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キミと見た世界  作者: 岩永幸
第一章
9/12

9.新たな生活

♪~♪~


いつものように、携帯の目覚ましが鳴る。


「──ん~。」


手を伸ばし携帯を捕まえ、アラーム解除の操作を指ですると音が止まり、それからゆっくりと目を開けると何も変わらない自分の部屋の天井がぼんやりと映る。

カーテンを開けて空を見上げてみると、今にも雨が降りそうなくらいにどんよりとした雲が広がっていた。


「ふあ~……。」


欠伸をしながらぼさぼさになった髪を掻きつつ扉を開け、リビングへと向かうと香ばしい食パンの臭いが鼻を刺激する。


「おはよう樹。……あら、珍しいわねアンタが既に着替えてるなんて。今日日直なの?」

「ん~?」


何を言ってるんだかと寝惚けた脳みそは母の言う事を受け止められぬまま、椅子を引き腰を掛ける。

こんがりと焼けた食パンの上に目玉焼きを乗せて、零れない様に醤油を掛ける。うちではよくある朝食だ。

食パンを齧っていると次第に意識もはっきりとしてきて、テレビを見ると昨夜起こった事件等のニュースが流れている。


「あ、そうそう樹聞いた?あの~、あらなんだったかな……今有名なアイドルグループがあるじゃない。ネコグルメだったかしら?」

「チームネコルメだよ。」

「そうそうネコルメ!あのグループの一人が亡くなったらしいわよ。」

「は!?うっそまじで!?」


母の一言で完全に目覚めた。

チームネコルメといえば、ここ数年でメディアに取り上げられるようになり、今となっては国民的女性アイドルグループだ。全員猫耳を付けて少々露出度高めのセクシーキャットをイメージしているというコンセプトで結成させている四人グループで、白、赤、黄色、青がそれぞれの担当カラーを持っている。四人それぞれに個性があり、歌と踊りが激しいのが特徴で世の男を魅了している。俺も魅了された一人だ。

俺以上にシリの方が随分と沼に嵌って抜け出せない状態になっており、握手会にも抽選が当たれば学校をさぼってまで行く。俺は一度だけライヴにシリと行った事があったが……そうだ、俺がネコルメにハマったのもライヴの影響がそもそもの原因だった。

とにかく可愛いし、綺麗だし、セクシーだ。

踊りもそこそこ上手いし、歌は少々外し気味だが歌って踊れるアイドルという意味では何も問題はない。

そんな国民的アイドルの、しかも俺たちとさほど変わらない年齢だった筈の一人が亡くなっただなんてとんでもないニュースだ。


「あ、ほらニュースでやってる。」


母が指を差し、勢いよくテレビに顔を向けるとキャスターが淡々とニュースを読み上げる。


『昨日午後11時頃、アイドルグループチームネコルメの白担当であるミャーコ事、山口桜さん17歳が事務所近辺の路地で遺体で発見されました。身体中に刺し傷があることから何者かによる殺人事件と見て警察が調べています。同じグループに所属している他のメンバーもそれぞれ刺された後があり重傷ですが、命に別状はありません。警察は事務所と話をして、犯人を捜索していく予定です。続いてのニュースは──』


「ファンの人からの逆恨みじゃないかって言われてるのよねぇ。」

「逆恨み?」

「そうそう、昨日の朝刊でミャーコちゃんが若手イケメン俳優と熱愛発覚って記事が出ちゃって。…その日の夜にこれだからねぇ。」


母の言葉を聞いて脱力した。

そんな朝刊が出ていたことも知らなかったし、殺されていたことも知らなかった。

白担当のミャーコは白にピッタリの清純派で、真っ白な衣装に身を包みながらも小さくぴょんぴょんと跳ねるように踊っていたマスコットキャラのような存在だった。真っ黒な髪にポニーテールがトレードマークのミャーコ。ファンの中では天使と呼ばれていた彼女が熱愛発覚……そして、死。胸が痛い。一気にパンを食べる気が失せた。


「ねえ博君が確か、この子のこと大好きじゃなかった?」


母の一言ではっとなった。そう、だ…シリはミャアという赤担当のリーダーの次にミャーコを愛していた。

だが、昨日のシリはミャーコについて何も言ってこなかった。アイツに限ってミャーコの死を知っておきながらあの明るさで平常通りに接してくることなんて出来るわけもないだろうし、何よりカラ元気だったにしても俺に言ってこないわけがない。


