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02  /乾いた心



「――…起きているわ…大公殿下がおいでなのね」

 侍女は戸惑いながら、はいと答えた。

「いまお眠りであるとお伝えしたのですが…」

 その肩を男の手が制する。

「無理を言ってすまないね……ルイーザ殿の寝室にまで押しかけてしまった。二人で話がしたい」

 主人の容態が心配な侍女は躊躇したが、男の圧す力を受け止めて、礼をすると静かに戸を閉めて出て行った。

「具合はどう。見舞いに来たんだが、眠ってたら顔だけ見て帰ろうと思ってた」

 優しさを満面に、男がルイーザを覗き込んだ。

 よほど彼女は、自身が思うより大切な存在らしかった。

 だから、そういう時間の無さを焦る空気もある。

「ええ。休んだから大丈夫…レヴィンス殿下はいつお戻りに?」

「昨日だが、君が倒れたと言う一報で」

 すっ飛んできたと言う。

 ルイーザは体を起こすとショールを肩に羽織り、レヴィンスの助けを借りてベッドサイドに足を降ろした。 

「私に構わず横になってて良いのだよ。あなたは世界で一番大切な人なのだ。無理はせず、どうかゆっくりと静養して欲しい」

 ルイーザはすこしやつれた顔に微笑を浮かべて、レヴィンスの言わんとしていることを理解した。

「でも、一番大切な人を間違えているのよレヴィンス殿下。もうすぐ殿下から陛下と呼ばれる方を前に失礼ですもの……陛下(サイアー)……そうよね? ユーデリウス二世陛下――」

 レヴィンスは、ルイーザの手をそっと握るように重ねた。哀願の表情(いろ)が双眸に映し出されるのが見て取れる。

「ルイーザ。私は正直言って不安でたまらないのだ。ユーデリウス叔父程の才覚もなく、グランス将軍のような力量もないのに、あなたを失ってはこの広大な宇宙をどのように(しら)すというのか? 民はそれで満足すると言うのか?」

 新しい世界を前に、飛び込んでいいものかどうか、迷い怯える子供のようだった。

 彼の、彼にのしかかる重責に、わずかな不安を世界でただ一人彼女に吐露したのである。

 自分で言うように、確かに銀河宇宙に大国家を造り上げた先代ユーデリウス大公や、その右腕として共に宇宙を駆けたグランスに比べれば、レヴィンスは凡庸な人物ではあった。

 しかし、刻はあるべくしてある人物を選ぶだろう。

 凡庸とはいえ、幼いころからユーデリウスの傍らに、戦場を幾度となくついて回り、これから必要であろう全てのことに関して、彼なりに見、聞きしてきた。そんな環境は自然と帝王学を学ばせるに充分である。

 身に着けた思慮深さと、判断力は凡人の域を出ているといっていいだろう。

 環境とはそのように人を育てるのだ。

 まだ遠い先のこととはいえ、国が安定期に入ろうとしている時には、大衆の目を幻惑するような強すぎる光は必要ないだろう。それゆえレヴィンスは国づくりの基盤として耐えうるタフさを買われたのだ。凡庸さが生む、安定性(バランス)なのである。

 ユーデリウスの残した傷跡は、あまりに深く根強く、そして罪深いものであるが、どうにか彼女の手と、そしてレヴィンスの努力により宇宙は平定されようとしている。

 ルイーザは彼の手を握り返した。

「殿下。時代も世界も、間違いなくあなたを選ばれました。迷うことなど一つもないのです。いいえ、迷っては居られないのです。これからは、枢密院ギャラクシアン・グループがわたくしの代わりに国や皇帝を支えていくことになるでしょう。存分に戦いなさいませ――」

 レヴィンスの労をねぎらい、はたまたこれからを思いやり、微かに嘆息する。

(――それなのに――)

 

 ――それなのに、終わらない……

 私の終わりが見えない――

 あんなに、憎んで憎んで、ただ憎んできたのに――

 

 ユーデリウス!

 

 あなたは何人、わたくしから大切な人々を奪ったことでしょう!

 あの方すらも奪ったように思えるのに

 私の命は長くはないのに………

 

 この呪縛は終わらないのです!

 

 ルイーザの内に、乾いた哀しみが揺らめいた。



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