05 /操り人形ユーデリウス
“その通り――私はユーデリウスという名の「操り人形」だ”
何という傲慢!
このような男のために、世界が壊されていくのだ。
操り人形だの、死を許されないだの、ではお前は何者なのだ!
ルイーザの中を激情が迸る。
「愚かしいにもほどがある。人はそれを身勝手というのです。自分が何をしてきたか判っているのですか!」
怒鳴ってしまった少女を、ユーデリウスは振り返った。
“黄金の瞳のルイーザ。何を基準に身勝手と言うのだ?”
「なにが、ですって? あなたが自分勝手に人の運命や幸せを決めてしまったからよ! それも一度に多くの、あまりにも多くの人間の全てを奪った!あなたがいなければ、まだ幸せに生きていけた人がいた。これから幸せになろうとする人もいて、人類が最終到達するためとあなたは言うけれど、どんな使命であろうと、任務であろうと、他人から見ればただの身勝手と言うのよ!」
十年分、一気にまくし立てるのを聴いていたユーデリウスは、その糾弾にさえ顔色一つ変えずに、薄いグリーンの瞳で冷気を辺りに漂わせていた。
すこし違ったのは、さきほどの彼と比べれば生気がわずかに宿ったように見受けられることである。
“――それは”
ユラリ。
緩慢な動作に、見えないオーラが立ち昇ったような気がした。
“人には個々の権利があり、人生は己で決めるものであり、何者にも干渉されない、自由を言うのだな?”
蒼い炎を、ルイーザは観た。その覇気に圧されて脚が一歩下がる。
「判っていることを……」
“その自由がありながら、彼らは私によって奪われ、死に逝った。何故だ? 自由を謳いながら人や世のしがらみに苦しみ傷つき、あるいはまた――古代からの文献が語るように、幾度も人類が「至高者」の怒りによって滅びの日を迎えたのは――何故だ?”
ユーデリウスの双眸が彼女を貫いた。
それは直接、脳裏を焼きつかせるような稲妻。
嵐が、吹き荒れた。
(そんな……ッ)
まるで、体内に入りきらない水の流れが雪崩込むように、ルイーザの内側が溺れそうになった。足元が不覚にもよろめく。
大きな鼓動が一つ。胸が苦しくなった。
扉をこじ開けて強引に入ってくるような怒涛の波が、押し寄せる。
(ち…違う……)
胸を押さえて前に屈む。
(私は………)
心が千切れそうな精神的苦痛を覚えた。
(憎いのよ――)
“永遠を彷徨って同じことを繰り返す事が、恐ろしいとは思わないのか?”
(あの男が憎いはずなのに…)
(憎かったわ…憎くて、お兄様には悪かった――けど……)
グランスの顔が横切った。
(グランス兄様……)
その姿は、一瞬で掻き消えた。
波が飲み込んだ。
波は恐ろしいほどの速さで彼女を埋めていく。
彼女ではないものが彼女を支配する寸前、苦しい呼吸からかろうじてルイーザは吼えた。
「ホホ……いまさら弁解しても人殺しには変わりないものを、何を言うの? あなたが? ならば聞くがいい。その『至高者』やらに! それは、お前を支配する代わりに、盟約が果たされればお前を解放すると――」
笑っている?
何故わたくしが笑う?
すでに途中から自分が何を口走っているか判断できなかった。
「答えるでしょうよ!」
(私はいったい何を云ってるの――?)
あまりに不意の出来事に失神しそうだった。
しかし皮肉なことに、それから救ったのはユーデリウスだった。
“ならば尋ねよう!”
ルイーザの肩を掴み、色の薄い瞳が彼女の眼前にせまる。
“答えよ!”
ユーデリウスも吼えた。
“答えよ!「鍵門」は開くのか否か!黄金の瞳のルイーザ!”
――その後は記憶がない。自分がなんと答えたかも思い出せない。
眼を開けば、そこは自分が住む屋敷だった。
召使達から幾分色づけされた話を、小耳に挟んだ。
ユーデリウス本人がさも愛おしそうに、彼女を介抱したと。
それから、何事もなかったように一ヶ月ほどが過ぎた。