「シリのやつまさかニュース見てないのかな……昨日会った時は何も言ってなかったんだよ。」

「博君はニュースよりもゲームの方が好きだものね。」


母の本人は悪気は無いであろう台詞は時折人を突き刺す。

だが、母の言う通りだ。ニュースなんて見るような奴じゃないし、万が一にもニュースを見始めれば寝そうな男だ。


「ゲームしてて知らなかったってシリなら有りえるな。知ったら学校休みそうだし。」

「部屋の中一面にポスター張って妹に一掃された時も随分と落ち込んでいたものね。」


そう。シリはネコルメがとにかく大好きで、ミャアへの愛情は心配してしまう程だ。

その心配をする行動の一つで、妹と共有の部屋に横から天井、扉のあらゆる面にミャアを筆頭にネコルメのポスターを張りその異様な部屋を俺へと写真で送り付けてきた。

シリの妹もまた若手男性アイドルユニットを好んでいるから、アイドルを好む者としての共感はあったし、兄妹の仲も普通だったがこの日を境に披裂が入った。


「そりゃ部屋があんなことになったら俺でも嫌がるわ。勝手に破り捨てたのはやり過ぎだったかもしれないけど。」

「樹も同じことするのかしらって、お母さんそっちの心配してたわ。うふふ。」

「しねーよそんなこと。」


ネコルメは好きだ。だが、グッズとかポスターとか、そういうのが欲しいと思ったことはない。

貰った人形や置物を飾る事はあっても、アニメや芸能人といった類のグッズに関する関心は極めて薄い。そういったことへの物欲は昔から無かったし、これについては俺だけじゃなく姉、そして母もだ。遺伝なんだろう。


「はぁ……ミャーコ殺されたのか。他のメンバーも襲われてんだろ?解散とかになるのかな。」

「どうかしら。でも、お友達が目の前で殺された上に自分も襲われた精神的ショックは大きいでしょうね。お母さんなら外に出られなくなっちゃう。」

「……俺もそうなるだろうな。」


とっくに他のニュースを告げている番組をただ見つめたまま言った。

こんなことならこの間誘われた時のライヴに行けばよかった。ただなんとなく行きたくなくて断ったあの時の俺、バカやろうめ。


すっかりと食欲を失った俺の前に母が腰を掛け、食パンを頬張る。

母が真っ直ぐこっちを見ている目線がひしひしと伝わってくるので顔を上げたら、薄く微笑んだ。


「珍しく着替え済んでるんだから、学校休むとか言わないでね。」

「え?着替え?」


母に言われて自分を見下ろすと、制服を着ていた。

そういえばさっきも何か言ってた気がするけど頭が回っていなかった。改めて言われて、少々皺になっている制服を見て着替えたか思い出すが……着替えた記憶はない。


「あれ?俺いつの間に着替えたんだ。」

「やだ、もしかして寝惚けて着替えたの?それとも昨日制服のまま寝てたとか?」

「制服の……まま?」


昨日俺はいつ寝たのかと思い返してみた。


「……。……母さん、いつ帰ってきた?」


思い出せない方が良いのだが、はっきりと記憶に残っている夢の話。


「うーん、確か日付を超えてたわ。今日も妹の家に行ってくるから、帰りは何時になるかわからないけど……晩御飯までには戻ってくるようにするわね。」

「なぁ、俺ってさ……母さんが帰ってきた時寝てた?」

「部屋真っ暗だったし、声掛けても返事が無かったから寝てたんじゃないかしら?」


夢をリンクしている?いやまさか。

本当の俺は昨日どこで何をしていたんだ?どっからどこまで夢だったんだ?シリと別れてからか?それとも別れる前からか?

昨日の記憶を思い返しても夢の中の記憶しか出てこない。俺は何をしていたんだ?


