09 /暁の彩り
“私を憎んで己を迷わすな。呪縛は解かれるまでついて回る。………――ルイーザ”
『はい』
“………私も人であったのだろうな――”
『…!?………』
黄金の瞳はいつも……――
光の向こうで
私を責め立てる……
ユーデリウスが、微かに光に溶け込んで、薄れていくようだった。
あの人が、そんな儚げなことを言うなんて。
己れの死期を悟った上での言葉だったか、理の深淵を知りすぎたゆえの言葉だったか、定かではない。
このところ毎日、長時間をユーデリウスの元に詰めているルイーザは、精神的な疲れを癒すべく、柔らかなデイベッドに身を任せて嘆息する。
休息の息をつく間もない。眠ってさえもユーデリウスの意思は語りかけ、絶え間なくルイーザは幻影を見続ける。もはや彼女はグランスとは違う意味で、ユーデリウスのパートナーだった。片時も離そうとせず、彼女の時間は彼の時間であり、プライベートなどありはしない。
そしていつもの通り、ラントゥール星の館にユーデリウスと対話をしながら、夜が明けてしまった光の中で、彼はふと洩らしたのだった。
危うく感情を抱きそうになって、ルイーザは沈黙する。
彼の個人的な魂の叫びは聞くにあらず。
(誰かに同情することも――悲しい運命に触れて泣くことも、憤りを突き刺すことも、愛することや恋ですら、私たちには叶わぬこと――)
彼の影にもなれぬ女の存在を思い出した。
深窓に育って宇宙の広さを知らないような、たおやかな花。
熱を帯びた眼差しは、ユーデリウスにのみ向けられて、絶えることが無い。
(このままで良いのです――)
果実を得られぬ愛情を密かに宿しつつ、現状を受け入れているかのようだった。
(あの方は、人を愛する、お暇などございませんもの)
(誰がユーデリウス様を恐れ、憎み、忌避してもわたくしは何処までもお慕い申し上げます)
陽炎のように、ルイーザに微笑んだ。ただ彼を愛していることが、自分の存在証明であるような揺らめき。その表情を受けてルイーザは思うのだ。
彼女のような立場に育ったならば、彼を愛しただろうかと。
そして、女とは斯様にも自らの感情をよりどころにし、それだけを生きる糧にするのだろうかと。
(私にはあの方しかおりません)
夢見るような口元とは裏腹に、瞳は微かな陰影を含んでいた。
――呪縛――
ユーデリウスが云った言葉が浮かぶ。
幼い頃にはユーデリウスに自由を説いて叫んだと言うのに。あれは幻だったように思えてならない。
わたくしも、魂を解放することはできないでしょう――
暁の光はルイーザにも、差し込んでいたのだった。
かわいそうな女は、
人を超えてしまった大公を取り戻そうとした。
運命への抗いを知らぬばかりに、
抗い方を取り違えて、
大公の血を流した。
それから、
初めて自分の意思で言葉を放ったのだ。
“愛しておりました”
しかし広げた翼は翼にあらず、
大空は女を受け入れなかった。




