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キミと見た世界  作者: 岩永幸
第一章
6/12

6.四種

結局、黒龍は戻ってこなかった。

栗のような形をした真っ白な建物は石で出来ているようだ。大きな入口に扉は無く、近くに行くと円状の室内が薄らと見えてきた。


「あの、ここは?」

「診断の館です。ほとんどの人はスピリアの館と呼んでいます。」

「スピリア…さんが経営してるんですか。」

「経営とは少し違いますが…スピリアさんが診断をして下さいます。」


薄暗く見えていた室内に入ると、パッと電気が着いたように部屋が明るくなった。

部屋の中央には天井にまでぴったりとくっついた円柱。一番ガラス張りで中ではポコポコと水泡のようなものが上昇している。

黄緑の液体に、水泡は光を纏っているかのようにきれいで、たくさんの水泡が黄緑を照らし幻想的だ。

天井は白く、壁も外と同じ白い。窓一つ無く、壁に飾りや模様も一切無い。

円柱を囲むようにシャボン玉のような虹色を纏った透明の玉が並び、その上にぽつぽつと人が腰掛けている。まるで椅子のようだ。


「あの人たちは?」


どんどん先に進んでいく赤山さんに訪ねた。


「城山さんと同じように、今から診断を受ける方たちだと思います。もしくは、部隊が決まって迎えが来るのを待っているか。」

「ぶ…部隊?部隊って何ですか。」

「それは、スピリアさんがしっかりと説明して下さいますよ。」

「はぁ……って、いやあの…俺部隊とか、なんかそういう物騒なの入るつもりないんですけど。」

「部隊に所属出来るか定かではないですし、それに所属しても絶対任務をこなさなくてはならないという気まりもありませんので。一種の占いみたいなものですよ。」

「は、はぁ。」


中央の円柱を超えるとその先には紫色のテントが張られていた。

まさに占いをしていそうな色をしたテントで、布のあちこちに白く光る玉のようなものがついている。テントの近づくと、中から短髪の女性が出てきた。

一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされ堂々とした足取りで去っていく女性は、俺とあまり差のない歳のようだったし、何よりどこかで見たことのある制服を着ていた。


「ささ、入りましょう。」


赤山さんに背中を押され俺の意見なんて聞かれることもなく、先が見えない真っ暗なテントの中へと押し込まれた。




*****



「うわぁ……。」


テントの中に入ると、色々な色をした光の玉が浮遊していた。

一つ一つが光り、そのお陰で足元もしっかりと見える。上下左右にゆっくりと動き回る光の玉の先には、占いでよく使われていそうな四角のテーブル。ワインレッドのテーブルクロスの上には座布団の上に水晶を乗せ、真っ黒なローブに身を包み顔は暗くてよく見えないが、赤山さんの言っていたスピリアさんが座っていた。


