10 【最終話】/その新(さら)つ国を治(しら)せ
大公は自らの死を知っていた。黄金の瞳も超越した空間から観ていた。
「でもっ……」
これからの国には、いやでも彼のような巨大な存在が必要である。
ユーデリウスの言なくば開かぬ扉に、ルイーザですら足止めを食らった。「今すぐ開くのです」と危険を声高にしても兵は動かない。
忠誠を命とし、内部の裏切りを疑わない忠臣達は躊躇した。
「わたくしでも憎いと思っていたのですよ!」
このさいは私的な理由で持って一喝し、大公の部屋をこじ開けさせる。
彼女はそこで孤高の死を垣間見、長年費やしてきたあらゆる感情の一片も見当たらなかった――。
私は観てしまっていたのだ。
誰も知ることのない、彼にしかない哀しみを………。
それが人の理であることを。
あの瞬間、私の彼に対する理由が、敗れたことも理解したのだ。
(観たくはなかった――)
たゆとうように穏やかな暁の中で、彼が言わんとしていたのは、干渉なき自由を己こそが得たいのだと、願ってやまないことであろう。
“望むれど自ら定むは難し――”
宇宙が未だ必要とすべき大公が、一人の哀れな娘に命を奪われての後も、黄金の瞳のルイーザの日常は変わりなかった。ただ、冷気を漂わすような存在ではなく、温かな人の言葉も交わせる男が傍らにいる。
彼と残り託された礎を築くために、眠る暇をも惜しんだ。
グランスとは心想いながらも会うには難しい立場にあり、いつしか彼は黄金の瞳の中で想い出となった。
自分は、自分が心血を注いだ新つ国を見る事はできない。
「――今宵の会議は、いよいよ帝政発足の大詰めですな」
「黄金の瞳様より内々の触れが」
目立たぬように、様々な年齢の男女が幾日も幾日も一つの部屋の中へ滑り込み、何かを書きとめ、議論し、ルイーザの言葉に耳を傾ける。
「ギャラクシアン達よ、これはわたくし亡き後の遺言としてお聞きなさい――。
ユーデリウスは鍵門を開きました。彼らはその存在も知らずに生を終えることでしょう。
帝政共同体は半ばユーデリウスのため、半ば人類全体のためにあるもの。これから続く長い歴史の中で選ばれ、人々の頂点に立ち導く皇帝には、〈ユーデリウスの意を継ぐ者〉(ユーデロイト)の名を与えなさい。それこそが皇帝の称号となりレガリアとなるのです。
ギャラクシアン・グループは皇帝の諮問機関となり、時に皇帝をも超え運命に追従を強制するものたち……………。
やがて大いなるものの片鱗が、銀翼を宇宙に翻して、運命められた刻印を成す者が立つでしょう――それは“王冠”を抱いて……!」
そこにいた者たちは、ルイーザと同じビジョンを観たようだった。
感動に揺るがされた彼らの静かな波が、やがて拍手を持って受け入れられ、成立したことを告げる。
「ルイーザを称えよ!帝政共同体に栄光を!」
「ルイーザ万歳――………!」
「レヴィンス殿下、ユーデリウス二世万歳!」
「皇帝陛下!」
「黄金の瞳・ルイーザ!」
歓呼の声にもしかし、ルイーザは沈黙したままであった。
されどいづれも
“其の”ために在りありて
やがて流星は彼方を目指す――
L.M.〇〇〇一年(元年)、
帝政共同体初代皇帝ユーデリウス二世即位――
【外伝〜空白の言葉 完】