4.現れた黒龍
目が覚めると、見覚えのない天井が見えた。
独特な匂いに、じめじめとしていた筈なのに妙に涼しいというか…少々寒い。
ぼやけていた視界がはっきりとなると、真っ白な天井が広がった。
顔を横向けると何処かのアパートだろうか…開かれた扉の向こうにキッチンが見え、ピンク色のフリフリとしたカーテン。フローリングの床は少々傷んでいて、俺が寝ているベッドの色もまたピンク色であることに気付いた。
(ここは何処だ。)
起き上がると気怠さで体が鈍りのように重たく、頭の痛みもまだ残っているようだ。
ベッドのすぐ隣は窓ガラスになっていて、外を見ると土砂降りの雨が窓の視界を遮っている。
ベッドから抜け、改めて部屋を見渡すとピンクが多い。しかもフリルがついているものが多い。ピンク色のクッションに、ピンクの水玉模様のカーペット。真っ白のキャビネットにピンク色の布を敷いて、その上には手に玉を持った龍の置物が三対。周りにはよくわからない大きな石がいくつか乗っている。
ベッドのすぐ隣にはパワーストーンが何十種類も小分けに入れられていて、それぞれの意志の名前と恐らく効果についてびっしりと書かれた紙が蓋に貼られている。これだけピンク色に包まれていると家の主は女性だろう。倒れていた俺を拾ってくれたのだろうか…お礼を言わないと。
そう部屋から出ようとすると、キッチンが見える部屋から真っ白な猫が出てきた。
ニャー。と、俺を見上げながら近づいてきたかと思えば、足の周りをうろちょろとし身体を擦り付けはじめる。
屈んで手を差し出すと一瞬足を止め、すぐに手にも顔をこすりつけてゴロゴロと声を上げた。随分と人に慣れた猫だ。顎を撫でていると奥から足音が聞こえ「フリちゃん?」と顔を覗かせたのは中年の女性だった。
「あ。」
「あっ…。」
真っ黒なロングスカートに真っ白なTシャツ。龍がプリントされたTシャツの上には白いレースのカーディガンを羽織っており、オセロのような服装だ。
「目、覚められたんですね。」
笑うとほうれい線なのか脂肪なのかくっきりと鼻の横から口許にかけて線が出来、正面から見ても顎が二重になっている。微笑むと目がなくなりそうなくらいに細くなる瞼ではあるが、暖かな笑みに一目で悪い人ではなさそうだと思った。
そもそも、見知らぬ学生が倒れていたのを拾ってくれる時点で悪い人ではないんだろうが。
「あの、すみません…俺……商店街の路地で…たしか…。」
「ええ、倒れたんですよ。教えに来てくれたので、迎えに行ったんです。」
「ああ、教えに……教えにって…誰が?」
シリか?見えていなかっただけでシリは俺を追いかけてきていたのだろうか。
であればシリも此処に居る筈だと周囲を見渡すが、猫と女性、そして俺以外が誰もいない。
部屋を見渡す俺を見て、女性はくすりと笑った。
「まだ、見えていないんですね。良かったらこちらにどうぞ。」
キッチンの向かいの部屋へと入っていく女性を見て考えた。
(まだ見えてないって何だ?この人もしかして幽霊とか見える人なのか?それとも電波系か?何か変な宗教とかすすめられたらどうしよう。)
助けてもらってすぐに危機を覚えたが、奥からもう一度「どうぞ。」と声が聞こえると逃げたい足は部屋の中へと吸い込まれるように入っていった。
部屋は入ってすぐに小さな正方形のテーブルが一つ。向かい合うように花柄の座布団が二つ置かれ、テーブルの上には白い草から煙が出ている。そして、大きな水晶が一つ。小さなテレビが部屋の壁にデッキと共に置かれ、反対側の壁には猫の遊び用具だろうか、天井まで届きそうな置物が一つ。
その他紫色のドームが置かれていたり、空気清浄機や加湿器。小さな噴水があり、噴水の中央には透明の龍がランプに照らされた玉を持って水を口から流している。
女性は手前の座布団の上へと腰を掛け、俺を身体を捻らせて見上げると反対側の座布団に座るように手をかざした。
「あの、俺…すぐに帰らないと母親が心配するので…。」
ここで逃げなくては宗教に入れられてしまう。
母は帰りは遅いと言っていたので嘘にはなるが、学生にとっての一番の逃げに使える台詞だ。
「そうですか…でも、少しだけ話を聞いて頂けませんか?さっきから俺の事を言えってうるさいんです。」
「…………えっと?」
この人は一体何が見えているんだろう。
後ろを振り返っても、前を見ても部屋を見渡しても男性は見当たらない。ということは矢張り幽霊か?
