Report02:佐々木地区での初陣2/わずかな日常
18時50分、佐々木高校校庭。ほんの少し前まで止んでいた雨がまた、少しずつ降りはじめた。現実化舞台は雨を弾くわけではない。校庭の地面は雨によりぐちゃぐちゃになっていて、革靴の山河にとっては走りにくさが増していた。
「雨がまた。降りはじめた。動きづらいし。足が滑るし。倒れないし。」
触手を避けながら、1人呟く。1回の攻撃を回避する度に1つ。また、1つ言葉が出る。勝ちの目が見えない状況で焦っているため、目の前で起きている出来事を言葉にすることしか今の彼にはできなかった。
「耐えて下さい。もう少しで応援が到着します。」
「あと何分でですか?もう50分ですよ!!」
「すみません、でも、あと少しですから・・・。」
わずかな会話。焦り、必死に戦っている山河を彼女は心配をしていた。ただ、死なないでと彼の無事を願っていた。一方で、山河は毬藻の攻撃を避けながら、ビームモードの銃で攻撃をしていく。当たるがダメージにはつながらない攻撃。焦りは苛立ちに変わっていた。
「シャアーーーーー」
「痛っ!やべぇ。」
「シュッ!!」
「っ!!」
現実化舞台にいる情報体はフィールド内にいるモノや人に対して影響を与えることができる。肉体的ダメージだけではない、力が強い情報体は精神的ダメージを与えることもできる。だから、避けていたのだが、ついに毬藻の攻撃が彼にあたった。
「大丈夫ですか!?」
「左腕に直撃してますよ、痛すぎですよ。」
「攻撃はもういいですから、回避に集中してください。」
「回避するのは、もうキツイんですけど!」
「応援が来るまでの辛抱ですから、頑張ってください。」
(「頑張る」か・・・)
ただの会話だった。しかし、彼は会話の中で冷静になった。ただ、その冷静さは落ち着いたというよりも、静かな怒りに近かった。その静かな変化に小澤は気づかずにナビを続けている。顔には出さない【静かな怒り】は彼の行動を変化させ、彼女を驚かせた。
「えっ?」
山河は毬藻に向かって走り出した。回避しながら毬藻との距離10m程まで近づいた。銃の形はバレットモードに変わっていて、銃口には光が集まっていて、力がチャージされていた。そして、確実に当てるために、彼は立ち止まり撃つ。
「ウラァッ!」
「ギャァアア!!」
放たれた弾は毬藻の3分の1の部分を消し飛ばした。毬藻から出る音はまるで痛みを叫ぶような声に似ていた。たが、消えていない。3分の2は生きていて、すぐに失った3分の1を再生しはじめた。
「クソッ、めんどくせぇ!」
「あっ、それ以上近づくのは危険です!」
完全再生する前に仕留めようと山河は毬藻との距離をさらに縮めるために走る。それが経験の浅い者にとってどれだけ危険なことなのか、彼自身知っている。だが、毬藻に近づくことをやめなかった。ナビゲーターの立場から見ても危険な行動であると判断できたので、小澤は彼に警告する。
「シャッ、シャァァアアア!!」
「チッ」
「きゃああああ」
毬藻から触手が5本伸び、山河へ迫る。その危機的状況を見た小澤が悲鳴をあげた。その瞬間、毬藻が消えていた。
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18時50分、矢田が乗るバイクは佐々木高校まで残り2分の所を走っていた。ナビゲーター寿が現場の情報は常に連絡していたため、彼は状況を理解していた。どうすればいいかのプランもすでに彼の頭の中で出来上がっていた。
「DY、ルーキー君が攻撃受けた。左腕。ダメージ大きいかも。」
「了解。到着次第、合流してその毬藻を潰す。」
「OK!あとは・・・って急いで、彼、無茶なことしているから!」
矢田は冷静に状況を把握していた。彼とペアを組んでいる寿は必死になることが滅多にない。寿が必死に喋っていた様子から判断すると現場の状態は悪くなっていると判断した。
「18時52分、DY、現場到着した。今から校庭に」
「危ない!!大輔!!」
「わかっている。現実化してあるから、すぐ仕留める。」
バイクから降りた矢田が校門を抜けた直後、5本の触手がルーキーへと迫っていた。矢田は冷静に毬藻を見つめつつ、腕を上げてから、全力で振り下ろした。そして、ルーキーの目の前にいた毬藻を叩き潰し、デリートしていた。
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山河の目の前にいた毬藻はデリートされていた。彼はデリート後も気を休めなかった。なぜ、消えたのかがわからないからだ。そして、小澤からの通信が入ると同時に応援メンバーが到着したことに気がついた。
「ごめんね~、彩ちゃん。間に合ったみたいだね~。」
「寿せんぱ~い!ありがとうございます~。」
「おー、声が震えているね~。大丈夫だった?」
