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キミと見た世界  作者: 岩永幸
第一章
3/12

3.予兆2

授業を受けながらぼんやりと考えていた。

天堂先輩と植松。生徒会。

笹塚曰く植松は一人っ子だそうだ。

兄妹がいるから生徒会室にも入れるという線はこれで消える。

実は幼馴染でした、とか親戚でした、とか…そういう可能性も考えてはいるが実際のところは植松本人か、有力な情報を持っている人物に聞かないと定かではない。

笹塚に何故植松が生徒会室に入れるのか聞いたことないのかと訪ねたら、聞いたことはあるそうだが「内緒だよ。」としか言わないらしい。


あの生徒会グループとの関わりを入ってきたばかりの1年の小娘が持っているというのは、日頃遠くから眺めているだけの生徒たちの一部から恨みを買われても可笑しくはない。今は女子とは普通に仲良くしているとは言ってたけど、実際のところ嫉妬や妬みが蠢いているんじゃないだろうか。俺が天堂先輩と少し接触しただけでもあの賑わい様だったからな…生徒会この学校の名物であることは中学時代から知ってはいたが、実際目にすると名物と呼ばれるだけの事はある。

天堂先輩と話が出来るのなんて願っても叶うことじゃない。今日の俺は超ラッキーと思いたいところなんだが、天堂先輩の意味深な言葉も気になるし、生徒会と絡みのある植松が夢に妙に食いついてきたのも気がかりだ。ただの変人で済ませられるならそれでいいんだが、なんか妙だ。


高い雲に青々と広がる空を眺めていると、次第になんで俺がこんなに色々と考えないといけないんだろうかと面倒になってきた。天堂先輩と話せたのはラッキー。変な夢を見たのと植松に関してはアンラッキーということで済ませばいい話じゃないか。植松も単に夢好きなだけだったかもしれないし、今頃は他の奴が夢見て寝ている姿に興奮しているかもしれない。


それよりも俺は3日分の遅れを取り戻さなくてはならない。そうだ勉強しないと。空から教室へと視線を戻し、真っ新なノートに黒板の文字を写そうとシャープペンを持ったと同時に終了を告げるチャイムが鳴った。倖月の声に従って挨拶が終わり、わっと教室が騒がしくなる。


……授業、まったく聞いてなかった。


溜息を吐き出し椅子へと腰を掛け、何一つ書いていないノートをどうにかしようと隣の人に声を掛けようとしたその時だった。


「城山樹君はどこですか!」


パァン!と横開きの扉を跳ね返す勢いで現れた女──植松の登場に俺だけじゃないクラス全員が振り返った。

同時に、不味い逃げろという警鐘が鳴り咄嗟に頭を引っ込め隣人に身を隠してみたが、シリの「樹ならここにいるぜー。」と真っ直ぐに指差す動作により足音が近づいてきた。


「お前な…」

「え?不味かった?」


呆気にとられたシリを睨みながら俺は思った。絶対に良い予感はしない。だって、さっきの声は間違いなく…。


「城山君、さっきの続き聞かせてよー!」


やっぱり、植松だ。

背後から堂々とやってきた植松に、もはや隣人に隠れているのも意味がない。シリを再度睨み半分に椅子に座り直すと、座っている状況で少しだけ見上げる形となる小さな植松を見た。植松は耳の下で左右同じ分量で髪を分けピンク色のシュシュをしている。ぱっと見は確かに可愛いし、腰元くらいまではあるだろう髪の毛を胸で押し上げているのもグッとくるがこの女は今爆弾を抱えているようなものだ。つい先ほど夢の話で大爆笑された俺に、わざわざ教室まで出迎えに来られた挙句に夢の続きを聞かせろとせがむのだから。クラスの連中も、チラチラと俺たちのことを見ているし注目の的になっているのも問題だ。

