Report05:シルクとリン1
22時30分、108組216名のデバイスが一斉にメールを受信した。その時、現場担当のエグザと管制担当のナビゲーターが一緒にいないで、ナビゲーター同士、エグザ同士でまとまっている様子が各所で見受けられた。体育館にいるグループ、食堂にいるグループ、宿舎となっている講義棟にいるグループ、ナビゲーター専用の部屋であるコンピューター室にいるグループなど散り散りになっていた。
「メールの内容って、スケジュール表だね。」
「ああ、このスケシュールでやるのか、ナビゲーターとエグザは同じなのか?」
「見せて、DY。うん、同じだね。とは言っても私たちナビゲーターは専用部屋にいるだけだよ。」
メール受信の時に矢田と寿は体育館で合流していた。そして受信した内容をお互いに確認。その内容は、土曜日の朝7時~10時まで個人によるサバイバル。11時~15時までキャリア別講義。16時~19時まで個人によるサバイバル。20時~終わるまでエグザ3人1組によるチーム別サバイバル。日曜日の朝6時~8時までキャリア別講義。9時~11時まで個人によるサバイバル。12時~13時まで帰宅準備。13時解散。各トレーニングの間に多少の休憩があるスケジュールである。
「寿先輩!」
「あー、彩ちゃんと・・・ヴァン君だよね?」
「はい、そうです。矢田さん、寿さんこの前はありがとうございました。」
「ヴァン、DYだ。」
「え?」
「俺のコードネームはDYだ。」
「大輔、任務中じゃないんだよー。別にいいじゃん。」
「真紀、それは違う。ここにいること自体が任務だから。」
『あ~っ』
矢田が最もなことを言っていたことに対して、他の3人は声を揃えて納得した。その後に小澤が気になっていたことを質問した。
「キャリア別講義はどんな話なんですか?」
「彩ちゃんが知りたいなら教えてあげる。こういう合同トレーニングを初めて受ける彩ちゃんたちは【色】と【最悪の事態】とかについて勉強するの。」
「DYさんたちは?」
「ヴァン、エグザに対しては、さんとか敬称はいらない。で、俺たちは【最悪の事態のおさらい】と【エヴォリューション】について勉強をする。キャリアは関係なく、同じことを毎回、勉強している。」
「2人とも、ちゃんと講義は聞いておいてね。」
『はい!』
22時50分。就寝時刻の10分前まで体育館で話をしていた4人は別れて、各々で翌日の準備をした。他のペアも同様に翌日の準備をしていたり、交流する機会がないからと雑談しているペアの集まりもあった。
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土曜日の朝7時。サバイバルが開始された。特殊なフィールドを兼沢大学の全体に展開し、その中で108名のエグザが動き回る。攻撃は当たっても痛みは無い空間なので、何度攻撃を受けたとしても安全である。サバイバルの内容は何回、有効な攻撃を当てられるかということだった。なお、攻撃を受けてしまった場合、10秒間はサバイバルから除外されるため、攻撃することが不可能になる。
「ヴァンさん、デバイスの調子はどうですか?」
「そうですね、予備というか、借り物ですから、まだ慣れないです。それと、すみません、俺が試し撃ちをしたせいでこんなことに。小澤さんに負担をかけてしまって。」
「それを言うなら私がちゃんと修復できていなかったからです。」
山河と小澤は万全の体制ではなかった。それはデバイスの大修復が終わり、サバイバル開始30分前、照準調整などのために試し撃ちを数発したらデバイスが故障してしまったためである。事情を副ブロック長の梅田に相談したら、訓練用のデバイスを貸してもらえた。小澤は朝5時に起きて最終調整をしていたので、彼女の睡眠時間は5時間ほどしかなかった。
「小澤さん、借り物のデバイスで切り札は使えないよね?」
「当然です!さすがに他のデバイスを弄るのは気がひけるので私はやりたくないです。」
「そうですよね・・・。朝のサバイバルの時間帯ですけど、小澤さんには修復だけに集中してほしいです。最初は俺だけで乗り切ります。」
「非常に心配です・・・」
「この時間帯で完全修復できると信じていますから、お願いします。」