「大丈夫じゃないです~。」
「真紀、こちらの後片付けは終わった。帰っていいのか。」
ナビゲーターの小澤と寿が知り合いだったためか、色々と話をしている間に矢田は情報体のデータを収集していた。デバイスに収集したデータはサーバーに送信されて、研究のために活用される。危機的状況から助けられた山河はデータの収集をしている矢田のことを睨み付けていた。
「DY、帰って大丈夫だよ!」
「了解。雨が降っているから早く帰りたいんだ。」
「そういえば自己紹介していないよね?私は寿真紀。そこにいるDYのナビゲーターをしています。」
「あのっ、わ、私は小澤彩と言います。寿先輩とは学校が一緒だったので、お互いのことを知っていたんです。」
「俺のコードネームはDY、本名は矢田大輔。到着予定が遅れてすまなかった。」
「ええと、山河です。助けて頂きありがとうございました。」
「まぁ、現場の2人は早く帰って体を温めて。彩ちゃんは私と一緒に報告書作成しよう!」
19時00分、山河は現実化舞台を解除した。それを見届けた後に矢田はバイクに乗って帰った。ナビゲーターと通信を終了した山河はゴーグルを外し、校門へと向かう。校門から出ようとして、ふと、初任務の現場の跡地を見た。
「・・・、行くか」
安堵と怒りと不甲斐なさと色々なものが彼の中にあったが、考えることを全て止めて歩き出した。汚れたスーツのことを思い出したのは、佐々木駅に着いてからだった。山河が駅に着いた後、雨はさらに強く降り、辺りの空気を冷やしていた。
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翌日、朝の出勤時、仲村渠は山河の姿を佐々木港のバス停で見かけた。佐々木地区観光協会へ行く時にはバスを使うのだが、最寄りが佐々木港のバス停である。
「山河さん、おはようございます。」
「おはようございます。」
「朝早いですね、眠そうですけど大丈夫ですか?」
「まぁ、眠いですねー」
彼は気分が悪かった。昨日の初陣の疲れが残っていること、寝起きが悪かったこと、1人の時間が欲しかったのに邪魔をされたこと。不機嫌さが顔に出ていたと彼は思っていたが、実際は彼の眠気が勝り、不機嫌なことによる苛立ちは表情に出なかった。
協会の事務所に到着した山河は荷物を置いてからトイレに行き、顔を洗った。眠気をとるというよりも、昨日の出来事を仕事中に思い出さないようにするためだった。11月の寒さが水道水の冷たさをさらに強くしていた。気分を変えた彼は事務所へ戻り、仕事を始める。
「はい、佐々木地区観光協会でございます。」
「着ぐるみの貸し出しを申請したいのですが」
「かしこまりました、少々お待ち下さい。」
「岬さん、着ぐるみの貸し出しなんですけど」
「ああ、この前教えた通りだから、やっておいて。私、今は手が空いていないんだ。」
「わかりました。」
山河は岬に確認をとろうとしたが、任されてしまったので、教わった通りに着ぐるみ貸し出しの対応をした。ゆるキャラ【ぶりタイがー】のライセンス管理をしているのは、佐々木地区観光協会の仕事の1つである。彼は電話をしつつ書類を準備して、電話を切る。そして、貸し出し希望の問い合わせ者にメールで送信をした。
「山河さん、電話です。」
「わかりました!」
着ぐるみ関係の問い合わせが何故か、今日に限って午前中に3件もあった。下山や岬の話を聞く限りでは、着ぐるみの問い合わせが多いのは滅多にないことらしい。そして、午後は【ぶりタイがー】のイラスト使用についての問い合わせも含め、4件。合計7件の電話があった。
(喋りたくない日に限って、何で電話がこんなに鳴るんだ。)
事務所にいた山河は心の中で呟きつつも、ハキハキと電話応対をしていた。
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帰りのバスの中、周りに知り合いがいない状況で、山河はデバイスに表示されていた2つのデータを見た。1つは小澤が提出した昨日の任務の結果報告。これに関しては任務を担当したのが彼自身なので、必ず確認しなければいけないものである。
(総合評価【Dマイナス】って・・・、過大評価かよ。ムカつくな。)
彼は結果報告をサッと見た。最低評価は【Eマイナス】で、初陣の評価の多くはEであることが多い。
ただ、どんな評価が出ていたとしても、関係ない。実際に戦って感じたことが全て。それらを踏まえた彼の自己評価は最悪だった。だから、そう考えている彼にとってはどのような評価も同じに見えた。その報告よりも山河は2つ目のデータの内容が気になった。
「【KNGメンバーの合同トレーニング】って」
思わず、声にしてしまったその件名。彼は佐々木駅のロータリーに着くその時まで、1人でそのデータに記載されていた内容を何度も読み返していた。