(ヤバイ、早く逃げないと。)
「あ、あ、あの…俺、幽霊とか信じないんで…。」
「あはっ、幽霊なんかじゃないですよ。もっと神秘的なものです。神様の使いです。」
「か……神様…?」
なんか、本格的に不味い気がする。
「ええ、アナタには龍神様がついているんですよ。」
「龍神…?あ、あは…はは、そりゃすごい…龍神かーすごいなぁ。教えてくれてありがとうございます。それじゃあ、俺そろそろ帰らないと…」
「本当にいるんですよ。」
優しい笑みをしているのにこの圧力は一体何なんだろうか。
未だ立ったままの俺に、女性はゆっくりと立ち上がりそれでも俺を見上げる事には変わりないが右手を俺の肩へと添えた。
「おばあさまが呼び戻してくれたみたいですね。最近亡くなられたんじゃないですか?」
「…ばあちゃんが?……あ、た…確かにばあちゃんはついこの間亡くなりましたけど。」
「今一緒にいらっしゃってますよ。こちらに立っています。」
右側の扉と俺との狭い隙間を指差す女性に、咄嗟に身体が祖母が入りそうなくらいの幅まで動いた。
必然的に女性の手も肩から離れたが、女性は立っていると言った場所をじっと見つめて、そのまま口を開いた。
「ありがとうって言ってます。娘たちにも感謝している、自分は幸せだったって。」
「は……はぁ。」
如何にもな事を言っているが娘たちと言っているのはつまり、母や叔母たちのことだ。
嘘くさいが、本当に祖母が見えるのなら聞きたい事がある。
「あの…ばあちゃ──祖母は…飴、食べたって言ってますか?」
女性は再び一点を集中して見つめ、すぐに俺を見て微笑んだ。
「黒砂糖飴、今舐めてらっしゃいますよ。」
(どうして黒砂糖飴って分かったんだ…。)
言ってもいないのに女性は俺が祖母に黒砂糖飴を持たせたことをあたかも知っているいるように告げた。
「欲を言えば、笹餅と、これくらいの…茶色の…一口サイズの御饅頭が欲しいって言ってますけど。」
「…?」
笹餅も確かに祖母がよく食べたいと言っていたものだ。
もう一つの茶色の一口サイズの饅頭についてはよくわからない。
「末っ子の旦那様がいつもこっそりくれてたものって言ってらっしゃいます。あの人は滅多に来れる人じゃなかったけど、一番自分の欲しい物をくれたって。ふふ。」
叔母の旦那は確かに船乗りだから三ヶ月は戻ってこない。それに、叔母が旦那がいつもこっそりお小遣いをあげたりするとごねていた。
女性は祖母がいるという場所を見て楽しそうに微笑んでいる。まさかこの人…本当に見えてるのか?
