Report07:色1
新たなモードが追加されたデバイス【スイレン】を使うために山河は体育館に来た。そして、彼のナビゲーターの小澤に教えてもらった通り、探していた彼女が目の前にいる。
「俺と1対1で勝負してください!」
「えっ、何?」
「1対1です。お願いします。」
「何で、あたし?」
「さっきはラッキーでポイントになりました。でも、今度は万全の状態でシルクに挑戦したいんです。」
「嫌。」
「え?」
「やりたくない。」
「え?」
「君は【色】を持っていないんだよね。だから、あたし、興味無いの。」
「ヴァン、彼女のナビゲーターの和久井だ。今はバトルするのを止めてくれないか。ルーキーの君はまだ、色を知らない。色、セルフカラーと言うものだが、使うのと使わないのでは違いがある。本来、色を使う相手には無色の攻撃は通用しにくいんだ。」
「・・・、なぜ?」
「だから、先ほど説明した通りで」
「ヴァンさん、和久井さんのおっしゃっている通りにした方がいいと思います。」
「小澤さん?・・・、わかりました。」
山河は無表情で体育館から別の場所へ移動する。顔には出していないが、心の中では戦えなかったことに疑問を抱き、同時にショックを受けている。山河が去った後、罍が1人でいる体育館。そのエリアには、トレーニング終了まで誰も近づかなかった。
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トレーニングのサバイバル1回目が終わり、午前11時。エグザとナビゲーターが一緒にキャリア別講義を受ける時間になる。山河達と同じルーキー、トレーニング初参加のエグザとナビゲーターはその数が偶然にも40組80名。講義の為に20組ずつ、2か所に振り分けられた。
「ルーキーの皆さん、初めまして。アークバスターズの日本支部、研修担当の蔦野照です。4時間の長丁場になるので、休憩をはさみながら講義をしていきます。理解できないことがあればその都度、質問してください。」
『はい!』
「アークバスターズとは現実世界と電子世界の間に起きたトラブルを解決するための組織です。その名前の由来は【All・Real・Cyber・Busters】の言葉を組み合わせたものになりAllのA、RealのR、CyberのCを組み合わせてARCと呼んでいます。そもそも、電子世界という概念が生まれたのは電子革命が起きたからです。」
蔦野の最初の話は山河をはじめとしたルーキーがアークバスターズの一員になる前、訓練生の時に受けた話とほぼ同じだった。
「長い間、電子情報を人は視覚だけでしか知覚できなかった。ですが、電子革命が起きたことで、臭いや味、触った質感も電子情報として組み込むことが出来、それを人々が知覚できるようになります。そして、私たちはプログラムを作れば、臭いや触感などを生み出せるようになりました。それ以降、身の回りにはプログラムで作られたものが多くなります。さらに、最近では人の動きを記録して電子情報にしておくことが可能になりました。スポーツの試合でのきわどい判定の再現やベストスコアを出した時の体調や姿勢などの研究に繋がり、社会を大きく変えていきます。社会が変わり、世界が変わっていく中、生み出されていくデジタルな要素は世界観を持ち始めます。それはプログラムを作る地域や組織、個人によって特徴が出るからです。まさしく、電子情報が独自の世界を作っていると言っても過言ではないということです。その独自の世界は電子世界、サイバーワールドと呼ばれるようになり、私たちの現実世界、リアルワールドと区別されていきます。世界ができた以上、それらを守る組織が必要になりました。それが私たちです。アークバスターズは本拠地をアメリカ合衆国に置いています。世界の主要国には支部があり、その支部が各地をブロックで分けて管轄しています。主要国とはG20に登録している地域や国々のことを言っています。つまり、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、欧州連合、ロシア、中華人民共和国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、オーストラリア、韓国、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンという20の支部があります。支部はそれぞれの管轄している地域をブロックに分けています。ブロック内ではさらに地区で分かれていて、各々が担当地区を中心に電子世界のトラブルと日々、向き合っています。」
(改めて聞くけど、長い。)
話が長いと思っていたのは山河だけでは無かった。あくびをしている者、デバイスを調整している者など、話の最中なのに聞いていない者がちらほらいた。話が長いと思いつつ、何もせずに聞いているのは山河と小澤を含め6名だった。蔦野は1時間程、訓練生時代のおさらいとしての話をした後、休憩を挟む。そして、次の話題になる。
「さて、お昼休み30分が終わり、今は12時30分過ぎですね。続いて、講義の本題の色についての話をします。」
「色って、寿先輩が言っていた話ですよね、ヴァンさん?」
「はい、そのことだと思います。」
色というキーワードが出た直後、何も知らない受講者たちはざわつきはじめた。ざわついている様子に動じず、蔦野は話を続ける。その話が出た瞬間、ざわつきがなくなった。
