子供たちが、この遊戯室に集っている。だが、自分に関心を向ける者は、その中に誰ひとりとしていない。

 それを、私は悲しむべきだろうか。

 彼女は他人事のように思った。

 他人事のように、どうでも良かったからだ。

 彼女にとって、この施設の人間は価値のあるものではなかった。この施設の人間にとって、自分が価値のあるものでないのと同様に。

 彼女にとって、価値のある人間は、あの少女ただ一人だ。

 彼女は再び眼を閉じた。

 徐々に、部屋を満たしていた、雨音と子供の声が消えていく。

 徐々に、彼女を置いて、世界が遠く離れていく。

 そして一切の音が掻き消えた時、彼女はそっと眼を開けた。

 

 真っ白な世界。

 どこまでも続く地平線。

 膨大な空間を満たす静寂。

 そんなどこでもない世界に、私がいた。

 そんなどこでもない世界に、少女もいた。

 そんなどこでもない世界に、私と少女が、お互いを見つめ合っていた。

 私がよく知っている少女だ。

 私をよく知っている少女だ。

 少女さえいれば、私は寂しくなんかない。

 少女さえいれば、私は生きていける。

 少女がいないと、私は生きていけない。

 だから、宣言する。

 少女に向かって。

 少女の夢に向かって。

 力強い決意を少女に示す。

「必ず、お前を見つけ出してやるからな。麻木あさき凛音りおん

 その言葉に、もう一人の少女――麻木あさき凛音りおんと呼ばれた少女は、大きな瞳を嬉しそうに細めて微笑んだ。肩まで伸びた、緩いウェーブのかかった栗色の髪の毛が、柔らかく揺れた。

「ありがとう。杏ちゃん」

 その少女の言葉に、先織杏も微笑んだ。


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