「笹餅ならあなたにもすぐ買えるだろうって。暇な時でいいから欲しいって。」
「…わ……わかりました。仏壇は叔母の家にあるので、叔母に伝えておくと祖母に伝えてもらえますか?」
「私たちの会話は聞いていらっしゃるんですよ。ほら、もう居なくなった。きっと仏壇のある部屋に飛んで行ったんでしょうね。」
本当に居なくなったのか、女性は俺を見てまた目が無くなるくらいに微笑んだ。
親戚にはこんな人はいなかったし、祖母と繋がりがあったようにも見えない。親戚の誰かと繋がりがあったとしても、火葬場にこの女性の姿はなかった。母たちは今日も叔母の家で色々やることがあると言っていたから、誰かと連絡を取って俺がわざわざ黒砂糖飴を一緒に焼いた話なんてする暇もないだろう。
「少し、お話聞いて頂けますか?」
次に問われた時、俺は首を縦に一度動かし座布団へと座った。
「あの、あれなんですか。」
座って改めて紫色の石のようなものが敷き詰まったドームが目に入り気がかりだ。
「あれはアメジストドームというもので、浄化に適しているんです。」
「アメジストですか。」
天然石のドームだったとは。
「アメジストの塊を真っ二つに割ると、あんなふうにドームになっているんですって。それを加工して外を保護し、ああいうふうにドームにしてるんですよ。」
「…へぇ。あ、じゃあ割ったもう一つもどこかに?」
「ええ。世界のどこかに相方がいます。」
「世界…日本だけじゃないんですね。」
「ええ、こういった石は外国の方が質が良いし取れませんから。」
アメジストと言えば宝石のイメージが強いだけに、こうして本来の姿を見るとただの結晶の集合体みたいだ。
テーブルに目を戻すと、定期的に女性が白い草に火をつけて独特な匂いの源となっている煙を見た。
否な匂いではないが、良い匂いというわけでもない。本当に独特な匂いだ。
「あの、じゃあこの白い草は?」
「これはホワイトセージです。これも浄化の力があるんです。」
「な…なんでこの家浄化ばっかりしてるんですか。」
素朴な疑問だった。
「世の中、良いものばかりではないですから。」
に、対しての答えにこの女性が若干電波じゃないかという疑惑が再び浮上してきた。
だが、少し興味もわいてきた。もう少し何か聞こうと思ったら、女性がふっと噴出し、その直後に笑い出したことを謝罪した。
「うふふ、ごめんなさい。もう、さっきから本当に煩くて。」
「うるさいって…俺には何も聞こえないんですけど。」
「ええ、ええ。だからずっと語り掛けているんです。さっきは話せたのにって。」
「さっき…?」
気絶する前、俺は夢の中で聞いた声と会話をした。
女性は俺に龍神がついていると言った。そして、植松もだ。植松は夢の中で見たものを龍だと言った。
ピン、と繋がった一連の流れだったが、俺は、まだそんな非現実的なものを易々と信用出来ない。
「今は私が話を繋げますね。生徒会には絶対に入るなって言っています。」
「どうしてそれを…!?」
「あなたとずっと一緒に居るんですから、当たり前じゃないですか。」
平然と、しかも俺が馬鹿なことを言っているかのような口調ぶりだ。
「私もあなたの学校のグループには賛成できません。」
「あ、あの…ちょっとよく意味がわからないんですけど…!」
どうして龍が生徒会に入るなというんだ。この女性も生徒会をグループと言う。
矢張りあの生徒会には何か裏があるのだろうか。
「ああ、えっと…そうですよね。初めから説明───え?あ、ああ……でも、それはちょっと…。」
俺に返事をしていたかと思えば知らない人と会話をし始める女性。
これがもし本当に、本当に電波じゃないのなら龍と話してるとでもいうのか!?
「あの、本当に龍が見え…」
「ごめんなさいね。どうしても直接話したいって言うから、一緒に来てもらいます。」
「…へ。」
一瞬で視界が真っ暗になった。
女性の掌が近づいてきて、額を掴まれたと思ったらそのまま目の前は真っ暗。
何も見えず、真っ暗な視界の中で自分の体が崩れ落ちていくのと、床に落ちたその感覚だけは分かった。
(もう、何が起きてるのわけわかんねぇ──…)
意識が遠退いていきながら、そう思った。
***
「──!……──ろ!──、う!」
「……ん、」
遠くから男の声がする。
身体に力が入らない。目を開けるのも面倒くさい。
「──、きろ!──……、ろ、小僧…!」
「…んだよ……うるせぇな…。」
小僧って俺のことかよ。
誰だよ高校生を小僧呼ばわりする奴。
俺はもう少し寝ていたいんだ。誰も邪魔をするな。
そう遠くから聞えてくる声を無視して再び眠りにつこうとしたその時だった。
「ええい、起きろ小僧!」
身体が突然持ち上がり、首ががっくんと重力に従うように下がったのが結構痛かった。
「うわあ!」
その痛さと突然の体の揺れに一気に意識が戻り、目を開けた。
「いつまで俺を待たせるつもりだ!」
そして、目の前には──大きな、大きな顔。
真っ黒な鱗に鋭い真っ黒な瞳。
割れた口から剥きだしになっている鋭いキバに、ダックスが可愛く思える程の突き出た鼻に、大きな鼻の穴。
「う、う、うわあああああ!!!」
驚いたなんてもんじゃない。龍だ。
龍踊りなどで使われているような人を食いそうな顔をした龍が、俺の頭なんて一口饅頭くらいの大きな口を持つ龍が目の前にいる!
