〜そして悪夢は終わりを告げる〜
「――――素晴らしい」
感嘆の声が聞こえるが、私には膜がかかったように、遠くから呼び掛けられているように感じられる。たかが数m四方の部屋の中にいるというのに。
ふと、私の目の前を何かが横切った。これは……蝶?
「くはははははははっ! 遂に! 遂にやったぞ! 私は遂に篭之壊の力を手に入れたのだ!!」
狂ったようにその声は叫ぶが、私は違う、と思う。
これは、違う。
これは、またすぐに消えてしまう、幻。
本当の、本当の力は――
「な、何だ! なぜ消えていくのだ! 私は成功したのではないのか!?」
ほら違った――――今だ。
揺らぐ視界の中で、それは、姿を現わした。
「なっ! なぜ今ここに空間の隙間が出来るのだ!? しかもこのサイズは、記載されていた暴走時と同じ規模ではないか――」
やっぱり、現われたんだ。思った通りだ。
「――お前何をした! なぜ篭之壊のコピーのはずが、この力が現われるんだ!!」
「……なぜ、失敗したと気付かないんです? 貴方の実験は、失敗したんですよ」
隣で怒鳴ってきた男に、事実を伝えてあげた。
男は、信じられないと言った顔で立ち尽くしている。
「どいて下さい。ここにいると、隙間に吸い込まれますよ」
散らばっていた書類や本が隙間に吸い込まれていってる。
自力で止どまれる今のうちに、近付かないと。
「何、という事だ……失敗だと? 有り得ん…………私がこの瞬間の為に、どれだけの労力と、金を、費やしてきたんだと思っている――お前のせいだ。聞いてるのかおい!!」
寝転んでいる女に何度も蹴りを食らわせている。
けど私は、そんな事に構っている余裕なんて、ない。
「役立たずが! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!!」
「……ラーナ、様」
「くっ! 離せ! ……待て、何をするつもりだ?」
後ろから男の声が聞こえる。その声には、明らかに恐怖が伴っていた。
「一緒に、一緒に2人だけの、世界に参りましょう? そこで、どうか私と、幸せに……」
「やめろ……離せ、離せ! しがみつくな!? やめっ――」
私の横を、何か大きなモノが通り過ぎた。その時通り過ぎたモノの一つと目が合った。
そのモノの顔は、とても幸せそうに笑っていた。
(良かったね……)
心からそう言うと、それらは隙間の中に吸い込まれ、消えてしまった。
そして、私は再び歩を進める。
あと少し、あと少しで手が届く。
やっと――やっと、追い続けた『彼』に、手が届く。
そして、私は見た。
吹き荒れる風の中、目の前の隙間から、手が差し出されているのを。
見間違える訳ない、その腕は――
「――あぁ」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにさせながら、私は腕をーーーー
エピローグ・〜あの日からの日々〜
「おっはようぉ~」
「あっ、鯉瀧ちゃんおはよう~」
いつもの通学路を、私は歩いていた。
見知った顔の友人らと挨拶を交わし、院へと歩みを進める。
途中、持っていた携帯電話が鳴った。出てみるとお母さんからだった。
私が誘拐された時から、私が目の届かない場所にいる時は何時間かに1回必ず電話をしてくる。
心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっとやりすぎだと思う。
――そう。私は、少し前に誘拐されたのだ。
理由は、世間には公表されていないが、私は知っている。
世間だとWPFに勤める男に拉致され、倉庫の中に閉じ込められた事になっている。強姦目的だったのではと、何処かのニュースで言っていた。
WPFの不祥事だと一時世間を騒がせたが、急速にそれらは静まり、今じゃ殆どの人が忘れていると思う。
友達に話したら『WPFが権力を使って握りつぶしたのよ』との事。
そうだろうなとも自分でも思った。
そして、その時助けてもらったのが喫茶クローバーの店主で、大事な親友を通じて仲良くなってたナナエさん。
ナナエさんが助けてくれた、そんな時だけ神様に感謝したりした。
今度、お店に遊びに行こうと思っている。
最近よく来ているっぽいシルクハットを被ったおじいさんとお孫さんの女の子とも、また色々お話したいし。
お母さんから教わったクッキーを持って、週末にでも行く予定だ。
と、目の前に知り合いの姿を見つけ、私は小走りでその子に近付いてゆく。
ツインテールを揺らしながら歩くその姿は、いつ見ても胸にくるものがある。
「おっはよぉ~!」
「おはようございます」
私が挨拶をすると、その子も笑って挨拶してくれた。何か、凄い嬉しい。
「いつ見てもそのツインテールは可愛さMAXだよねぇ」
そう言って頭を撫でると、なすがままに触らせてくれる。
「――ふふ」
すると何かに気付いたようにその子が声を上げ、小さく笑う。
「何? どうかした?」
「……ほっぺにご飯粒付いていますよ」
「えっ、嘘!?」
私は慌てて口元を拭う。拭った袖口には、見事なご飯粒がくっついていた。
「うぅ~恥ずかしいなぁ」
私が顔を赤くしながらそう言うと、その子が微笑んで言ってくれる。
「でも、鯉瀧さんらしいですね」
その微笑みに更に顔が熱くなったので、私は慌てて顔を伏せる。
「? どうしたんです?」
可愛らしく小さく小首を傾げる仕草も、今まで見せた事のないものだった。
彼女をこんなにも明るく変えたのは、多分――
「あっ!!」
途端に嬉しそうな声を上げ彼女が後方に大きく手を振りだした。
手を振られている相手は、お弁当箱みたいなのを持って、こちらに歩み寄ってくる。
けど、彼女は待ちきれないのか、その人に向けて走り出した。
そして、人目はばからずタックルのように抱きつく。
――私はそれを見て、本当に良かったと、思う。
あんなに笑えるようになれた事に、探し続けた人に会えた事に、素直に良かったねって、言ってあげたい。
2人は手を繋いで、こっちに歩いてくる。
首に、お揃いの十字架型のネックレスを付けて。
私も、走り出す。
2人だけズルい、私も手を繋がせてもらうのだ。
月と太陽があの二人なら、私は星になって、ずっと一緒にいたいのだ。
そうやって私は、いつもの通学路を、でも今までとちょっと違う通学路を、一生懸命駆けてゆく――――
終。
一体何年前の作品でしょうか、、、拙い部分が目立ちますが、今よりストレートにキャラの感情を表現できていたような気がします。
エピローグは散々悩んでハッピーエンドにした記憶があります。やはり笑顔はすばらしい。