「訓練生の時は攻撃のすべて、斬撃や銃弾などがただの光でした。ですが、さらに1段階、強化をするために色を取り入れます。色という大容量を使う情報が負荷されたものは色の無いものよりも大きな影響を与えることができます。使う色を予め、設定しておくことで武装展開の速度をなるべく落とさないようにしています。なので、エグザ、ナビゲーターはそれぞれ、色を決めてください。この場で決めた色はセルフカラーとなります。セルフカラーとは使う色のことです。この講義では皆さんにセルフカラーを決めて頂き、登録までしてもらいます。講義に時間があれば、皆さんには試しに色を使う練習の許可をします。デバイスにセルフカラーを使った動作を登録しておけば、お気に入りの一撃、いわゆる【ストライクフェイバリット】になります。任務中に手ごわい情報体に遭遇しても、セルフカラーを使った攻撃をする。大きな威力、ここぞという時に使う一撃としてストライクフェイバリットを使う。これからの皆さんには必要な知識になるので、しっかり覚えてください。」
部屋の中にいるほとんどが、話の後に周りにいる人と話をはじめた。色を何色にするのか、色が強い力を生み出すのは本当なのかなど、話に疑問を持つ者や理解が追いついていない者などがいる。その中で手を挙げる女性が2人。
「眼鏡をかけているお嬢さん、どうぞ。」
「あの~、ど、どうやって、色を登録するのでしょうか?デバイスを新しくするのでしょうか?」
「ポニーテールのお嬢さんも質問ですか?」
「はい、色で有利や不利といった特性はあります?」
「最初の質問ですが、デバイスは今までのものを使います。追加プログラムのデータを転送しますので、それをインストールしてください。そうすれば色の登録ができます。登録するにはカラーコードを使います。デザイン関係の仕事をされている方には馴染みのあるものです。詳しくはウェブで検索するとわかります。」
「あっ、ありがとうございました。」
「次の質問ですが、色そのものには特性はありません。ですが、後から特性を付与する改造をデバイスにすれば、セルフカラーに特性を持たせることは可能です。」
「ご解答いただきありがとうございます。」
「他に質問が無ければ、色の登録作業をしてもらいます。これはナビゲーターに頼ることなく出来る作業なので、難しくないです。ですが、わからない時は私に声をかけてください。」
彼女たち以外にもいくつか質問をするメンバーはいたが、人気の色や先輩たちは色にどんな特性を持たせているのかなどといった質問があった。それぞれがデバイスに追加データを受信してインストール後、およそ13時15分。それぞれがウェブで色を調べはじめた。コードは6桁で16進数表記。例えば翡翠色であれば38b48bとなる。セルフカラーということで海松色や紅桔梗、ルビーなど珍しい色を登録するルーキーがちらほらいた。真剣に考えているのは6人。小澤以外に発言した女性でポニーテールが特徴のエグザとナビゲーターの男性、それから、山河、小澤と彼らの後ろに座っているペアの2人である。
「色という言葉は寿先輩から聞いていましたけど、どの色がいいのかわからないです。」
「先輩?知り合いがいるんすか?」
「誰だ、あんた?」
「ち、ちょっと、ヴァンさん!そんな言い方はないですよ。」
「あぁ、すんません。名乗った方がいいっすね。自分は加曾利イズルっていいます。ナビゲーターやってます。彼女はエグザの朝霧咲綾っす。見ての通り、基本、無口です。」
「・・・」
(本当に無口なんだ・・・)
無口な朝霧の様子を見て、山河と小澤は同じことを思った。自己紹介をしてもらったので、山河と小澤も自分の名前やコードネームを伝える。その後、加曾利は無口な朝霧に触れず、他のペアに対しても積極的に話しかけていった。朝霧の無口さには慣れているからこそ、その対応ができるのだが、初対面の山河たちから見ると、放置されているエグザとちょっかいを出すのが好きなナビゲーターという状態だった。
「さて、ほとんどのペアが色を決めているみたいですね。色を決めたら、エグザの皆さんは体育館へ行って下さい。ナビゲーターの皆さんは、管制部屋へ行き、それぞれ色の使い方を練習してください。講義自体は終了していますので、15時までは各自で色を使う練習をしましょう。」
ぞろぞろと教室から人が去っていく中、残ったのは6人。その内の4人は山河、小澤、朝霧、加曾利である。加曾利は黄色系統の色を、小澤は桃色系統の色を探している。山河も様々な名前がある色を見ている。朝霧は様々な色を見ているのだが、その色には名前がない。ちらちらと周りの様子を見ている小澤は朝霧の色選びを見て不思議に思った。色なのだから名前があるはず。名前の無い色ばかりを見ている朝霧に小澤は恐る恐る質問をした。
「あ、あの、朝霧さんはどうして名前の無い色ばかり見ているのでしょうか?」
「・・・から、・・・」
「え?えっと?すみません。」
「重要なのはカラーコードだから。名前はどうでもいい。」
「あ~、ごめんなさいっす。さあやちゃん、声小さいし、淡泊な所があるから、たまに。」
「あ、ありがとうございます。」
「自分は色を決めたんで行きます。さあやちゃんも色決めてる感じ?」
「・・・い」
「OKっす。また、次のトレーニングで会いましょ♪」
『え!?』
「お2人も早く決めた方がいいですよ!!」
加曾利が去っていき、5分程経ってから、朝霧が無言で教室から出ていった。時間は14時00分を過ぎている。残り4人、山河と小澤のほかに、ポニーテールの女性と丸刈りのナビゲーターがいる。
「あなた方は行かないのですか?」
「私たちはまだ、色を決めていないんです。お2人は?」
「我々もまだ決めていないです。お嬢は慎重なので。」
「お、お嬢様なんですか!?」
「っ!!うっ、お嬢、申し訳ありません。」
「いや、バレますよ。口調からして。」
丸刈りのナビゲーター花川満がエグザの天野華の僅かな情報を漏らしてしまい、彼女から睨まれる。そんな様子を見て、山河は正直な感想を言った。