10.生徒会と守護神
行きたくない。
めちゃくちゃ行きたくない。
植松に引っ張られて、登校する生徒たちの注目を浴びながら向かう先は校門で待ち伏せている生徒会の面々。
(おいシロス、どうしろってんだよこの状況!)
『逃げれんだろう。下手に関わるのは避けた方が良いだろうが……止むを得ん。今は奴らに頼らなくてはお前の命が無いぞ。』
(まじかよ……。)
小さな体をしているのに、どこにそんな力があるのかと思う程強い力でぐいぐいと引っ張られ、考える暇もなく生徒会の前で立ち止まった。
「おはようございます。鞠子、城山君。お待ちしておりましたわ。」
「はぁ、どうも……おはようございます。」
昨日は天堂先輩に声掛けられただけで嬉しくてたまらなかったのに、たった一日でどうしてこうも感情の変化が大きいんだろう。
それにしても、さっきの狐も天堂先輩も植松の事を”まりこ”と呼んだ。察するに植松の名前は鞠子なんだろう。胸だけ見れば確かに鞠のようだ。
「君が城山君か。話には聞いていたよ。僕は王子育巳だ。よろしく。」
「え、ええ、知ってます。王子先輩。」
「そうかい?ははっ、確かに生徒会からの連絡で全校集会の時に何度か名乗っているからね。覚えてもらえていて嬉しいよ。」
ブロンドに青色の瞳。英語訛りも一切ない。白い肌に真っ白な歯。
身長は高いしモデルのようだし、増してこの人当たりの良さが抜群に出ている笑み。神様は本当に不平等だ。
王子先輩の爽やかな挨拶の後には、一人だけ雨でも降ってんのかと思うくらいどんよりとした空気を漂わせる潮先輩と目が合った。
「昨日ぶりですね、城山君。」
「うっ、うし、潮先輩……ど、どうも。」
「おはようございます。植松さん、今日は失敗せずに連れて来れたのね。」
どもる俺をそっちのけで、潮先輩は植松を冷たく見下ろした。
「先輩も、城山君にあっさり逃げられちゃって。今日は私のお陰でちゃんと話せて良かったね!」
植松も笑みを浮かべはいるが言葉は嫌味そのものだ。
バチバチと無表情VS笑顔の二人の火花が見えるが……こいつら仲悪いんだろうか。
「さて、こうして立話をするのも生徒の皆様の邪魔になりますし……生徒会室へどうぞいらして下さいな。」
「え?い、いやいやいいですよ!お、俺はその……特に話す事とかないんで!」
植松が知っていたということは、俺が部隊に入ったことはこの人たちにも筒抜けだ。
生徒会には近づくなと言われていたわけだし、学校に居れば安全だろう。避けようと植松の手を離そうとするが、矢張り離れない。
「おい、植松──」
「今教室に行ってもさぁ、私と登校した事とか、生徒会に声掛けられてるとか、誘いと断った事とかで質問責めにされるだけだよ。」
植松が小さな声で言う。
「それに、君は少しでも自分を守る術を知っておくべきだよ。仮にも守備部隊なんでしょ?守備部隊が守備の力を何一つ持ってないなんて笑われるどころかいっそ呆れられちゃうから。」
「ぐっ。」
「黒龍だって、私たちから少しでも情報を貰ってた方が、この先色々と便利だと思うんだけどなぁ。」
『むう。』
「はいじゃあけってーい!」
何も言い返せない。
植松はにこにこと笑みを浮かべて再び俺を引っ張り始め、後ろから天堂先輩たちがついてくる。
(なあ、アキラとナークの気配とか感じないのか?)
実際にこの生徒会がどんな理由で近づいてはいけないのかというのは俺には分からないが、分からないからこそ知っている連中の言葉を信じる。
アキラが見つかりさえすれば色々話を聞けるだろうし、赤山さんやリリーさんともまた連絡が取れる筈だ。
目線を上げるとシロスの遠い目を見て、返事を聞くまでもなかった。
『そこまで遠い場所にはいないようだが、ううむ。隣町か、もしくは隣の県か。』
(隣町でも探すの苦労するのに県跨いだら探す前に俺死んでるだろ……それこそ生徒会の世話になるしかないじゃないか。)
(城山君はどうしてそこまで僕たちを警戒しているんだい?)