「樹?どうかしたの?」

「いや、別に。」


不思議そうな顔をしている母に変に心配を掛けまいと、食パンを口の中に押し込んだ。

その後母は葬儀のことや、香典がどうだのお返しをどうするだのの話し合いで大変だっただのと色々と話し、それにうんうんと大人の事情はよく分からないが相槌を打った。ご飯を食べ終わり、食器を片付けて歯を磨きに洗面台へと向かうとボサボサの髪に制服を着た自分の姿が映る。ジッと鏡を見ていると、背後に大きな黒い鱗の塊が通過──したように見えた。

ハッと振り返ってみるが、何もいない。再び鏡を見ても、何もいない。気のせいだ、気のせい。アイツは夢だった筈だ。

気を取り直して歯磨きをしていると、歯ブラシを持つ手が一瞬光った──ように見えた。手の甲を見るとクローバーの一部が見えたような気がしたが、手は光っていない。

あれは夢だ。夢だったんだ。現実じゃない。ちょっとリアル過ぎてまだ夢見心地なだけだ。

そう言い聞かせて歯磨きを終え、部屋へと戻ると鞄が無い事に気付いた。


「あれ?」


そういえば、路地で倒れてそのまま鞄を置いてきたままになっているんじゃないか?赤山さんなら拾ってくれていそうなものだが、そのまま天界に行ってこっちに返されたわけだし──って待て待てだから夢だろって。

ベッドや机の周りを探していると、突然背後から重たい荷物が落とされたような音が聞こえ身体が跳ね上がった。振り返ると、扉の近くに不自然に倒れている鞄。


まさか、いや、まさかだろ?


鞄を拾ったその時だった。


『あの女魔界の奴らに殺されたぞ。』

「うわあああああ!!」


目の前に化け物──いや、夢の中で会ったシロスが目の前に現れた。


「樹ー?どうしたのー?」


遠くから聞えてくる母の声に、シロスにクツクツとした笑い声が重なる。

俺は、腰を抜かして床に尻をつけている。


『どうした樹。まだ夢の世界だと思っているのか?』

「お、おお、お前……!なんでいるんだよ。」

『守護龍が傍に居て何が悪いのだ。』


夢?夢か?俺はまだ夢を見ているのか?

夢の中で見たシロスが身体を壁に貫通させて大きな顔を俺へと向けて牙をむき出しにして笑っている。

ばくばくと心臓が音を立て、はっきりと映るシロスを見上げていると、胴体をすり抜けて部屋の扉が開き母が顔を覗かせた。


「樹?どうしたの?」

「うわあああ!あの、あのこ、れは…こいつはその、変なのじゃなくて……!」


しまった母に見られてしまった!

どう説明すべきか、気を失ってしまうんじゃないか。咄嗟の言い訳すらも出せずどもる俺に母は言った。


「何言ってるの?」

「へ?」


母は今、シロスの首から顔だけ出ている状態になっている。

鋭く大きな瞳が目の前にあるのも関わらず、母はきょとんとした顔で俺が指を差した方を見て首を傾けた。


「なぁに?ゴキブリでもいたの?」


部屋の中のドアを見て確認をする間に、シロスはすうっとわざとらしく母の身体を通り床に顔をつけて俺を見上げた。


『普通の奴に俺たちの姿は見えない。』

「そうなの?」

「いないじゃないゴキブリ。」


シロスを見ていた俺の顔は母が振り向くタイミングで母と向かい合わせ、俺だけを見て首を傾ける。

本当に見えてないのか?見えていないフリをしているのか……?そんな筈はない。こんなおっかない顔した生き物を見て見ぬふりなんて母に出来るわけがない。ということは、シロスの言う通り本当に見えていないのか?というか、これは夢か?現実なのか?


「か、…母さん…俺まだ夢見てんのかな?」

「何言ってるの?ほら、もう出る時間よ。ゴキブリは後からお母さんが見つけて退治しておくから早く学校に行きなさい。」


やれやれ、と言わぬばかりの顔で扉を閉めた母。取り残された俺と……黒龍。

ゆっくり首を横へ向けると、矢張りシロスはいる。存在している。


『”学校”とやらか、楽しみだな。お前がいつも行って騒いでいるところだろう?早く立て、学校を見てみたい。』


鼻先でつんつんと鞄を足元へと寄せるシロス。

矢張り──これは、現実なのか?


