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キミと見た世界  作者: 岩永幸
第一章
5/12

5.前世

広い場所から人が横三人に並んで窮屈になりそうなくらいの細道を歩いている。

壁は雲の様な見た目に、少しピンク色が入ったような床とは少し違うもので、歩きながら指先で触れてみると表面は霧に触れたように通り抜け、その先はふんわりと綿菓子が少し硬くなったような心地良さを感じた。

俺の隣には女性が一緒に歩いていて、黒龍の頭一つ分突き出て黒龍が隣と言うか前というか…後ろと言うか…大きすぎて何とも言えないが頭は突き出て進んでいる。


「あ、私名乗っていませんでしたよね。赤山と申します。」


思い出したような言い方で名乗る女性、赤山さんというらしい。


「ああ…えっと、俺は城山です。」

「ええ。城山樹君ですよね。」


企みがありそうでもなく、嫌味な言い方でもない。

ふんわりとした無邪気な笑みを向けてフルネームを言われると、天堂先輩や潮先輩のように突っかかる気が失せる。


「…生徒会の先輩も俺の名前を知っていました。そりゃ生徒会だし、調べれば分かるかもしれませんが百人以上も入ってきた新入生の内たった一人の名前を憶えているのって結構違和感があるんですよね。」


赤山さんは申し訳なさそうに眉尻を下げ、「そうですよね。」と小さな声で言った。

「たかが生徒一人の名前をあいつ等が覚えるわけもない。あの連中は最初からお前を狙っていた。」


こちらを振り返ることもなく黒龍が言う。


「狙ってたってどういう意味だよ。」

「そうだな一から話そう。どうせ夢の話で終わるのだから。」


フン、と鼻を鳴らしてぐるりと俺と赤山さんを囲むように回ったあと、黒龍は俺たちの目丈に合わせるように並ぶ。

狭い道が更に狭くなり、必然的に俺と赤山さんは出来る限り隅へと寄って歩いた。


「俺は遥か昔からお前と一緒に居た。お前がお前でない時からずっと。」

「俺が俺でない時…て、どういう意味だよ。」

「前世ということです。」


赤山さんの助言により納得した。


「前世…俺の前世って何だったんですか。」

「一つ前は女だ。」

「女ぁ!?」


前世って性別も変わるもんなのか。

赤山さんを見ると、少し困ったように頷く。


「一つ前のお前は俺に気付くどころか気付こうとすらしなかった。その前もな。」

「全然気づかれてないじゃん。」

「普通はそういうものですから。」


普通、か。

確かに俺だってここが夢の世界だから話を聞いている。夢では何でもありだからな。


「さらに前のお前は気づきかけたが、俺は出られないままだった。お前と初めて会った時以来、俺はずっとお前の魂と共に居たというのに。こうして外に出られたのは何千年ぶりか。」

「何千って、そんなお前から俺と一緒にいたのか!?」

「一つ前、女であった時はほとんど寝ていたけどな。俺はお前の傍から離れることが出来なかった。」


今言っただけでも、少なくとも俺は4つの前世を持っているということになる。

初めにこいつと出会い、次では薄ら分かってたかもで終わり…その次、と一つ前となる前世では気付かなかった。そんなに昔から俺と一緒に居て、魂が分かる度にくっついていたということになるのか?


「なんでそこまで俺と一緒に居たんだよ。」

「覚えていなくて当然だが、俺がお前と初めて会った時、俺もお前も人間だった。兄弟のように仲が良くじゃれ合い、知識を高め合った。」

「え、ちょちょ、ちょっと待って最初から龍じゃなかったのか!?そういうことってあるんですか赤山さん。」

「あります。人間が守護神になることもあれば、守護神が人間になることも。」

「まじか。」


前世についても、守護神についても少しずつ興味が湧いてきた。


「それで、なんで俺は人間のままで仲良しだったお前が、俺の守護龍になってるんだ?」


真横に見える顔のサイズくらいはある片目には、真っ黒な中に俺が映っていた。


「お前は元々王族だった。王を継いだことで、あらゆる人間から命を狙われるようになった。」

「王って、俺が?」

「そうだ。小さな国だったがな。今に比べて昔は何でも有りだった。妬み、憎しみ、王には常に邪念が送られ毒殺や暗殺、裏切りや寝返りも当たり前。王族でありながらふざけきった中身をしていたお前は奴婢…今で言う奴隷みたいな者と心を通わせていたが、正式に王が継承されると国と父親に従い全く心が傾くことのなかった女と契った。あの時のお前は何かと感が冴えていたのでな…その時の奥も、近くに居た連中も的確に危機を察知し心を明かすことなく何度も命を狙われかけては、交わしていた。」