突然聞こえた王子先輩の声に俺もシロスも飛び上がった。
後ろを振り返ると、王子先輩は綺麗に微笑んでいて、天堂先輩もクスクスと笑っている。更にその隣では潮先輩が俺を睨みつけているが……俺というよりは植松を睨んでいる気がしないわけでもない。
(お、俺…シロスだけに声掛けてたつもりだったからてっきり聞こえてないもんだと。)
(城山君はまだこちらとの関わりを持ったばかりですから、力を上手く使いこなせていないのですわ。)
(使い方を学べば僕たちに聞こえないようにお互いで会話が出来るようになるから、それまでは出来るだけ内緒話は直接口に出した方がいいかもしれないね。)
(そうなんすか。)
テレパシーも使い方とかがあるもんなんだな。
(あさひも王子も貴方に気を使ってこう言っているだけです。力の強さで簡単に弱い人のテレパシーを聞けることが出来ます。城山君が我々よりも力が強くならない限り、内緒話は一生できませんよ。)
(……まじすか。)
潮先輩の一言で俺はこの人達相手に内緒話は一生出来ないんだと悟った。
玄関へと入り、靴を履きかえる時ばかりは学年の違う先輩達との距離が出来る。
その隙を狙って後ろで靴を履きかえている植松を小突くと、大きな瞳が俺の方へと向いた。
「おい。さっきのテレパシー……距離は関係ないのか?遠くにいたら聞こえないとかさ。」
「勿論あるけど、潮先輩はまだしもあさひ先輩と王子先輩はこの町くらいの範囲なら朝飯前だよ。」
「あの二人ってそんなにすごいのか?」
「すごいなんてもんじゃないよ!私たちと対して歳が変わらないのに超上級扱いされてるんだよ!」
「植松声!声!」
瞳を輝かせて興奮気味に声を上げた植松の口を思わず手で塞ぐと、指先に唇の感触が柔らかく当たって塞いだもののすぐに手を離した。
周りからチラチラと見られ、植松も少々恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いた。
「ごめん……つい興奮しちゃって。」
小さな植松が更に小さくなって俯いている姿はグッとくる。ふわふわとした昨日と同じ髪型をした頭に、旋毛もよく見える。
これが天界だのなんだのと全く関係のない青春の一ページだったらどれほどよかったことか。
「興奮するほど二人はすごいってことなんだろ。じゃあさ、潮先輩はどうなんだ?昨日聞いたんだけど、お前ら全員情報部隊なんだろ?」
「ん?」
「え?違うのか?」
植松がきょとんとした顔になった。
だが、すぐに表情を戻し悪戯な笑みを浮かべて言う。
「城山く~ん、さては私たちの事探ったなぁ?気になる?生徒会が何してるのか気になるぅ?」
じりじりと追い詰めてくる植松。
「ばっ、ばっか!探ってねぇよ会話の中で上がっただけだって!」
「何聞いたのさー、お仕事の内容?それともあさひ先輩のお胸のサイズ?お胸のサイズだったら私が教えてあげ──」
「ちっげぇよばーか!!!!」
聞きたい衝動に駆られが口では植松の言葉を遮り、顔はめちゃくちゃ熱い。
制服を着ていたと想定してもあの大きさは人並み外れている。シリやクラスの連中との話し合いではEくらいはあるんじゃないかと盛り上がったが、実際のサイズを知れるせっかくの機会を恥ずかしさに負けて逃げてしまった。
走り出した直後植松を見ていた俺は下駄箱を抜けた先で人とぶつかり、そのまま床へと転んだ。転んで「いてて…。」という痛さも言葉も吹き飛ぶほどに俺の下で同じく転んで痛そうな顔、だけじゃなく俺にガン飛ばす潮先輩。
「うわ!すすすみませんわざとじゃないですから!」
すぐに起き上がり手を差し出すが、俺の手を借りることもなく立ち上がる潮先輩の胸元に目がいった。
小さい。ブラジャー要らずじゃないかと思うくらい小さい。というか、無い。
決して不細工というわけではないし、綺麗な顔立ちはしていると思うが幸の薄そうな潮先輩は胸も恵まれなかったんだろうな。
「城山君。」
「は、はい?」
「次その失礼な事を考えている事が丸出しの顔で見たら容赦しませんよ。」
……スカートを叩きながら冷酷に言い放つ潮先輩は勘が鋭い。
「すみませんでした。」
大人しく謝ると、返事もなく階段で待ち伏せる天堂先輩と王子先輩の元へと向かい、植松も俺の横を通り過ぎた。
「ぺちゃぱいに残念そうな顔して怒られてやーんの!」
……植松、こいつ間違いなく性格悪いな。
*****
限られたものしか入ることの出来ない生徒会室。
入るまでには生徒たちからあいつは誰だ、と、学年問わず声を控えることもなく噂されその眼差しが突き刺さって痛くてしょうがなかった。生徒会室に入ること自体も憂鬱だというのに学校生活さえも行く先不安に感じていたが、生徒会室に入った途端にその不安は一気に吹き飛んだ。
「す、すげぇ……。」
学校とはとても思えない光景だ。
シャンデリアに、床一面が高級そうな薄茶色のカーペット。大きなソファに、真っ白なテーブル。食器棚、ランプ、観葉植物、置物──全てが学校の中とは思えない高級ホテルのスイートルームのようだ。