「こんにちは、スピリアさん。城山さんを連れてきましわ。」

「よく来た少年……お前の事はよぉく知っているさね。」


声を聴いた瞬間ここが天界であることを忘れそうになった。

蛙のように潰れた声。震えているし、童話に出てくる毒りんごを食べさせる魔女のような…声だけ聴いて良い人だとは絶対に思えない。

たじろぐ俺の背中を赤山さんが押し、俺は無理矢理スピリアさんの正面に立たされた。

ローブから出ている手は、暗くてはっきりとした色は分からないが自分の手を比べて見ると、確実に血色は悪い。

おまけにしわくちゃで、骨に皮がくっついているだけのようだし、手の甲は実際に骨が浮き上がっている。

指も一本一本が異常に長く、黒色ではないが、爪もまた異常に長い。しかも黒龍の牙を思い出す鋭さだ。

ヤバイ所に連れてこれたもんだと赤山さんを振り返ってSOSを求めるが、赤山さんは2m程離れた位置から俺を微笑ましそうに見ている。そう、微笑ましそうにだ。


「城山樹。強烈な想いを秘めた黒龍が一体。大昔の中国から連れてきているね。」


怖い、不気味、絶対毒りんごどか作ってる。

顔こそ見えないからまだ良いのだろうが、潰れた声で言う言葉の意味なんて考えている余裕はない。

水晶に手をかざし、俺の前世を見ているようだが、それよりも強烈過ぎる。この妖怪の様な声。


「ヒッヒッ、アタイが怖いのかい?」

「怖いなんてもんじゃないです。」

「し、城山さん……。」


即座に言い返すと赤山さんが言ってはいけないことを言ってしまったかのように、焦り口調で俺を呼んだ。

だが、スピリアさんはヒッヒッヒ、といかにもな笑い声を上げて楽しそうにしている。


「良いんだよ赤山。アタイは今の自分が好きさね。安心をし、お前を八つ裂きにして食ってやろうなんざ思う奴は天界にはいないよ。」

「……。」


それでも怖いもんは怖いと言い返したいところだが、また言うと赤山さんが困ってしまうと思ったので飲み込んだ。


「アタイの話、聞いていたかえ?」

「いいえ全く。」

「ヒッヒッヒッ、今度はよぉく聞いておきな。お前について教えてあげるよ。」


怖いが、確かに俺を八つ裂きにしたりするつもりは無いらしい。

妖怪のように細長い手を見て、水晶を見下ろすとスピリアさんがうねうねと水晶の周りで手を動かす。


「お前の黒龍は大昔の中国で付いているね。」

「ああ、やっぱり中国なんですね。人間だったって聞きました。」

「そう、人間だった。お前に強い思いを抱いて龍になっているね……ヒヒッ、随分と長い間お前の中で大人しくしていたようじゃないか。」


黒龍が言っていたことと同じだ。


「お前の大祖母と祖母によって鎖は取れた。」

「はい。」

「だが、鎖は今世で解ける運命にあった。」

「え?そうなんですか?」

「ただし、自然に任せていたら気づいたころにゃあ、アンタはもうよぼよぼの老いぼれだ。何もできゃしない。」


よぼよぼの爺になって黒龍に気付くのが、本来の俺ということなのか?


「お前の祖母から伝言を預かっているよ。」

「本当ですか!?なんて!?」

「ヒッヒッ──……”樹なら出来る”」

「!!」


ばあちゃんは、俺がここに来ることを知っていたのか?

俺が何をするかは分からないけど、部隊に入ってやり遂げるべきことをやれと言っているのか?


「大祖母からの伝言も預かっているよ。”アナタは純粋な心を持っているから目を背けることはきっと出来ない。黒龍と、自分の母の魂を解放してあげて。”だそうだ。ヒッヒッヒ!泣けるじゃあ~ないか。」


言いたい事は何となくわかるが、はっきりとした事があまりにも少なすぎて全然わからない。


「あの、俺は結局どうすれば?」

「天界の職種の中に、四種と呼ばれる職種がある。」

「え?」


人の質問に答える素振りも見せずスピリアさんは続けた。


「大昔から世界は魔界、人間界、そしてここ…天界に分けられ天界の住民は心穏やかで争いを好まない。人間界は天界と魔界両方の影響を受け続け、魔界は凶悪な力で人間界と展開を制圧しようと今でも働いているのさね。」


漫画とかでありそうな話だな。


「四種とは総合して、天界と、そして人間界のあるべき姿を保つための職と言える。」

「あるべき姿?」

「そうさ、現状維持っちゅーやつさね。魔界の住民たちのように邪悪な心しか持っていない連中に毒されないようにするのさ。」

「なるほど在り来たりだな。漫画とか映画とかでよくある話じゃないですか?心清らかな天界、邪悪な心しか持たない魔界の奴らが人間界を支配しようとして、ついでに天界も奪って世界を自分たちのものにしようと長年目論んでて、最近になって魔界の力が強くなってきたから正義の勇者たちをいざ立ち上がれー、みたいな。」


こてこての勇者物語過ぎるけどな。


「城山さん、すごいですね。今まさにその通りなんですよ。」

「まじですか。」


赤山さんが手を叩いて感嘆の声をあげた。


「お前の言う通りさね。魔界の住民共が人間界に今まで以上に手を出している。このままでは人間界が魔界と同じように邪悪な心で支配されちまいそうなのさね。人間は天界族にも魔界族にも、双方どちらにも歩み寄ることが出来る。中立の立場にいる人間が魔界族に支配されると世界は終わりなんだよ。」