(食われる、食われちまう!)
悲鳴をあげて暴れて気づく、俺はこの真っ黒な龍の背中?腹?足?わからないが、長い胴体の上に乗っている事を。逃げることしか考えていなかった俺は、龍の上から滑り落ちるように逃げ、落ちた瞬間に見えた下の風景に絶句した。
「うわあああああ!!!」
空だった。雲の上で、俺は今真っ直ぐ下へと落ちていっている。
これを叫ばずにいられるわけがない。そうだこれは夢、夢なんだ!俺はまだ夢を見ているんだそうに違いない。
「覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ!頼むから覚めてくれ頼むから!」
真っ逆さまに落ちていきながらも呪文のように唱えるが風は冷たく肌の感触もやけにリアルだ。
こんな夢はとっとと覚めて欲しい。
「全く騒がしい奴だ。」
上から聞えた声に落下ながらに振り返ると、大きな黒龍がものすごい勢いで俺の方へと向かってきた。
「うわああああ来るなぁ!俺は食っても美味しくない!」
俺の言い分なんて聞きゃしない。
勢いよく迫ってくる大きな龍に、もう駄目だ─そう確信した。
夢とはいえ龍に食われ死ぬとはなんとも情けないと言うか現実味のない死に方だ。こんな死に方をしたら母はどう思うんだろう。何の防御にもならないことは分かっているが、両腕をクロスさせ迫りくる龍を遮ったつもりで目を閉じた。
──なんて、なんて短い人生だったんだろう。
死を覚悟してから1秒も経たなかった。
どっと何かの上に落ちたような背中の痛みが走り、目を開けると再び体は龍の上に乗っていた。
「煩い奴め。誰がお前を食うか。お前が死ねば俺も消える。」
「は!?なにっ、なにそれ……え!?」
心臓がドッドッド、と飛び出そうなくらいに音を立て、自分が助かったのかそうではないのかそれすらも分からない。
龍の上に乗せられ、矢張り人を食いそうな顔をしている真っ黒な龍の目つきの悪さと大きさは怖い。八重歯どころか歯は全て尖っており、鱗の一枚一枚がしっかりと見えてグロイ。加えて声も低音楽器が低音を割らせたような重々しい声で、人が出せるような声ではないようだ。
ハン、と鼻を鳴らしただけで俺の前髪は持ち上がり、臭くはないが良いともいえない…なんともいえないにおいが辺りに充満した。
「俺の存在はお前あってこそということだ。説明は後にする。いいか、二度と落ちるな。」
「は?え、え、ちょっと何言ってん──のわあああああ!!!」
待ったなしの急上昇。
斜めというよりは真上に向かって上昇し、うねうねと揺れる胴にしがみついた。
雲の上だけあってか長袖の制服を着ていても寒く、少しでも力を抜けば真下に落下してしまいそうな体を硬い鱗に張り付けてしがみつき、上を見上げると長い胴がうねうねとうねりながら上昇する。
このままいけば宇宙に行くのではないか、酸素が薄くなって俺は死ぬんじゃないかと思い始めた。
上昇を止めろと言いたくてもあまりの速さに声が出せないし、今少しでも、指先一本でもコイツから離せば下に落ちてしまいそうだ。
とにかくしがみついておくしか出来ず、顔を上へと向けておくのも儘ならず下を見た。
辺り一面空に包まれ、雲もだんだん遠くなっていく。
次第に暗くなってくるかと思いきや、空が光り出したかのように明るくなり、明るくなったと思ったらすぐさま周囲の景色が変わった。
白、というよりはクリームのような、ピンクがかった中にキラキラと小さな光がたくさん浮いている。
猛烈な急上昇も緩み、龍の身体も縦から横向きへと代わり俺の視界も大きく動いた。
「見ろ。」
完全に上昇が収まった龍の上から見えた光景は、とんでもないものだった。
夢の中で見たような雲の様な床がまるで地面のようにだだっ広く広がり、雲の床の先には白い建物が沢山並んでいる。