黒龍の声が心なしか寂しそうに聞こえる。

耳にする話に現実味なんてありゃしない。だけど、コイツが嘘を言ってるようには見えない。


「奥となった女は、最後お前を守る為に毒殺され死んだ。心を通わせていた奴婢もお前が送った文がバレて拷問の末死んだ。奥はいつの間にかお前に情を抱いていたのだ…最後まで疑って悪かったと泣き崩れるお前。その後時が経ち、奴婢は殺されたと聞き人前で泣けず、俺に見張りをさせ密会していた小屋で嗚咽を上げていたお前。今でも覚えているぞ。」


なんて言ったらいいんだろうか。

俺の話をしているのに、俺とは別の俺で…だが俺であることには変わりがないから他人事とは思えないが…壮絶だな。


「お前は国の為に戦った。政に積極的に意見を放ち、小さな国ではあったが民の為にあらゆる手を尽くした。その甲斐あって、国は穏やかになりかけていた。──だが、お前を良く思わない連中はとにかく多かった。新たに迎えた奥も、その一人だ。お前の直感で奥への不信を察知し、奥とは必要最低限の関わりしか持つことは無かったが、奥もまた恨みが強かった。まるで女狐だ。お前の前奥への悔いを責め、政にも口を出した。──そして…あの夜、お前は俺にこう言った。『あの屋根に登り敵が居ないか見てきてくれ。』と。お前の最後の言葉だ。」

「最後…て…俺は、死んだのか?」

「そうだ殺された。首を切られた。お前は散々俺をこき使いあちらこちらへと走らせ、時には息抜きにと勝手に城を抜け出し、探しに来た俺を見て間抜けな面だと大笑いしおった。俺がどれほど命を狙われている王が一人で勝手に動くのは愚か、抜け出すなんて言語道断だと言い聞かせたにも関わらず事あればこそこそと鼠のように何処を伝って逃げ出していたのか…!」


言っていながら思い出し笑いみたいな、思い出し苛立ちで歯茎をむき出しに牙を出し俺を睨みつけてきた。


「お、おい待てよそれ俺じゃないからさ……。」


一言でいう、超怖い。

元々怖い顔してんのに真横でガン飛ばされて牙を見せられちゃ本当に怖い。食われるって思う。

避けるように告げると、黒龍はハンと短く息を吐き出し、そしてまた少しずつ神妙な顔つきへとなっていった。


「あの時だってお前は、腑抜けた顔で登れと言った。全て分かっていたんだろう?何かと勘の鋭い奴だった……だからこそ俺だけを逃がした。──そうだ、お前は俺だけ逃がし、逃げ場もないほど囲まれた民家の脇で闇討ちされた。俺が登り切り、振り返った瞬間にお前の首が飛んだ。血しぶきを上げ、身体は闇に落ちた。だから夜に抜けるなと言ったのだ。だからせめて護衛隊を付けろと言ったのだ。首を持ち走り去る連中を俺は追いかけた。お前を殺ったように、5人中4人の首を撥ねた。最後の一人、お前の首を持った男に誰かと問うた。お前の命を狙う奴は数多くいたが、誰の差し金かと聞いた。だが、答えなかった。あまりの怒りに男の首を切り落とし、お前の亡骸を奪った。」


黒龍は、苦しそうな声を上げている。

瞳に映っているのは今じゃなく、きっと過去なんだろう。


「”俺を守れ”と、王に上がる前に言ったお前の言葉を絶対に守るを誓っていたのに、守ることが出来なかった。まだ温かいお前を抱えて森の中を歩き続けた。追手の足音も、声も聞こえて来る中ただただ歩き続けた。そして、お前とよく遊んでいた崖へと辿り着いた。後ろは追手、背中を切られ、腹を刺されたがお前の首は決して離さなかった。お前の首が、亡骸が必要な連中だったのは分かっていた。だからこそお前を守りたかったのだ。すっかりと俺の血でお前の顔は赤く染まっていたがな。」


