06 /呪縛の初めより
その日、ユーデリウス大公の使者がグランス邸を訪れた。
グランスの様子からして、グランスはその目的を知っているらしかった。
しばらくして訪問者が帰ると、彼はルイーザを呼ぶ。
「良く聞くのだルイーザ。私は今まで私ができる限りお前を愛してきたし、これからもこの愛情は変わらない。大切な妹、私の娘。――運命は私たちをめぐり合わせたが、それだけではなかったと言うことなのだな」
優しい茶色の眼差しが、微笑む。
「わたくしもグランス兄様をお慕いしております。――――でも、その言いよう、わたくしたちは離れなければ成らない運命でも……?」
そう覗き込んだルイーザは、グランスの瞳に悲しい色を見つけてしまった。
「兄さまが、どこかに行かれる訳でもないのですね……」
グランスは軍将だから、戦場へ赴くのはいつものことだった。屋敷を留守にすることは多かったがルイーザは寂しくはなかった。軍神が宿るがごとくユーデリウスとグランスの戦勝率は言うまでもなく、生きて帰還することは目に見えていたし、また疑いもしなかった。が、今日のグランスは何かを悲しんでいた。
――誰かが大切な物を失うとでも?
ルイーザの心はつぶやく。
グランスはルイーザの両手を握ったまま豪奢なソファに深く座りなおすと、改めて口を開いた。
「殿下が…ユーデリウス殿下がお前を召し上げたいと望んでおられる。そしてこれは拒否することができない――何故なら……」
軍神は言葉を詰まらせると、やおらルイーザの細い体をかき抱く。
「兄様――」
「なぜなら……お前はそのために在り、選ばれてしまったからだ――」
――嗚呼 。――
魂の慟哭が聴こえた。
――兄様、兄様、お許しください。――
ユーデリウス邸での出来事が溢れるように思い出される。
――どうぞ哀しまないでください。
知っておりました。
わたくしは自分の運命を、宿命を。
ルイーザは自分が知っていたことを、思い出したのである。
グランスの腕の中でルイーザは顔を手で覆った。酷い孤独感に耐えられそうになかった。
――永い、永い刻に至る旅が、わたくしを待っております。兄様とは道を違える旅が――
全てを理解してしまった自分を虚しく思い、そしてユーデリウスの言葉の一つ一つが真実であるのを実感していた。
――でも――
「愛しておりました」
全てを込めて、嗚咽の中から搾り出した。そしてもう一度言い直した。
「愛しております」
――お兄様――いいえ、私が愛する方――。




