08 /共に歩まぬもの、独り待つ身
慣れていた屋敷の部屋と違って、倍以上は広かったから、侍女を呼ぶにも一苦労だった。
「今日は髪を結い上げて欲しいのよ」
「ただいま用意をしてございます。黄金の瞳さま」
「ええ、大公がお待ちなの。早くしてね」
衣擦れの音が暫く室内を騒がせた。
『黄金の瞳』――
そう呼ばれるのにも抵抗は無くなった。
けして好むものではないが、ユーデリウスが「ルイーザ」と口にするよりは良いのだと思おうとしていた。
「昨夜は、ようお休みになれたのでございますね」
ルイーザの長い髪を梳きながら、中年の召使がにこやかに言う。
「やっと慣れてきたの。だって分かるでしょう……?」
そうでございますとも、と召使は同情的にうなずいた。
宇宙に覇権をうならせるユーデリウスの居住区に、単身少女が入居したのだ。それも大公の片腕グランス将軍の元から上げられたというから、周囲はついに大公が立后するのだとか、将軍が将来自分の細君にと、育てられていた娘に横恋慕したのだとか、スキャンダラスな噂で持ちきりだったらしい。
彼らのごく身近な人々は、俗世的な理由でルイーザが大公の傍に召抱えられたとは思っていなかったが。
「昨夜、わたくし観たの」
「まあ、何をでございますか」
「そうね……大公殿下にしか言えないのだけれど…」
「さようでございましたわね…黄金の瞳様の言葉はユーデリウス様の意思でございますもの」
“わが魂は汝の上に降り注ぎ、
わが言葉は汝の唇より漏れ出で、
汝の最後を駆くる時を示したり。
最後の後に鋼鎖は解かれん。
おお、
知り足るものよ、
視えたるものよ、
我は汝を斯く定めたり――”
(私は…共には歩まぬ者……独り待たねばならぬ身……)
ふと、風がそよぐ中ルイーザは、刻の狭間に、己が囁く言葉を聞いた。