さっき黒龍が言っていた奴婢、という言葉は聞き覚えがある。

確か大昔に中国で奴隷の意として使われていた言葉の筈だ。ということは、俺の大昔の前世は中国に住んでいたということなんだろうか。


「後ろは追手、前は崖。お前を守る為に決めていたのだ。俺はお前と共に身を投げた──あの日は、満月だった。丸い月が血に染まったお前を照らし、瞳に光が宿ったように思えたのだ。その瞬間俺の約束はまだ果たされていないと心が叫んだ。奴婢の生活から逃げ出し、殺されそうになっていた俺を助けたお前との絶対の約束だったのだ。お前はきっと”そんなもんどうでもいい”と言うだろう。だが、俺にとっては絶対の約束だ。亡骸抱えて共に死ぬことが約束を果たす事になどなるものか。──落ちていく中で再び誓ったのだ。次にお前がこの世に落ちてきた時、今度こそ守り抜くと。二の舞にはさせぬ、お前が勘が鋭いなら俺はそれ以上に鋭くなりお前の嘘も見抜いてやろうと。海へと落ち、共に沈みゆく中で再び交わしたのだ。お前を守ると。」

「……なんで、龍になったんだ?」

「気づいたら人間の形ではなくなっていた。まだ小さな龍だった俺に、神は言ったのだ。お前の強い思いがその姿に変えたのだと。そして見せられた……お前が死んだ後のお前の国を。」


黒龍の様子を見る限りだと、ろくなことにならなかったようだ。


「邪悪な心を持つ輩が力を持ち、奥もまた民を苦しめた。民の命なんぞ虫けらのように扱われ……5年と持たず隣国に滅ぼされた。怒りで我を忘れそうになっていた俺に、神はお前の魂の中に閉じ込めた。頭を冷やせ、このままで邪龍になってしまうと。お前の魂がお前を必要とし、再び巡り合えたら鎖を解いてやると。」


それで、ずっと出て来れなかったのか。

思い返せば、夢を見た時こいつは『ようやく出られる」と言っていた。ようやくなんて俺も使ったりするけど、コイツのようやくはほんとうに…ようやく過ぎるだろ。


「…ん?いやでも、俺はお前に気付かなかったぞ?勝手に夢に出てきただけじゃん。」

「城山さん、それは、おばあ様が……。」

「ばあちゃんが?」


さっきもおばあちゃんがって言ってたよな。

黒龍を見ると、俺を見てゆっくりと瞬きをした。


「お前の大祖母は俺に気付いていた。俺は何も話せなかったが、お前の中に俺がいることを知っていたのだ。」

「曾祖母ちゃんが?」

「そうだ。そして俺たちが出会った時代の魂が今世で重なると告げ、お前の祖母に蛇を託した。」

「ど、どういう意味だそれ。重なる?」


首を傾けると、黒龍は赤山さんを見た。

つられるように赤山さんを見ると、俺を見てふわりと微笑む。


「城山さんが黒龍といた時代に居た母の魂が、今世でまた城山さんの母として生まれ変わっているんです。」

「母ちゃんが……え!?何千年も前の母親が今また俺の母親になってるってことですか?」

「はい。お母様は貴方が奴婢を女性を心を通わせていることを知っていましたし、貴方も話していました。母は子が王になるよりも、子が好きな女性と一緒に幸せになるほうを選びたかったのですが、お父様と国がそれを許さず、結果として貴方は20代の若さで殺されました。お母様も心から悲しみ、悔やみ、次に会えた時は絶対に好きな人と幸せになって欲しいと。次にまた親子として生まれてこれたのなら、次こそは絶対に息子の幸せを優先させると誓い亡くなられました。その強い思いが何千年の時を経て、今世で重なったんです。」


俺の母が大昔にも俺の母で、俺を幸せにするためにまた……?そういえば、母は俺にも姉にも好きな人と一緒になって、幸せな家庭を築きなさいとよく口にする。

父と一緒になった結果独り身になった母の強がりでもあるんじゃないかと思っていたが、この話を聞けば前世とのつながりがあるから、なのか?


「母さんは、前世のことを?」

「気づいていません。」

「そ、そうですか……。それで、前世の魂が今重なったからお前が出てこれたっていうのか?」


再び黒龍に顔を向けると、黒龍も俺を見ていたのか顔がめちゃくちゃ近くて少し驚いた。


「それが一の理由ではない。大祖母の蛇が祖母に渡り、祖母はお前が生まれてから大祖母の言い付けを守り続けた。」

「言い付け?」

「祖母は俺に気付けなかった。だが、大祖母が俺の存在を話し、大祖母の守護神である蛇に頼んだのだ。自分と、娘、そして娘の娘が心を穢すことなく真っ当な人生を送れ、お前が生まれてお前が邪悪な心に支配されず娘の魂を看取ったのならば、俺を解放して欲しいと。」