山河は校舎の外を移動しながら小澤との通信を終えた。そして、小澤との専用回線を切った。それは彼の決意であり、思考を目の前のサバイバルに切り替えするための行動である。彼が借りている訓練用のデバイスは形状変化が可能なものである。普段、使用しているスイレンでは、モードは変更可能だが、銃の形状しか武装として展開できない。しかし、この訓練用デバイス【トライアル】は銃と片手剣の2つに形状変化可能である。その情報を頭の中でおさらいしながら彼はつぶやいた。
「トライアル、モードA展開。展開完了まであと3秒か、って!?」
モードAは片手剣。展開が完了する直前に襲いかかってきたエグザの斬撃が彼を襲う。それを見ていた他のエグザが動き出し、大混戦になる。
「おおおおおおっ」
「やああっ!」
「きゃあ!」
「ウラァッ!!!」
様々な声が飛び交う大混戦の中、山河は抜け出して逃げていた。片手剣で最低限の防御をしつつ、体制を整えるために休める場所を探していた。だが、そんな彼を追う人影もいくつかあった。無表情で走っていた彼だが、しばらくして呟きはじめていた。
「ナビゲーター無しはツライ。他はナビゲーターの補助を受けて狙撃や近接攻撃をしかけるけど、俺にはそれができない。それと、逃げ切ることは難しい。物陰や校舎内に入っても、ゴーグルのサーチでバレる。だから、攻撃をしないとダメだ。攻撃といってもこの銃にはビームモードが無いから、確実に当てる一発がない。うまく躱しての斬撃しかない。でも、躱されたらアウト。だまし討ちは何回も通用しない。どうするどうする?どうやって攻撃を当てるか。全然思いつかない。まず追われている状況をどうにかしたい。この状況をどうにかしないと考えが浮かばない気がする。」
山河が呟きつつ、体育館の横を走り抜けようとした瞬間、体育館からエグザたちが逃げ出していた。8時00分、サバイバル開始から1時間しか経過していない時刻だった。その光景を見た彼は走ることを忘れて、立ち止まっていた。
「あれには勝てっこない。」
「嫌だ!ズタズタにされる。ナビのサポートあっても無理だ。」
「イヤよ、あれは逃げるしかないでしょ。怒られてもいいわよ!」
「何であんなのがこんな場所にいるんだ!?」
逃げ出すエグザが通信をしていた声が山河に聞こえた。逃げ出すことだけで精一杯な彼らは目の前にいる山河を気にしなかった。まさに必死に逃げているという表現が似合う光景だった。そして、それは彼にとって良い状況になる。
「虎の威を借りるか。」
山河は呟いて、体育館の中へ入る。どんな状況なのか、どれほど強い男がいるのかなど不安を感じながら期待をしている。そんな自分の様子がよほど可笑しかったのか、彼は笑っている。だが、笑った表情は、体育館の中央にいる存在を見た瞬間に消えた。
「女?」
「ん?あれ~っ?」
(え?体育館にいるのって、1人だけなのか・・・)
「わっく~ん、嘘言わないでよ、もー。逃げたのみんなじゃないじゃん!1人いるじゃん。」
「ともちゃん、彼は今、人の流れに逆らって体育館に入って来たんだよ。」
「あっ、そうなの?せっかく、ゲームできると思ったのに残念。」
「いやいやいや、トレーニング中にゲームはヤメテ!」
「むーっ、いいじゃん。やったって。誰も来ないなら♪」
「彼は11月にデビューしたから、まだ2~3週間しかエグザとして任務をしていないよ。どうするの?」
「じゃあ、彼で遊ぼう!暇だしねー」
(通信が全部、聞こえているんだけど・・・)
ゴーグルに相手の情報が表示される。山河と対峙しているエグザはコードネームがシルク。デバイスは【リン】といい、二刀流の武装が展開できる。エグザとしては半年間、先輩になり、ランカー【ルミナス】だということも分かった。シルクとナビゲーターの通信が終わるまでに山河はこれらの情報を確認していた。
「ルミナス?誰だか知らないけど。」
「ん?キミ、何か言った~?」
「いえ、別に。」
「何か言ってたよね~?」
「・・・すぅーーーー。ふぅーーーー。すぅーー。ふぅー。」
「わっくん、目の前の子が深呼吸しているけど、頭は大丈夫なのかな?」
「初対面の人を弄らないでね!」
(どこまで俺が通用するかしらないけど、やってやる!)