とりあえず一旦引いてもらうのが得策と考えた俺は、椅子を引いて植松に微笑みかけた。


「もうすぐHR始まるしさ、放課後でいいだろ?」


これでいいえと言う奴はいないだろう。


「えーやだ。」

「やだ!?」

「だって今聞きたいんだもん。ちょっとでもいいから教えてよ。」


思い通りにいかないのが世の中だということなのか。

瞳を細めて笑みを浮かべる植松は、一歩も動く気配がない。シリには植松については何も話していないし、何よりこいつが筆頭に笑い出したんだ。あまり今ここで深入りされるとまたクラス中の笑い者にされてしまうのは目に見えている。どうにかしなくては。


「悪いけど、今からノート集めないといけなくてさ。後から先生に持って来いって言われてたんだよ。だから後からにしてもらえるか?」

「…えー。」


えー。じゃねぇよ馬鹿引け。


「じゃあ、放課後じっくり話してくれるって約束する?」


明らかに納得いってる顔ではないが、唇を尖らせる植松に俺は心の中でガッツポーズをした。


「勿論さ、約束する。」


逃げるが勝ちだけどな。

張り付けた笑みを見て植松は小さな息を吐き出し、「じゃあ後でね。」と息を吐き出した後はまたにっこりと愛想の良い笑みを浮かべた。


「また後でな。」

「うん、逃げないでね。」


釘を刺される辺りこいつは俺の魂胆が見えているんだろう。

放課後仲良く夢の話なんぞしてられるか。

植松のクラスの担任は話が長い。簡潔にちゃっちゃと無駄話しをせず話を進める俺のクラスの担任と比較すれば圧倒的な確率で俺のクラスの方が先にHRを終える。植松のクラスがHRを終える前にとっとと逃げれば良い話なのだ。植松も逃げられたと悟れば明日にはきっと諦めてくれるだろう。そう願う。

後ろで手を組んで教室を去っていく植松に悪いと心の中で謝ったところで、シリを見上げた。


「おい、今日はすぐ帰るぞ。」

「はぁ?だってお前今放課後って…。」

「ばかやろー、夢の話なんてしてられるか。アイツは人の夢を聞くのが趣味なんだそうだ。俺は自分の見た夢を人に話す趣味はない…逃げるが勝ちってやつだよ。」

「ひでーもんだな…せっかくの美人なのに。」

「美人だからこそ余計に警戒してんだよ。」

「…ああ、そっか。お前そういう奴だったな。」


俺の姉についてはシリも良く知っているだけに、話が早い。

シリにも伝えたことで後は上手くHRがいつも通り早々と終わればいいだけだ。


「あ。そういえば、あんまり早く帰り過ぎるの危ないよ。」

「え?」


隣の席の子が思い出したように声を掛け、俺は疑問に思ったがシリは「ああー。」と思い出したように声を上げた。


「朝言うの忘れたんだけどよ、風学に出席停止くらってた不良が戻ってきたらしいんだよ。」

「かぜ、がくって……ああ、風ノ帝学園とかいうエリート学校だっけ。なんでそいつが戻ってきただけで早く帰ったらいけないんだよ。」

「城山君知らないの?風学で有名な不良少年の話。」

「聞いたことあるような…ないような…なんだっけ、暴力事件起こした奴だっけ?」

「そうそう。小学6年の時に同級生3人と中等部の先輩2人をボッコボコに殴って出席停止になったままずーっと学校に来なかった人だよ。なんでも殴られた中等部の先輩両足骨折とか、他の人も見るに堪えない姿になってたとかって言ってた。」


そういえばなんか、そういうの聞いた覚えがあるな。


「親がすんげぇ金持ちだから、中等部になんて1日たりとも出席しなかったのに退学にならずに済んだらしいぜ。それが今になって突然現れたらしくて、しかも学校に来た初日に暴力事件起こしたって。」

