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キミと見た世界  作者: 岩永幸
第一章
7/12

7.リリーとアキラ

テントから出てくると、オレンジ色の髪をしたふわふわ長髪の美女が出迎えてくれた。


「こんにちは~いつきくん。」


ふわふわとしたワンピースに、大きく強調された胸元。胸元が強調されていながらワンピースは足首が隠れる程長いというのもまた良い。

髪色と同じくらい綺麗なオレンジ色の瞳をした垂れ目に、長い睫毛。癒されるような甘い声で名前を呼ばれ、パタパタと走り寄ってくる女性はどう見ても俺よりは年上だろう。20代くらい、といったところか。


「えっと……リリーさん、ですか?」


スピリアさんは、リリーが待っていると言っていた。待っていると言った先で俺の名前を知っている上に駆け寄ってくるということは、きっとリリーさんに間違いない。


「はぁいリリーです。赤山さんもお久しぶりですねぇ。」

「はい、お久しぶりですリリーさん。お元気そうで。」

「うふふ、私はいつも元気なのが取り柄ですからねぇ。」


ふわふわとスカートを揺らして俺たちの前まで来ると、より一層整った顔であることが分かる。

美しい。これが大人の魅力というやつか。


「いつきくん、初めまして。教育係のリリーです。これから仲良くいっぱいお勉強しましょうねぇ。」


天使、いや女神か?

天使が俺を見て優しく微笑み、片手を差し出してきた。


「えっと、城山樹です。よ……宜しく、お願いします。」


リリーさんの腕は細く、指先も綺麗で手を握るとふんわりと温かな気持ちになった。

緊張で声が上ずったのが情けない。


「いつきくんは、守備部隊で決定でいいのかしら?」

「はい。そうスピリアさんに言われたんですけど……でも、あの、俺……部隊に入るってまだ決めたわけじゃないんですけど。」


リリーさんはあらぁ、と瞳をぱちくりとさせた後、すぐにふにゃっと笑みを浮かべて俺の手を離した。


「ごめんなさいね。私、てっきり所属するものだと思って……もう印を付けちゃったわ。」

「は?」


印?自分を見てみるがこれといった変わりはない。

足を見て、腹を見て、左腕を見て──そして、右腕を見た。


「なんだこれ。」


右手の甲に薬指の中手骨に向かって緑色のハート様なマークが浮かんでいた。描かれているわけでも、彫られているわけでもなく。光に包まれて肌自体が光っているようなマーク。試しに左手で擦ってみたが、取れるどころか掠れもしなかった。


「それが、守備部隊のマークなの。うっかりだわぁ……それ、一度付けちゃうと神様の指示か、死んじゃうまで絶対に取れないの。」

「まじすか!?」


よくもまぁそんな重大なものをポンと勝手につけたもんだな!


「え、このマークを……あ、消えた。マークを付けてても普通に生活出来たりはしないんですか?」


ハートは薄らを消えていったが、リリーさんの死ぬまで消えないと言う言葉通りならマーク自体は俺の中にでも残っているんだろう。

リリーさんは片手を頬に当てて眉尻をさげる。


「う~ん、そうねぇ……普通に人間界で生活することは出来るんだけど。」

「……だけど?」

「部隊に入ってるってことは、他の部隊員とか、私たちの世界とやり取りが出来る人間には分かっちゃうし……それに、部隊に入ってるってだけでね、そのぉ~……いつきくんが何をするつもりもなくても、魔界の人達にとっては攻撃対象になっちゃうからぁ~困ったわねぇ。」


おっとりとした口調ではあるが言っていることは絶望的な内容だ。


「え、え、じゃあ……俺、狙われるってことですか?」

「だ、大丈夫よ!そりゃあ~部隊の任務をやらないからといって魔界の人たちが見逃してくれるわけもないけれど、話せば分かってくれる子もいるかもしれないわ。」


リリーさんは綺麗で白く、且つ細長い指先を重ねて肩を上げて微笑んだ。

その隣に居る赤山さんを見ると、”んなことあるか”と言いそうな顔でリリーさんを見ていたので溜息が零れた。


「……ちなみに、手のマーク消えたんですけど部隊から外れたってわけじゃないですよね?」

「城山さん、分かって言ってらっしゃるんですよね?」

「聞いてみたかっただけですよ微かな希望を求めて。」

(チッ、やっぱりだめか。)