某キノコで成長するゲームの小ボスが住んでいるような円状の城に、チェスの駒のような建物。遠くて見えないが、建物の周りでは何かが動いているようで、コバエのようだ。
「な、なんだ…ここ。俺はまだ夢を見ているのか…?」
夢か、いや夢だ。夢の中見た世界と雰囲気が似ている。夢に違いない。
「目で見ても信用しないとは人間らしいな。」
随分と顔の距離は離れているが、横目で見る眼差しがなんとも馬鹿にしたようなもので少し苛立った。
ゆっくりと雲の床へと降りていく龍に跨り、改めて手元を見ると一枚一枚の鱗は硬く、鉄のような触り心地だ。
「感触は夢とは思えないけど、これは夢に違いない。」
「長い夢を見ることになるぞ。」
夢にしては夢を打ち砕くようなことばかり言う黒龍だ。
「こちらですよ~!」
下を覗けば俺を拾ってくれた中年の女性がいた。
これも夢だ。登場人物は直前に見た人物でも何も問題あるまい。
大きく手を振る女性の元へと降りていくと、ある程度下向した段階で胴体がうねり俺は下へと落とされた。
「いで。」
「だ、大丈夫ですか?」
地面と違って少しふわりとした感触があったが、痛いものは痛い。
駆け寄る女性の足音を耳に、手をついて起き上がると夢の中で感じた時と同じ感触が足に伝わってきた。
「大丈夫です、すみません。お前な、もう少し丁寧に降ろせよ。」
黒龍を見上げると、相変わらず怖い顔つきをしているがククク、と声は悪戯が成功した子供用に楽しそうだった。
「それで、此処は何処なんですか。」
夢だと割り切ればこの異様な空間も楽しんだモン勝ちのように思える。
ほわほわと暖かな光に包まれ、穏やかな色の壁が一面に広がる。黒龍から下りた事で遠くに見えていた建物は見上げる高さだ。周囲を見渡してもこれといったものはなく、雲のようなものが壁となり恐らく建物が密集しているであろう道を示すように並んでいる。
「ここは天界です。」
「てんか……天界!?俺死んだんですか!?」
「どうした小僧、ここはお前の夢の中なんだろう?天界くらいどうってことないだろ。」
俺と女性の周りをくるくると周りながら楽しそうに言うコイツはなかなかの性格をしていると確信した。
しかし改めて見ると、この黒龍、大きい。俺が10人並んだとしても足りない長さじゃないだろうか。
龍、といえば髭が生えていたり角があったり手足があったりとそんな印象が強かったが、コイツに至っては髭はない。角もないし手足もない。
ただ、べらぼうに人相が悪い。目つきは悪いし牙も鋭い。
龍神様とか言われていたけど、見た目はどう見ても邪龍のようにしか見えない。
夢の中は非現実的な事が多いし、そういうもんだと昔から思っている。だからこそ、夢とはいえ龍と話せるなんてそう見たくても見れないだろうからいっそ夢を楽しむべきだ、そうに違いない。
「そうだな天界に来れるなんて超ラッキー。…で?龍神様と天界にはるばる昇って何するんですか。」
当て付けのように黒龍を見つめながら言うと、真っ黒な瞳を光らせてまた俺たちの周りをぐるぐると回る。
「とりあえず、診断の館に行きましょうか。今までについては、歩きながら話しましょう。黒龍もそうしたいと思いますので。」
「診断の館って……まあいいや、とりあえず行きましょう。」
「今までは随分違う飲み込みの早さだな。」
「そりゃな。だってこれ夢だから。」
夢なら突然場面が飛んだりいつの間にか全然違う話なっていたりもするが、これも夢に決まっている。
開き直った俺の目丈に合わせて顔を寄せてきた黒龍は、最初に見た時よりはゾッとしないが怖いものは怖い。食べないと言っていたけどいつ気が変わるか分からないし、そもそも嘘だったのかもしれない。
「ほう。ならばこれから話すことも全て夢だ。いいな。」
クク、と笑いながら告げる黒龍に、俺は余裕綽々に笑ってみせた。