「まじか。」

「何かあっても親がお金で揉み消しちゃうらしいよ。で、その不良が最近この辺りうろついてて、見境なく目があった人に殴りかかるっていううわさが広まってるの。」

「通り魔じゃんそれ。」

「それに近いもんだぜ実際。学校終わってするうろつき始めるらしいから、最近じゃその不良見たら目を合わせる前に逃げろって専らの噂さ。」

「へぇ…。」


風ノ帝学園といえば、日本屈指の超坊ちゃんお嬢様学校で、幼等部から大学部まであるエスカレーター式の無駄に広くでかく金を使った王宮殿のような学校だ。

政治家や名立たる芸能人やそのジュニア達も多く通っている噂も耳にするし、メディアでも入学式や卒業式、その他政があれば取り上げられている。入学式には総理大臣が来ると言う程の学園には、煌びやかな噂が多いがその分こうして闇の噂も多い。

その中でも俺たちのような凡人にも知れ渡る程の風学の不良少年…当時は確かにクラス全員が知ってたくらいに盛り上がった話だったような気がする。あまり覚えていないが。


「目を合わせなきゃいいって話なんだろ?大丈夫だろ。」

「まあ、仰る通りって話なんだけどな。けど気を付けるに越したことはないからな、樹。」

「お互い様にな。」

「でもさぁ、なんで高校になって突然学校来たんだろうね。」


確かに、言われてみりゃそうだよな。

中学3年間一度も来なかった不良少年がなんでまた突然高校の…しかも入学式からややずれた時期に戻ってきたのか。


「…学校が恋しくなったとか?」

「恋しくなって戻ってきた初日に暴力事件起こすか普通。」


シリの言う通りだった。


「なんかさ、その不良って…中学行ってない間もずっとヤバイ噂多かったらしいよ。」

「どんな?」

「薬売ってたりとか、暴力団と関わってたりとか…裏社会に通じる人と仲良く話してるの見た人がいるとかも言ってた。」

「なんつうか…THE☆不良!って感じだな。」

「小指がなくなってるとかも言ってたし!」

「ええ、マジかよガチじゃんそれ。」


シリも俺も震えた。

話の途中で担任が教室へと入ってきて、中断。シリは自分の席へと戻っていき、隣の席の奴も「気を付けなよ!」と捨て台詞を残して先生へと顔を向けた。3日間いない間に不良少年か…俺たちでも震えあがってんのに風学の連中はどう過ごしてんだろうか。金で揉み消す力を生徒一人一人が持っていそうだから、不良も金で追い出せばいいのに。

…よくわからんな。


担任の話は案の定短く簡潔に終わり、HR開始して5分も経たずして俺たちのクラスに終礼の挨拶が鳴った。

カバンを手に立ちあがると、シリも同じく立ち上がり俺たちはそそくさと教室を出た。植松の教室だけじゃなく、他のクラスもまだ担任の声が聞こえている。クラスから倖月の声が聞こえたような気がしたが、どうせあいつの事だ掃除当番の連中に指示でも出してたんだろう。


「オイ、本当に先に帰っていいのか?」

「いいんだよ。アイツちょっと変だから関わりたくない。」

「可愛いのに。」

「だったら明日お前が夢の話してやれよ。食いつくと思うぜ。」


階段を下がり下駄箱で靴を履きかえる。

ここまでくれば例え走ってきたとしても間に合うわけがあるまい。

神様が俺の味方をしてくれたのだろう。玄関を出て早足で校門へと向かっていくと、校門の傍に女性が一人立っていた。


「オイ、あれ生徒会じゃね?」


シリに言われて目を凝らすと、中指で赤渕眼鏡を押し上げる細身の黒髪サラサラロングヘアーの姿…あれは、そうだ…生徒会書記の潮先輩だ。


「潮先輩じゃん…生徒会がなんであんなところに突っ立ってんだ…?」

「しらねぇよ…樹、お前今朝の天堂先輩への無礼が生徒会に伝わってんじゃないのか?」

「無礼って…言う程のことしたか、俺。」


こそこそと話ながら校門へと近づき、未だ大半のクラスがHRを行っているであろうせいか俺たちしかいない通行人に潮先輩が吊目の瞳を傾け俺たちを捉えた。


「お、おい目ェあったぞ…!」

「や、やっぱりこっち見てるのか…?俺のせいなのか!?」


朝ぶつかっただけなのに俺は怒られるのだろうか。

真っ直ぐに俺たちを見る潮先輩を遠ざけるにように遠回りをして校門を通り抜けようとすると、潮先輩が歩みを寄せ俺たちの前へと立ちはだかった。ただ立っているだけだと願いたかったが、通行人は俺たちだけ。目の前にわざわざと立つ……これだけの条件を前に、俺もシリもその場で足を止めて潮先輩を見た。


