始まり
「梅干しか。シャケの方が好みだな」
地蔵に備えられたおにぎりを、小柄な少年が頬張る。
「グルルル……」
残りのおにぎりを奪おうと、茂みから狼の唸り声。
「誰がやるか」
茂みの方に皿を投げつけると
「ギャン」
気弱な若い狼は逃げ出して行った。
古びた社に戻り、支度を整える。
「さて、そろそろ学校行くか」
山道を降りて行くと、村の診療所の裏へと出る。
今日は朝から珍しく、黒の高級車が止まっていた。
「別に、先生のことは疑ってはいませんよ」
失礼します、と黒髪の眼鏡の青年は高級車の後部座席に乗って立ち去る。
「ご苦労様です」
白衣を着た長身の男は、頭を下げて見送る。
「げっ、あれ導士だろ」
朝から嫌なな奴見た、と顔を顰める少年に
「神田晋也君だ。生徒会長の名前ぐらい、覚えた方がいい」
大神診療所の院長、大神総司は、ため息をついた。
「先生、ここもそろそろヤバイだろ。年寄りはともかく、若い患者はユグドラシル・インダストリーの方に取られてるって話だろ」
「余計な世話だ。それと、瑠架。今朝、うちの狼に向かって皿を投げたそうだな」
さっき泣きついてきた、と総司は眉間に皺をよせる。
「人の食料横取りしようとするなんて、躾がなってないと思うぜ」
オレは悪くない、と瑠架は鼻を鳴らす。
「はぁ……お前、今日は学校には行くな」
「なんだよ急に……導士が来てたことと関係あるわけ? いつもは、学校行けってうるさいくせに」
苛立たしげな瑠架に
「昨夜、巡回中の警官が襲われた。首には牙の痕があったそうだ」
まるで吸血鬼に襲われたような、と続けた総司。
瑠架は総司を睨むと
「ひょっとして、オレが犯人かもって話?」
大昔、ここ神楽の地には人間を襲う鬼が住み着いていた。
困った村人は、導士に鬼を払うように頼んだ。
導士は、四狼神を従えて鬼を払った。
それ以来、こういった厄介な事件を解決する仕事は導士が担っている。
四狼神の一人である水狼神は、鬼の娘に惚れ込み、意図せずに鬼の血を神楽に残すことになってしまった。
その血に連なる人間は、厄介な事件を引き起こすと警戒されている。
「馬鹿馬鹿しい。このまま学校休んだら、犯人だって言ってるようなものだ。こうなったら、オレの手で犯人捕まえて、あの導士の前に突き出してやる」
意気込む瑠架の後ろ姿を見据え
「……早紀ちゃんに、連絡しておくか」
親切で言ってやったのに、と総司は頭を掻いた。