「現実なの?」


いや、本当は薄々気づいていた。夢なんかじゃないって心のどこかでは気付いていた筈だ。

それを信じたくなくて夢だと思わせていた。手を伸ばしてシロスの頭を撫でると、母を通り抜けたシロスに、俺は触れた。


『目が覚めても俺が見えたら信じるんだろう?』


挑発染みた口調ながらにも瞼を細めるシロスに、撫でる手の甲が光りはっきりと浮かび上がるクローバーの一部。


「赤山さんも、アキラも、リリーさんも、ナークも、天界も部隊も全部夢じゃないんだな?」

『そうだ夢じゃない。いい加減現実を見ろ。』


信じたくないというのが本音だ。だが、皆何度も夢じゃないと言っていたし、夢だという俺を笑っていた。

分かるよ、気付いてたよ……夢じゃないって。俺は天界と関わりと持ったんだって。守護龍が見えているんだって心のどころかでは分かっていたんだ。

目を瞑って深呼吸をしてみた。大きく吸って、吐いて。そして目を開いて鞄を手に取ると立ち上がった。


「お前は本当にいるんだな。」

『そうだ。』

「ばあちゃんと曾ばあちゃんがお前を目覚めさせてくれたんだな。」

『ああ。』

「お前は前世の俺を守れなかったから、あの時と一番近い魂を持っている俺を今世で守りたいんだな。」

『その通りだ。』

「俺は守備部隊に入ったんだな。」

『俺は不満だ。』

「リリーさんという教育係と、アキラというチームを組んだ人達がいるんだよな。」

『二人ともすぐに会える。』


現実だ。あれは全部現実だ。


「はぁ……分かったよ、受け入れる。全部現実だったんだな。」

『薄々分かっておったくせにな。』

「うるせー。」


投げやりに物事を決めた方が多かったが、現実であり、自分が決めたことだ。受け入れるしかない。

顔の高さまで上がってきたシロスを小突くと、フンと鼻を鳴らした。


「いーつーきー?はやくいきなさーい!」

「分かってるもう出るよ!」


母の大きな声に返事をし、鞄の中を確認していらない教材を床へと落として部屋の扉を開いた。

すぐ隣を泳ぐ様についてくるシロスに、いってらっしゃいの声を上げる母。廊下を歩いていると、シロスが声を掛けてきた。


『お前がこれから人間界で浮かないように忠告をしておいてやる。俺は今お前の頭に話しかけている。お前も口に出さなくても頭で俺に語り掛けるだけでお前の声はそのまま俺に届く。』

「テレパシーみたいなもんか?」

「え?何か言った?」

「い、いやなんでも!」


母がリビングから顔を出した。首を横へと振ると「変なの。」と言いながらもリビングへと引っ込んでいき、代わりにシロスが面白そうに俺を見る。

頭で、というと声に出さなくても相手に話すように言えばいいわけで……。


(これも聞こえてるってことか?)

『ああそうだ、その声も俺には届く。相手もいないのに一人でぶつぶつ話すような人間は痛々しいだろう。人間界では俺と会話する時は口を閉じておけ。』

(有り難いよ。……しかし、言われてみればお前の声、天界に居た時より少しぼやけて聞こえるな。)

『お互い様だ。実際の声ではないのだから。』

(シロスもテレパシーを使ってるってことか?)

『そういうことだな。』

(ふうん。)


玄関で靴を履き、母へ改めていってきますの挨拶をして扉を開こうとすると、シロスが『おい。』ぐんと俺に顔を近づけてきた。


(なんだよ。)

『いいか、今までの生活が送れると思うな。四種のマークがついている以上お前は魔界の連中からしてみれば目標だ。とっととアキラと合流して身を守る術を学べ。』


思い返すナークの台詞。骨が残れば良い方だと言っていた。


生唾を呑み、ドアノブを掴む手が一瞬にして緩んだ。出た瞬間に殺されるんじゃないだろうか。俺みたいなただ部隊に入っただけのペーペーなんて如何にも殺して下さいと言っているようなもんだろ。


(アキラって……どこに住んでんだろ。)

『……。』

(お前飛べるんだろ?アキラ探してきてくれよ。)

『無茶を言うな。俺の力はお前のエネルギーに関係してくる。遠出ができる程のエネルギーを使うとお前が学校に着く前に道端で気を失ってるだろうよ。』

(飛ぶ力ってすげぇエネルギー使うって言ってたもんな……。)

『第一俺はお前の傍を離れるつもりは無い。神は俺のそもそもの力は人間だった頃の力を受け継いでいるから戦闘能力時代は先攻部隊に等しいと言っていた。それが何故守備部隊になったのか不満でならんが、お前を守る力はあるという保証は確実だ。』

(お前自身の力が強くても俺の力が弱いと意味ないんじゃないのか?)