「城山樹。三ヶ尻博……で、間違いないですね。」


凛とした静かな声が俺たちを名前を呼び、俺たちは目だけを合わせて二人揃って頷く。


「植松さんの捕獲確率は39%。あさひへの謝罪に生徒会室へと訪れる確率20%。」

「へ?」


眼鏡押し上げながら何言い始めてんだこの人。


「植松さんを避けて二人が足早に学校を出る確率92%…私の読み通りです。」


真っ白、というか青ざめているようにも見える潮先輩は薄い唇を少しだけ緩ませた。

生徒会挨拶で一度だけ見た事がある潮先輩。表舞台に立つに相応しい天堂先輩の美貌から比べると随分と血色は悪いし幸の薄そうな顔立ちをして、おまけに風が吹けば吹き飛びそうなくらいに細く、一部で貞子と呼ばれているが、顔立ちが整っていないわけではないと今知った。

細身な割にしっかりとした聞き取りやすい声を出すし、笑みとは遠い人かと思ったが、そうでもないらしい。


「あ、え…えっと……やっぱり、天堂先輩怒ってらっしゃるんですか?」

「いいえ、あさひはあれしきの事で怒りませんし…今朝の一件はあさひが仕組んだものだとお気づきにならなかったのですか?」

「天堂先輩が……仕組んだ?って、どういうことですか。」

「植松さんから何もお聞きになっていないのですか。」

「何も…っていうか、アイツには夢の話聞かせろってだけしか言われてないし。天堂先輩といい植松といい何なんですか。」


思わず少し口調がきつくなり、シリから肩を掴まれてはっとなった。


「あ、す…すみません。でも俺、久しぶりに学校来て色々あって…。」

「ええ、存じています。ご愁傷様でした。」


どうしてたかが1年坊主の事情を生徒会が握っているんだ。

生徒一人一人の情報を毎日掴んでいるとでもいうのだろうか。


「あのぉ~それで、生徒会様は…もしかして樹に何か用があるんですか?」


生徒会という響きだけで鼻の下を伸ばしたシリがおずおずと訪ねた。


「結論から申し上げますと城山樹君に生徒会に入っていただこうと思っています。」

「へぇ~樹が生徒会に、………生徒会に!?!?樹が!?」


あまりにも驚き過ぎて声が出せなかった。

代わりにシリが大声を上げてくれたが、潮先輩は涼しい顔で「ええ。」と答え、俺の前へと足を踏み出し止まった。

骨のように細い腕を伸ばし、手を取られそうになったので思わず体を後退させ手を逃す。ぱちくり、と意外な事でも起こったような顔をした潮先輩は手を引っ込めると眼鏡を押し上げた。


「あの、今…俺を、生徒会にって…?」

「はい。話せば長くなってしまいますので、結論だけ先に言わせて頂きました。」


聞き間違いというわけでもなかったようだ。とはいえあまりにも突然過ぎると言うか、朝から自分の理解度を軽く飛び越えるような出来事続きに頭が追いつかない。


「ななななっ、なんで樹なんですか!?」


代わりにシリが食いついてくれるから、こいつが居てくれてよかった。

潮先輩を見ると、視線を一度下へと落として少々考えた後再び口元を緩めた。


「これから先のお話は城山君にしか話す事が出来ません。三ヶ尻君はもう帰って頂いてもらって結構ですので。」

「ええ!?」


シリが空気が抜けたような声をあげた。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。友達に聞かせられないような理由があるって怖いんですけど。」