「……ばあちゃんも、ばあちゃんの娘である母さん姉妹も心は穢れていない。」

「そうだ。」

「でも俺はそこそこ悪い事してきたぞ。」

「心の穢れは人に害を及ぼす事です。殺めたり、陥れたり、苦しめることをされたきたわけじゃないでしょう?」

「それは、……はい。」

「心の穢れた奴は人を簡単に殺める。だがお前の大祖母も、祖母も、そして母親たちも、心穢れることなく受け継ぎ、お前も祖母が無くなるその日まで穢れなかった。大祖母の願いが神に届いたのだ。」


大祖母……祖母の家の仏壇に置いてある写真でしか見たことがない。祖母や母や、大祖母のことを”視える人だった”と言っていた。

いつも仏壇や墓の手入れを欠かさず、人の悪口を言う事のないとても慕われた良い人間であったと。その大祖母が生まれもしない俺の存在だけじゃなく、俺の中にいる黒龍のことまで知り、そして……コイツを助けた。黒龍と、母の前世の為に。


「お前の祖母が俺に会いに来た。神を連れてな。何千年ぶりに見ただろう。神は俺がここまで一つの魂に居続けたことも、解放の理由であると言ってくれた。人の姿で戻すことは出来ないともな。」

「人の姿に戻りたいのか?」

「いいや、こちらの方が都合が良い。」

「そうか。」


次第に道が広くなり、白い建物もすっかりと大きくなっている。

遠くから見えていたコバエのようなものは、空を飛ぶ龍だった。黒だけじゃない、白いのもいれば黄色いのもいる。銀色もいるし、金色も。更にその近くでは真っ白な羽が生えた、あれは……天使だな。うん、天使だ。天使が空を飛んでいる。


「俺は一つだけどうしても聞きたい事があった。」


視界に広がる光景に呆気にとられていたが、黒龍の声がすぐに目線を戻した。


「なんだ?」

「あの時……お前が殺された日、歩きながら俺に何かを言いかけていた。あの時のお前は真面目に何かを言おうとしていたのだ。」


-----


『なあ、───、……お前さ、』

『……?』

『──お前さ、ちょっとあの小屋の上に登って敵が居ないか見てきてくれ。いいだろ?』

『ああ。』


-----



「あの時、確かに何かを言いかけていた。だが、次に口を開いた時には腑抜けた顔になっていた。俺はどうしても聞きたいのだ、あの時俺に何を……。滅多に見せない顔で何を言いたかったのか。」


大きな瞳が真剣さを物語っていて、何千年も待ち続けた答えを俺の魂が持っている。

なのに、何も分からない。今まで聞いた話だって、俺でありながら俺じゃないのだから現実味が湧かない。


「……悪い……俺は、分からない。」


答えてやりたいが、何一つとして思い出せないのだ。

黒龍は少し顔を落とし、「そうか。」と落とした声に胸が痛んた。道が広くなると同時にてっぺんが見えないくらい高い建物へと昇っていき、そのままどこかへと飛んで行った。


「なんか、俺……悪いことしたような気分です。」


何千年も待っていた俺は、アイツにとってはあの時の俺じゃない。

待っていたのに、俺は俺じゃなくて、しかもかすりとも覚えていない。大祖母が2世代に掛けて解放してくれたにも関わらず、俺はこの様だ。


「こうして見聞きが出来るというだけでも、本当に稀なことなんです。」

「でも、それは曾祖母ちゃんが神様に頼んでくれたからでしょう。」

「それも勿論ですが……城山樹の中にいる魂は、今まで一番黒龍と共に生きた貴方と似ているんです。」

「……似てるということは、思い出す可能性があるかもしれないんですか?」

「無いとは言い切れません。」

「……何かすれば思い出すようなことですか?」

「……いいえ、こればっかりは。」


赤山さんが眉をハの字して申し訳なさそうに言う。


「赤山さんは、俺の前世が見えてるんですよね。」

「ええ、ざっくりとですが。」

「俺が何を言おうとしてたか、解りませんか?」

「いいえ、それはわかりません。城山さんだけにしか、分からないんです。」

「そうですか。」


何千年も人を待ち続けるってどんな思いをするんだろう。想像もつかない。

赤山さんは、栗みたいな形をした建物を指差し「あそこです。」と告げる。何があるのか分からないが、飛んで行ってしまったままの黒龍を探し…見つけることは出来ないまま赤山さんに続いて建物の方へと歩いた。

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