『だからとっととアキラと合流しろと言っているのだ。』

(扉を開けたらアキラが居たとかねぇかな……。)

『まだ夢を見るつもりかお前は。』


とてつもなく外に出たくない。

玄関で立ち止まっていると、室内にインターフォンの音が鳴り響いた。その音を聞いて俺は噂をすればなんとやらだと確信した。

アキラだ!会いにくると言っていたからナークに調べさせてここまで来たんだ!嬉しさいっぱいに扉を開いた。


「アキ──」

「おっはよー城山君。」


バタン。

扉を閉めた。


「なんでだ……何故植松が居る。」

『あの女生徒会だな。』


ドンドンと扉を叩き「開けてよー」と叫ぶ植松の声がよおく聞こえて来る。何故こいつが俺の家を知ってる?また生徒会の権力か?十分にあり得るだが何故家まで来た。ドンドンと叩かれている扉を前に、母が顔を出してきた。


「ねえ誰か来たみたいなんだけど。」

「あ、う、うん。みたいだな。」

「……出ないの?お友達じゃないの?」

「あー、はは……。そ、そうかもな。」


色々と知られたらまずい奴だとは言えない。

引き攣った顔を見て、母はにんまりと口元を緩ませ近寄ってくる。これはこれで嫌な予感だ。


「あんたまさか、彼女じゃないの~?」

「はぁ!?ち、ちがっ……ちげーよ!」

『だが女だぞ。勘違いされるに決まっている。』


まずい。外ではどんどん中ではじりじり。近寄ってくる母に、植松を見せるわけにはいかない。


「どれどれ~樹の初めての彼女、お母さんが挨拶しましょうかね。」

「ばっ!だ、だからそんなんじゃないんだって!」

「んもう~照れるな照れるな。」

「ちげーから!いってきます!」


これは逃げるが勝ちだ。

扉を勢いよく開けると植松の「ぎゃん。」という声と何かを撥ねたような重みを感じたがどうでもいい。寧ろしてやったりだ。廊下を走って階段を駆け下り、マンションから抜け出しそのまま足を止める事なく走った。植松に会いたくないし、話したくもないし、何より魔界の連中に襲われたくない。歩道に出てからも走っていると、俺の隣にシロスではない、一匹の狐が後ろから現れ、走りながら俺を見上げた。


『樹、あの女の守護神だ。』

(これが!?)


振り切ろうと全力を出すが、狐は涼しい顔で上げた分のスピードについてくる。


(こ、こいつどうやって追い払うんだ!?)

『おい狐、何用だ。』


シロスが狐に向かって低い声で訪ねると、狐は涼しい顔をしたまま言った。


『前方100m。そのまま突っ走っていけばあなたは死にます。』

「!?」


狐の言葉に急ブレーキを掛けて止まった。数歩先で止まった狐は、大きな尻尾をふわふわと揺らして俺たちの方へと振り返り、そしてゆっくりと近づいて止まる。


(ど、どういうことだ?)

『お目覚めですか黒龍。聞けば随分と長い間眠っていたそうじゃないですか。』

『貴様に自己紹介するつもりはない。樹、逃げるぞ。魔界の住民が近くにいる。』

(お、おう。)


やっぱりそういうことか。他の道に向かおうとすると、いつの間にか迫っていた植松に大声で叫ばれた。


「城山君逃げないで!ひどいよ、一緒に行こうって約束したのに!」


植松の馬鹿でかい声に、周囲の通学中の生徒が一斉に植松を見て、それから俺を見る。


「はぁ!?何わけわけんないこと言って……!!」

「一緒に行こうって言ってくれたの城山君じゃん!なのに待ち合わせ場所には来てくれないし、家まで迎えに行ったら走って逃げるなんてひどいよ!」

「おい馬鹿やめろ!」


周囲のひそひそ声に胸が痛い。


『樹、あの女に構うな逃げろ!』

(そうは言ってもここで逃げたら余計変な噂立つだろ!?)