まるで現実味がないが、目の前のスピリアさんは確実に怖い。

この人が話すだけで本当に合っている事のように聞こえる。


「どうして最近になって魔界族が人間に手を出すようになったんですか?」

「いやいや、奴らは昔っから人間に手を出していたよ。邪悪な心に支配される前に部隊が動いていたし、邪悪な心に支配された人間を浄化する活動もずうっと行ってきていたさね。強くなっちまっているんだよ、何が起こっているのかわからないが、魔界族が急激に力をつけておる。」

「以前滅ぼされた魔王が復活したとか。」

「城山さん、それは漫画の見すぎです。」

「あ、はいすみません。」


思わず謝ったが……俺、今謝る意味あったか?


「昔っから魔界族の長はいたさね。だが、ここ百年近くで人間界に今まで以上に侵入し、干渉し──そして、邪悪な心に陥れた。奴らは元より世界を魔界族の手にするのが夢だった……それが分かっているだけに、どうも嫌な予感しかしなくてねぇ。此方も今まで以上に浄化に力を入れているのさ。」


元より魔王がいながら、ここ最近ってこの人達とっての最近が百年レベルなのがついていけないが。ここ百年でやったら人間に手を出し力が強くなり、おまけに邪悪なエリアの拡大に努めているってことか?


「いよいよもって人間界と天界に攻め入ろうってことですかね。」

「ヒッヒッ、みなそう考えているよ。だがこちらもそう簡単に支配されるつもりはない。だからこそ、守護神が付いている者やそれ相応の力を持っている人間はかたっぱしから部隊に入れておるところさね。」

「……で、俺にも黒龍がいたから無理矢理覚醒させて戦力にしよう、と?」

「どの道今世で黒龍は解放される。少々時期を早めても問題はないさね。今は少しでも手を増やしたい……そう神が言うておるのさ。」


天界の住民と言えばさっき見たような天使がパッと浮かぶが、魔界の住民って悪魔とか、妖怪とか、黒い羽が生えた人間が思いつく。

戦うとなれば勿論その、いるとすれば悪魔とか化け物相手にということだ。平和な時代に生きてきた俺にとって、突然そんなRPGの世界へようこそみたいな話をされてもハイ頑張りますとは言い難いな。


「あの、具体的にその、部隊って何をするんですか?怪我したり死んだりするんですか?」


現状維持の為に死んで当然みたいな戦いなら俺はしたくない。


「そうさねぇ~……今説明しようと思っていたよ。順番に説明していこうかね。」


スピリアさんが手をかざすと、四つの光の玉が俺とスピリアさんの間に集まり、色がついていた玉は全て白い光へと代わり、その中でも左上の玉がいっそうに光った。


「一つ目は、先攻部隊。目標が定まっている場合、この部隊が奇襲を仕掛け目標の意表を突く。ここである程度目標にダメージを与える事が次の部隊から浄化までの流れ画を大きく左右させるさね。」


左上の光が弱まり、右上の光が今度は強く光った。


「次は守備部隊。先攻部隊は意表を突けば傷を負う可能性が十分に高い。すぐ様引っ込んで次に備えるさね。そこで、目標もやられまいと攻撃を仕掛けてくる。守備部隊は先攻部隊の回復保護、浄化部隊のサポート、情報部隊の守護と何かと役割が多い。その時の任務の状態で何を優先すべきが正しく判断し、常に任務状態を冷静に見れるようにしなくてはならない。」


なんか一番面倒くさそうな部隊だな。

次に左下の玉が光った。


「次は浄化部隊。任務の要さね。この部隊になる人間と天界族は、ずば抜けて強い力を持っている者に限られる。守りは守備部隊に任せ、任務の達成だけを考えて動く必要があるさね。決して他の部隊が浄化を出来ないわけじゃあないが、浄化部隊員が欠けると手こずるのは一目瞭然……浄化部隊が欠けた時点で任務を中断せざるを得ないと言っても過言じゃないよ。」


浄化部隊。フィニッシュを決める重要な役目か。


「最後は情報部隊。任務達成への司令塔に近いもんさ。任務の依頼は基本的に情報部隊に行き、目標を効率よく浄化する為に守護神を飛ばし探索させ、作戦を立てなくてはならない部隊さね。守護神を遠くまで飛ばせる力を持ち、それなりのエネルギーがあるものが所属する確率が高い。」