最後の希望を捨てられ、入ると一言も言わず儘強制的に入られた守備部隊。頭を抱えていると、建物の外からぎゃあぎゃあと荒い声が聞こえてきた。


「あら?」

「どうしたんでしょうか。」


リリーさんと赤山さんも外の方へと振り返り、引かれるように建物の外へと出た。

そして、出た瞬間に唖然とした。


「あ、ホラ出てきたぞ。」


居たのは黒龍、黒髪の男。そして、炎のように真っ赤な龍。大きさは黒龍よりも少し小さいくらいで、黒龍に比べると目が丸く、少々柔らかい雰囲気を持っている気がする。

黒髪の男が俺を指差すと、黒龍がぐわっと顔を近づけ牙をむき出しに真正面から怒鳴りつけてきた。


「守備部隊なのは本当か!?」

「は!?え、は!?お、お前今までどこに……。」


動揺しきって声が上手く出せない。牙一本分が俺の顔を縦に余裕で直通しそうな迫力抜群な姿を目の前にやっと出た言葉だった。しかし、黒龍は俺の答えに納得いかなかったようで、鼻息を飛ばし前髪が額を全開させるほど持ち上がった。


「守備部隊に所属になったのは真かと聞いているのだ!」

「ぶ、部隊──あ、ああそうだよ入るつもりなんて無かったのに入れられたんだよ!」


部隊に入る事が嫌だったんだろうと思った。


「今一度調べて来い!俺が守備なわけないだろう!浄化か先攻だ!」

「あ、そっち?」


的外れもいいところだった。


「スピリアさんの診断は絶対よ、外れるわけがないわ。」

「そうですよ。城山さんは守備部隊です。もうマークもついています。」

「なんだと!?見せてみろ!」


黒龍が今まで何処で何をしていたのかさっぱりわからないが、守備部隊が不満であることは見て分かる。大きな鋭い目をギラつかせている黒龍に右手を差し出すと、何も無かった手の甲に再びマークが浮かび上がり、すぐにまた消えた。


「ぐぬぬ……。」


マークを見て納得したくないけど納得せざるを得ないのか、握りつぶしたような声で唸る黒龍。そんなに攻撃をする部隊が良かったのか……いや、こいつの性格を考えれば納得もいくが。


「大人しく現実を受け入れるべきよ。」


凛とした声が聞こえ、横を見たが赤山さんもリリーさんも声を出した様子はない。

誰の声だ今のは。黒龍は頭を上げ振り返る。


「お前が先攻で俺が守備だと!?納得いくわけがないだろ。」

「そんなこと言ってもあの方の診断に狂いなんてありませんもの。前世でも番犬をしていたんでしょ?ピッタリじゃない。」

「番犬ではない!」


黒龍が顔を上げたことで再び赤龍が視界に入り、そして──赤龍だ。赤龍が声の主だ。

龍にも性別があるんだと今知った。柔らかい雰囲気だと思ったのは女性だったからというものあるんだろう。二匹のやり取りを見ていると、黒髪男が近づき「おい。」と声をかけられた。


「お前新入りか?」


黒いタンクトップによれよれの赤いシャツ。前ボタンは全開で、黒色の七分丈のズボンに踵を踏んだ靴。服装はさておきだが、容貌はかなり良い方だ。アイドルグループに居ても可笑しくないような眩しい顔をした男は、警戒心一つとしてなく陽気な顔をしていた。


「そう、なると思う。」

「そうかそうかー、じゃあまだチームには入ってねぇんだよな?」


ニコニコと俺の周りをうろつきながら楽しそうに話しているが、その上では黒龍と赤龍がああでもないこうでもないと言い合っている。


「入ってないっていうか、入る気はない。」

「は!?なんでだよ!」


黒髪男は豹変し胸倉を掴んできた。


「なん、なんでって……俺、別になりたくてなったわけじゃないんだって。それにこれは夢だろ!?」

「夢ぇ?オメー何言ってんだ。」


顔は整っているがコイツ荒い。絶対乱暴な奴に違いない。


「クククッ、こいつは今ここに居るすべてを夢だと思っているのだ。めでたい奴だろう?」


言い争っていた黒龍が上からバカにしたように言い、それに対して赤龍もクスクスと笑っている。

黒髪男も呆気にとられたようにしていたが、胸倉を掴んだまま視線を斜め上へとあげ何かを考え始めた。だが、すぐに笑みになり胸倉を離すと、代わりにオレの右手を掴んできた。


「え?ちょっと何──」

「夢ならいいだろチームになるくらい。」

「は?いやいや、いいわけないだろ。」

「どうせ目ェ覚めたら夢の中の話で終わるんだし、だったら楽しんだ方がいいに決まってるって!なあお前ら。」


黒髪男が赤山さんとリリーさんを見た。


「私は城山さんのご判断に任せます。」

「私はそうねぇ~夢の中……ウフフッ、いつきくんが夢の中にいるんだったら楽しんでみるのもいいと思うわ。」

「ほらな!」

(ほらなと言われてもな。)


だが、少しずつ引っ掛かり始めている。夢にしては同じ内容を継続し続けちゃいないか?やけにリアルじゃないか?