深呼吸を終えて、無表情になった山河は罍に向けて駆け出した。トライアルは片手剣の形状にしていた。罍は握りしめていた二刀を構えて待機していた。走りこんでいく山河をギリギリまで引き付けてから、斬り刻もうと考えている。
(構えているけど、居合?・・・、いや、チャージかっ!?)
「それっ!」
(!!ヤバい)
罍が刀を振った瞬間、糸のように細い光が見えた。光の後には大きな衝撃派が体育館を襲った。山河は直撃を避けたが、余波でダメージを受けた。彼の見切りが無ければ致命傷を回避できなかった。
「ともちゃん、もうちょっと威力抑えてね。ここ体育館だからね。借りている場所だからね。」
「わっくん、うるさいよ~。」
「えっ、間違ったこと言ったかな?」
「間違っていないけど、別にいいじゃん。それに。」
「それに?」
「・・・アイツ、曲者だと思う。」
「何で?」
「勘!」
「勘って。まぁ、相手のヴァンは普段、銃の武装しか使っていないはず。なのに、何故、剣を使っているのかが謎。だから、変わり者ではあると思う。」
「ちょっと楽しくなりそう♪」
罍と和久井が通信している間、山河は罍から距離をとっていたが、逃げはしなかった。しかし、最初に受けた一撃の印象が強く印象に残っていて、踏み込むことにためらいがでていた。そして、無意識に呟く。
「銃だと速攻性と遠距離からの攻撃で優位に立てる。けど、あの斬撃。接近戦で剣を叩き込むのもいいけど、慣れていないし、二刀流相手に一本の剣は手数で負ける。パワー勝負に持ち込むのには不確定要素がありすぎる。この銃がもし、威力と速度の撃ち分けすることが出来るのなら話は別なんだけど、今はそれを調べる余裕が無い。さて、どうしよう。」
8時10分、体育館の中にある異質さを感じてから約10分。トレーニングメニューだからこそ怪我はしないが、実際の任務なら、間違いなく怪我をするほどの斬撃を目の当たりしている山河。
「ねぇ~、撃っていいんだよ~。そうしたら、全部、【リン】でかき消してあげるから~。」
(・・・、声がデカイ。)
「ね~ってば、聞いてるの?わっくん、どう思う?」
「ヴァンからしたら、ともちゃんは相手にしたくないほど実力差があると感じたんじゃない?半年と3週間程度、こっちはランカーで相手はランカーではない。あの剣は隠し玉なのかな?だとしたら、ともちゃんが圧勝すると思う。」
「!!もー、何!?」
2人が通信している隙を狙って、別のエグザが狙撃をした。だが、狙撃の構えをする直前に気がついていた罍は放たれた弾丸を一閃。斬撃に怒りの感情を込めていた。
「ひっ。斬撃で打ち消された。」
「ちょっと機嫌悪いんだけどー。アレやっていい?」
「ダメです。」
「やるからね!」
「勘弁してください。耐えて下さい。」
「わ・く・い・さ・ん?」
「はい、好きにしてください。こちらから相手のナビゲーターには後で事情を説明します。」
「よーし、チャーーーーージ!」
体育館内の倉庫に隠れていた山河は扉の隙間から、その瞬間を見た。チャージの掛け声とともに、罍のデバイスが光りだした。ただ、光るわけでは無い。ゴーグルを通して、彼女のデバイスを見ると画面の色がシルバーホワイトに変わっている。2つの刀はデバイスと同じシルバーホワイトの色の光をまとい、輝いていた。
「ストライク・フェイバリット!」
彼女がその言葉を発し、刀を振るった直後、体育館に焦げた痕が残り、狙撃したエグザのデバイスは機能停止していた。