「エネルギー?がどうしているんですか?」

「ヒッヒッ、良い質問だぁね。守護神を飛ばすのは莫大なエネルギーが必要なのさ。必要な情報を集められるまで飛ばし続ける事が出来るエネルギーが必要になる。エネルギーは人間で言うと、そうだねぇ……体力、いや生命力とでも言っておこうか。生命力は日々変わるからね、常に自分が持つ最大のエネルギーを出せるような人がなるさ。」


今一つよくわからないが、いつでもコンディション万全の人がなるべき部隊ってことか?


「情報部隊は目標に先攻部隊が奇襲を仕掛ける時点で8割方がエネルギーが消耗されている。守備部隊のサポートはあるが、司令塔無しじゃあ任務は上手く達成できまい。」

「守備部隊が情報部隊を守らないといけないのは、司令塔を無くさない為なんですね。」

「ああ、そうだとも。それぞれが欠けちゃあならん。先攻部隊が失敗しダメージを与えらえないと、浄化部隊も一発で浄化が出来るような力は無い。戦闘力は浄化部隊だけじゃあ足りないさね、一度引っ込み浄化部隊を力を合わせて目標にダメージを蓄積させなくてはならない。」

「先攻部隊が浄化すればいいんじゃないですか?」

「ヒッヒッヒッ、力が違うんだよ。浄化部隊の浄化の力は特別でね。基礎的な浄化の力は全ての部隊が教わるが、浄化部隊は浄化にのみ適した力を学ぶのさ。」

「なるほど。」


だから浄化部隊が欠けるのは不味いってことか。


「守備部隊もエネルギーの回復と、目標からの攻撃に対する守護の力を学ぶさね。時と場合によっては浄化やダメージ蓄積に加わらなくちゃあならないが、守備部隊の何よりの役目はチームを崩さない事さ。」

「本当にどれも必要なんですね。一つの任務にどれくらいの人数で挑むんですか?」

「基本は各部隊一人ずつ、四人チームさね。だが、目標の強さによっちゃあいくつかのチームで一緒に行くこともある。目標の種類によっちゃあチームから選抜され特別なチームを組まされることもあるが……ヒヒッ、ひよっこチームにゃあまず縁のない話さ。」


強い人達だけが集められるって意味だな、俺を馬鹿にしてやがる。

玉は再び色を帯びて部屋の中をくるくると浮遊し始めた。四つの部隊から決済されるから四種か。


「天界はこの四種のどれかに全員所属しているんですか?」

「まさか。四種は職種の一つに過ぎないよ。主に人間がなる職種さね。情報部隊はほぼ天界族だけどねぇ。」

「へぇ、他にどんな職種があるんですか?」

「それは──ヒヒッ、後からリリーに聞きな。」

「リリー?」


聞き覚えのない突然の名前に首を傾けると、スピリアさんはヒッヒと笑っている。誰だよリリーって。


「話は済んだよ。次が控えてんだ、とっととお行き。」


妖怪の様な手をシッシッ、とあしらうように動かすスピリアさん。

勝手に連れてこられた上にぱっぱと説明を受けてとっとと帰れと言われると少々腹立つものがあるな。

とりあえずテントを出ようと思ったが、ふと大切な事を聞いていないのを思い出した。


「スピリアさん、俺って結局……。」

「お前は守備部隊だよ。」


即答で言われた。しかも一番面倒そうな部隊。


「え、いつ診断したんですか?」

「お前は最初から決まっていたよ。黒龍がなんと言うかが問題だけどねぇ──……イ~ヒッヒッヒッ!」


もはや魔女だろこのババア。


「ほうらさっさと出ておいき、リリーが待っているよ。」

「ありがとうございました、スピリアさん。さ、城山さん行きましょう。」

「ああちょっと、」


手を取られ引っ張られるようにテントから連れ出されていく。

引っ張られながらも振り替えると、スピリアさんの周りに玉が集まってきらきらと輝いていた。

もう少し、もう少しでローブの中の顔が見えそうだとなったところでテントの出口を潜り、一瞬にしてテントの中が闇へと染まりそして……明るい建物内へと再び戻った。

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