俺が見る夢はいつも途切れ途切れで、隣に居たのはシリだったのに気づけば母になっていたりとか、そんなあべこべの内容が多かった。それに、黒龍の鼻息だって夢の中でもここまでリアルに感じたことがあっただろうか。

……だが、こんな非現実的な事が俺に起こるわけもない。黒龍の夢を見た時から俺は夢を見ていたんじゃないか?そう考えれば全部夢だからと納得が出来る。

目の前の名前すらも知らないこの男も、リリーさんも赤山さんも龍も……全部最初から夢だ、そうだ夢だ。夢があまりにも珍しくてリアルに感じただけに違いない。此処に来るまでは夢だからと余裕を持っていたじゃないか、俺。


「いいだろ夢の中なんだから。」


この男の言う通りかもしれない。そうだ、いいじゃん夢なんだし。

どうせ目が覚めたらどんな夢見たっけ?程度で終わるに違いない。


「わかったよ。もう部隊にでもチームにでも好きに入れてくれ。」


黒髪男の満面の笑みの下、俺と黒髪男の手が緑色の光に放ち、一気に光は俺たちを纏った。煙のように揺れ動く光は俺と、黒髪男の周囲を回り、ふと視界に入った黒髪男の手の甲を見ると、俺と同じマークが見えた。


(…あれ、向きが違う。)


俺のマークは薬指の中手骨に向かってついているが、黒髪男は右の手首に向かって下向きについている。


「なあ、俺とお前のマークの向きが違うけど何なんだ?」


顔を上げると、緑の光の線が黒髪男の顔や頭、全身を光らせなんというか……此処まで顔立ちが良いといっそ腹立つ。光の効果もあるだろうけれど、瞳の中までもがきらきらと光り、にっこりと笑う表情が光の中では更に生える。


「俺が先攻部隊だからだ。先攻と守備は右向きで、浄化と情報は左向きなんだよ。んで、全員揃ったら四種のマークが出来上がるってわけだ。」

「──……クローバー?」


黒髪男が左上、俺が左下。残る浄化と情報のどちらかがそれぞれ右上と右下に居ると考えて出来上がったマークは、クローバーだった。

ハートとも少し違う緑色も、クローバーの一部であれば納得だ。


「そういうことだな。俺は今までずっと一人だったからチームになってくれてすげぇ嬉しい!」


本当にうれしそうに笑っている。光はお互いの手の中へと戻り、マークも消えた。

手を離すと、リリーさんが隣へと来てこちらもまた嬉しそうに微笑んだ。


「おめでとういつきくん。残りの2部隊も早く見つかるといいわねぇ。」

「あ、はは……そうですね。」


一夜の夢の間にそう時が流れるとは思えないけどな。


「お、お前イツキって言うのか!俺の事はアキラでいいぜ。同じチームなんだ、名前で呼び合おう。」

「お、おう。アキラな。宜しく。」


アキラ、か。夢の中とはいえ新しい友達まで出来るとは中々だな。


「あの、アキラさんはどれくらい一人で動いていらっしゃんですか?」


赤山さんが訪ねた。


「んー、2、3年くらいか?」

「2、3年も御一人で!?」

「おー、チームって意味じゃ一人だったけど、教育係りがずっと付っきりだったからな。最近忙しいからって前ほど見かけねーけど、人間界で一緒に住んでるぜ。」

「アキラくん、襲われたりされなかったの?」

「襲われるなんてしょっちゅうだぞ。最近じゃ俺から奇襲しかけてぶっ倒れたらどっかの浄化部隊呼んで処理してもらってる。」

「ひ、一人で目標を倒してたんですか……?」


赤山さんの声が、というか顔が引きつっている。


「な、なんだよ褒めてんのか?照れるからやめろ。」


褒め言葉に弱いのか、アキラは顔を赤らめている。多分、というか絶対褒めたわけじゃないんだけどな。


「なんでそこまで強いのに誰かも声掛からなかったんだよ。」


軽い気持ちで聞いてみたつもりだったのだが、訪ねた後アキラの表情を見て不味いと思った。


「誰も俺に近づきたがらねぇからな。」


悲しそうでもない、泣きそうでもない。

光を失ったような瞳には激しい怒りと、険しい表情を浮かべてたいたのだ。


(夢の中とはいえ、すんげぇ危険な奴とチームになったんじゃないのかこれ……?)


犯罪臭が半端ない。絶対何かやってるだろと思う反面、心が穢れていれば天界には居られないだろという冷静な突っ込みを入れる心の中。

ゆっくりと顔を横へ向けると、口元に手を添えて青ざめている赤山さんと、笑ってはいるものの「あらぁ。」と素直に不安を言葉に出すリリーさんが居た。

そして、顔を上げるとフンと鼻を鳴らしているこの会話の流れなんて関係なしに、守備部隊であることを未だに悔んでいそうな黒龍と、この中でも一番どうでも良さそうに俺たちの上空をくるくると回って鼻歌を口ずさむ赤龍がいた。


夢よ、早く冷めてくれ。

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