『関わるなと言われたのを忘れたのか!?』

(そうじゃないけどさ!)


これはモラルの問題だと思うんだ。結局逃げることが出来ず植松は俺へと追いつき、追いついてすぐに飛びついてきた。


「どわっ!」

「追いついたー!」


腰元に飛びついてきた植松の胸が分り易く俺の腹部に当たる。とんでもなく柔らかい。周囲の声は未だ続いており、痛々しいやら微笑ましいやらの眼差しがぐっさぐっさと突き刺さる。


「おい離れろ何の真似だ!」


だが俺は生徒会に関わるなと言われたことを忘れたわけじゃあない。植松を引き離すと、不満そうにぷっくらと頬を膨らませ眉を釣り上げる姿に少し胸が高鳴ったがシロスの白い眼差しで我へとすぐに戻った。


「えへへ、だって私どうしても城山君と一緒に学校に行きたかったんだもん。」


無邪気な笑顔を見せる植松だったが、笑顔で語り掛けている最中に別の声が聞こえてきた。


(君を一人で行かせてあげてもいいけど、それだときっと死んじゃうよ?ミャーコみたいになりたくないでしょ?)


笑顔で言っている台詞とは落差の有り過ぎる声。


(お前…どういうことだよ。)

「ほら、学校始まっちゃうから歩こう城山君。」

(言ったでしょ、100m…今はもう50mだけど……前から近づいてきてる。目標は君。今は私と歩いていた方が身の為だよ。そこの黒龍もね。)


歩き出す植松に仕方なしに歩き始めるが、一度に二つの言葉を投げかけられて今一つ頭がおっつかない。


「そ、そうだな。」


とりあえず普通の返事をした後で、前を見て敵を確認しようとしたが…する前に前方から真っ黒なフードで顔を隠した怪しい男が歩いてきていたので探すまでもなく分かった。


(目標って、俺が?つうか、黒龍じゃなくてシロスっていうんだよ。)

『小娘。樹に何かしようとしたらそこの狐を食ってやるからな。』

(おいやめろ。本当に敵かもしれないんだぞ。)

『鞠子、敵ははぐれです。私が浄化して来ても?』

(うん、いいよ。宜しくね。)


俺たちの会話なんざ相手にもされず、植松の狐が真っ黒フードの男へと突っ走った。


「城山君は迷子によくなるから、私がちゃーんと学校まで送り届けてあげるからね。」


にっこりと笑みを浮かべる植松の仮面の下には、”雑魚が。私がいないと学校にすらいけないんだからな。”と言われているような気がした。


「そりゃどうも。」


今まで一度も迷うことなく行けていた学校に今更どう迷うというのだと言いたかったが、下手に関わるのは止そう。それよりも、浄化をすると言った狐の方へと顔を向けると、タイミング良くフードの被った男に向かって高く飛び上がったところだった。俺も、シロスも、植松も。そしてフードを被った男も狐を見上げる。

狐は大きく口を開き、言葉一つ、掛け声すらも発する事無く開いた口から真っ白な色をした火を噴き出しフードを被った男を頭から炙った。躊躇い一つなく勢いよく放った白い火を浴びたフードを被った男は悲鳴を上げて地面へと転がりもだえ苦しみ始める。


「お、おいあれ──」

「きゃー!人が倒れた怖いよ城山くぅん!」


敵とはいえ容赦なしの攻撃に思わず体が動いたが、植松が俺の腕を両手で掴み先へと進むのを阻止してきた。

植松を見下ろすと目が合い、そして、頭の中に伝わってくる声。


(あれが浄化だよ。浄化の火自体は君には無害だけど、ちゃんと浄化されるまで魔界の住民には近づいちゃ駄目。)

(浄化っつうかただの火炙りじゃねぇか!他の奴に見られてるんだぞ!?)

(他の人にはただ転がってるだけにしか見えてないんだよ。ほら。)


ほら、と言われて周りを見ると、生徒たちは心配そうに見ているだけだ。


「ねえあの人いきなり倒れたよ?」

「救急車呼んだ方がいいんじゃねーの?」

「え?なにあれ、なんかすっごい唸ってるんですけど!」


ひそひそとざわめく通行人。守護神が見えていないということは、守護神がやっていることも普通の人間は見えないということなんだろうか。

狐が地面に足を付けると火も消え、そして倒れた男は気を失ったのか動く気配がない。背中から白い光が立ち上り、狐は尻尾を揺らしながら俺たちの元へと戻ってきて、そして、植松の足元に寄り添った。

完全に気を失ったであろう男に群がる生徒や、出勤途中であっただろうスーツ姿の人。揺さぶって声を掛けているが、男がびくともしないようだ。


(……死んだのか?)