「生徒会の情報は基本外部に漏らしてなりません。それだけの理由です。」


突っぱねるような口調に、俺はむっとした。


「朝から変だ変だと思ってたんですけど、全部生徒会が仕組んだって言いましたよね。仕組まないといけない理由はなんなんですか。大体生徒会に入るなんて一言も言ってないんですけど。」

「それは…。」


怯む潮先輩に、俺は更に続けた。


「天堂先輩はシリを見て良い友達を持ったと言ったんです。なのに仕組まれていた上に、シリは除け者にするんですか?植松だって意味わからない絡み方されて迷惑だし、第一本当に俺を生徒会に引き入れるつもりならどうして回りくどいことをするんですか。普通に呼び出して天堂先輩が直接俺に言えばいいじゃないですか。」


息継ぎをすることも忘れ一気に言い放つと、潮先輩は緩めていた唇をきゅっと引締めて俺を睨むように見た。

その眼差しに背筋が寒くなり、先輩に、しかも生徒会員に生意気な事を言い過ぎた自分を悔いた。


「あさひは暇ではありません。回りくどいとあなたが今言ったことも、最終確認の為だったのです。」

「最終確認って…何の。」

「此処では言えません。」

「どうしてですか。」

「外部に情報を漏らす事は出来ません。」


笑み一つ無く真顔で言い返す潮先輩に腹が立った。

シリはやめろと言わんばかりに背中を小突き、シリを一睨みしてからその後は潮先輩をにらみつける。


「俺も外部の人間なので失礼します。…行こうぜ。」

「おい樹、俺はいいから話聞いてこいよ。」


肩を掴まれ踏み出した足を拒まれる。

無性に苛立っていた俺はシリの手を掴み、振り払った。

シリは驚いた顔をして俺を見て、その顔を見て心が痛んだが…どうにも納得できない事ばかりで「じゃあお前が聞けよ。」つい、そう言って二人を置いて学校を去った。


追いかけてくるんじゃないかと思っていたが、商店街に入ってもシリの声は聞こえて来ず…人で溢れる商店街を通っているうちに自分でもどうしてこんなに苛立っているのか分からなくて余計にむしゃくしゃした。こんなに簡単に苛立つ筈はないのに、生徒会に入れるなんて夢のような話だったのにどうして無性に腹が立っているんだろう。

自分で自分を客観視しているようなそんな感覚に捕われながら人混みに飲まれていく。

この人の多さも、いつもと同じなのに妙にむしゃくしゃして、音やにおいに歩いていくうちに酔ったのか気分が悪くなってきた。

疲れが残っていたのか、それとも今日の事で頭がパンクしそうになっているのか。

どちらにしても頭が強く、ガンガンと痛み始めて歩くことさえ儘ならなくなってきた。人混みを避けるように路地へと入り込み、そのまま壁に背を付けて崩れ落ちるように倒れ込む…目の前がぐるぐるとまわって、視界がぼやけておまけに吐きそうだ。

なんだこれ。

聞こえてくる店の音楽や人の声が不協和音のように耳に響き、耳を抑えても止むことは無い。だんだん耳鳴りの様な音へと変わっていき、頭の痛みが強くなる。

耳鳴りが強くなっていくうちに、何かが語り掛けてくるように、低く、図太い声が小さくもはっきりと聞こえてきた。


「狐もいた、蛇もいた…。」


この声は、夢の中で聞いた声と同じ声だ。


「龍もいた。」


何の話だ。

こいつは何を言っているんだ。

夢の話じゃなかったのか?


「俺が夢見の存在だと?笑わせてくれるな。」


頭が猛烈に痛い、割れてしまうんじゃないかと思うくらい痛いのに、こいつの声だけは妙にはっきりと聞こえていて、しかも会話までしている。


「奥を見ろ。」


奥?もう何がなんだかわからなくなっていた。

割れそうな激しい頭痛で視界はぼやけ、街の声も耳鳴りのまま。重たい頭を上げて路地の奥を見ると、薄れていく視界の中誰かの足が見えたような気がした。

何か言っていたような気もしたが、視界はどんどん暗くなり、夢の中で聞いた声も聞こえなくなり──意識が途絶えた。

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