(浄化しただけだよ。悪魔が乗り移ってただけみたいだし、目が覚めたらあの人自体は普通に生活できるんじゃないのかな。)

(あ、悪魔が乗り移る?)

(そうだよ、よくある。チームじゃなくてラッキーだったね。)


植松の言葉に俺は追いつくのがやっとだった。

悪魔が人間に乗り移って、俺を狙ってきて……?それを植松がいとも簡単に浄化して、周りには何が起こったのか見えなくて……でもそれが浄化というやつで、意味がわからん。


「遅刻しちゃうよ、早く行こっ。」

「あ、ああ……。」


俺たちが手を差し伸べるまでもなく、フードを被った男は通行人に囲まれ既に救急車を手配されているようだった。

植松に引っ張られてその場を通り過ぎていき、大通りへ出たところで、未だに植松がくっついていることに気付き腕を振って振り払おうとしたが、この女がっしりと掴んで離さない。


「おい、もういいだろ。離せよ。」

「えー、だって離れたら城山君迷子になっちゃうんだもん。」

「なるわけないだろ。」


寧ろなるとすれば、ここら辺を普段通っていない植松の方なのに。

……いや、植松がこっち方面に家があれば別の話だが。


『樹……その女の言うこと、あながち外れておらんぞ。』

「え?」


頭付近からシロスが声を掛けてくる。


(どういう意味だよ。)

『……嫌な気が漂ってる。ずっとこちらを見ているぞ。』

(はぁ?)


シロスに言われて周囲を見渡すが、人の多さで誰がこちらを見ているかなんて分からないし、さっきみたいに分り易く危険な奴も見当たらない。


「黒龍はお利口さんだね。」


植松が腕に両手を絡めたまま小さな声で言う。


「お前も分かるのか?」

「そりゃあもちろん。それに、”あの人達”はお互い敵対してるからね。チームは2人で、しかも学校はバラバラ……新人で身を守る術すらも知らない城山君なんて恰好の餌食だもん。」

「な、なんでそいつらまで俺のこと知ってるんだよ。」

「敵の情報収集の能力を甘く見ちゃ駄目だよ。あの人達とはよく遊んでるから、私が一緒だと城山君だけと遊べないから中々近づけないって今の状況……感謝して欲しいんだけどな。」


言っている意味がさっぱりわからん。


「俺は誰かに狙われてるってことか?」

「も~頭悪いなぁ。そうだよ今朝からずーっと狙われてるの!今私が城山君と少しでも離れちゃったら、あの人たちにすぐに引っ張り込まれてこっちの世界から引きずり出されちゃうの。」

「どこに引きずり出されるんだ俺は。」

「きわめて魔界に近い場所。」


笑顔で言う植松にゾッとした。

結局植松を離す事も出来ず、植松は何か話していたが俺はそれどことじゃなかった。

生活が一変するとは言われていたが、いざ体験してみると居心地が悪すぎる。女に守られているというのも癪だし、俺が自分を守る術がない上天界や人間界、魔界に関する知識もほとんど無い。合流すべきアキラなんてどこの学校で、どこに住んでいるのかすらも分からない。シロスに探してきてもらいたいが、今俺が一人になればそれこそ植松の言う”あの人達”に襲われるだろう。

アキラが来るのを待つか、それとも……。


「あっ、おっはよーあさひせーんぱぁーい!」


注目を浴びているあのご丁寧に校門に一列に並んで待っている生徒会に頼るか……。


(シロス……前途多難過ぎるぞ。)

『アキラかリリーが来るまでは、あいつらに匿ってもらう他道はないだろ。』


腕に巻き付いて天堂先輩に手を振る植松。

今日も煌びやかに、そして優雅に手を振り返す天堂先輩。その両隣には潮先輩とムカつく程顔の整った王子先輩。


俺は……これからどうなるんだろうか。

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