「どうぞにお掛けになって。」
「あ、は、はい。どうも。」
ふわふわと柔らかな芝生、というか…天界に居た時と同じような踏み心地だ。クラシックソファに案内されると、高級感漂うソファに思わず尻を叩いて腰を下ろした。
「ふふ、気遣わなくて結構よ。」
口許に手を添えてくすりと笑う天堂先輩。なんというか、この高級感漂う部屋によく合ってる人だよまったく。
恥ずかしさに空笑いをして誤魔化すと、隣に王子先輩、天堂先輩の隣には潮先輩が腰を下ろした。植松は少し離れた場所で棚からお菓子を取り出している。
「さて、ようやくゆっくり話す事ができますね。」
育ちの良さが話し方にも仕草にも出ている天堂先輩が、嬉しそうに言った。
「昨日から失礼しましたわ。天界への導きを私たちがしようと思い近づいたのですが、城山君に変な警戒心を与えてしまって。」
「ああいえ、警戒……は、確かにしましたけど、ていうか今もしてますけど……。」
「僕たちがそんなに怪しく思えるのかい?」
「いえ、いえあのそうじゃなくて……シロスの存在も、天界とか魔界とか……そういうのも信じはしたんですけど、昨日の今日で全てを理解したわけじゃないし、この先自分がどうしていいのかも全然わからなくて。みなさんに警戒してるんじゃなくて、その、悪魔だの、魔界族だの……そういったのに自分がどう立ち向かうべきなのかとか。えっと、なんつうか、上手く言えないんですけど。」
自分でも何を言っているのか理解できない。本人目の前にアンタ等を警戒してるなんて言えないし、かといって今言った事が嘘というわけでもない。その場凌ぎの言い訳のつもりが話していると本音が零れた。
「つまり、不安ということですね。」
潮先輩が眼鏡を上げつつ言う。
「えっと、そう……ですね。」
「しかし、城山君のようなタイプの新人には教育係りがついている筈なんだけど、それについては何か聞いていないのかい?」
王子先輩が腕を組み首を傾けた。仕草の一つ一つが女子がキャーキャー言いそうだ。
「リリーさんって人が、確か。」
「リリーってあのリリー?」
植松が両手いっぱいにペロペロキャンディやらスナック菓子やらを抱えて潮先輩の隣に腰を下ろす。潮先輩が心底嫌そうな顔を浮かべたが、植松はお構いなしのようだ。
「あの、ってなんだよ。リリーさんって有名な人なのか?」
「うーん、有名っちゃ有名かな?ね、あさひ先輩。」
「ええ、まあ……そうですわね。天界でも随分と名の知れた方ではあるけれど。」
「リリー、ですか。」
「ふうん、リリーがね。」
揃って歯切れが悪い。ひょっとしたらすごく有能で教育係りのプロじゃないかと期待したが、この人達を見る限りどうもそういうわけではないらしい。
「あの、リリーさんってどういう意味で有名なんですか?」
唾を飲み込んで訪ねると、天堂先輩は左手を頬に当てて顔を傾け、そして、眉尻を下げながらもぷるぷるの唇を開いた。
「天然、なんですの。」
「本来仕事は出来る人らしいんだけどね。」
「抜けていると言いますか、致命的なミスが多い方と言いますか。」
おいおい、なんか不味くないか?
それぞれが一言ずつ告げた中、植松が舌に色がつきそうな水色のペロペロキャンディを舐めながら微笑んだ。
「簡単に言えば”ハズレ”を引いちゃったってことだよ!」
今まで無言を貫いていたシロスと、俺の溜息が重なった。
確かに抜けている人だということはあの短時間でも分かったが、その点で名の知れている人だとは……。
「彼女が教育係りなら今日、城山君が一人で家を出たのも納得できますわね。」
「そうだね。何処かに隠れているかとも思ってはいたんだけど、リリーが教育係りなら鞠子が城山君を迎えに行ったのは正解だったよ。」
「ほらー!だから言ったじゃん、お付き人の気配はしないって!」
「アナタはその点の察しは鈍いから信用ならないのよ。」
「いざとなればお付き人が顔をだすわって眼鏡くいくい上げながらドヤってた誰かさんには言われたくないけどねぇ。」
また二人の間に火花が散る。
「おやめなさい二人とも。城山君が無事学校に来れた事が何よりですわ。」
天堂先輩の一喝で二人ともすぐに言い合いを止めた。植松は天堂先輩を慕っているのは分かっていたが、潮先輩の素直さを見る限り、潮先輩も天堂先輩のいう事はきくようだな。
天堂先輩が再び口を開こうとしたが、遮るようにチャイムが鳴った。開いた口を閉じて、ふうと短い息を零すと両手を重ねて優雅に微笑んで見せた。
「城山君の状況はこれでよくわかりましたわ。残念なことに私たちの中に守備部隊はいませんが、基礎的な事でしたら十分に指導出来ます。私たちで宜しければ、城山君の力になりたいのですが如何かしら?」
アキラはどこに居るかすらも分からない。教育係りはすっぽかし。一人で歩けば瞬殺される。
近づくなと言われた生徒会だが、現状頼れるのはこの人達だけだ。
「アキラか、リリーさんが来るまででも、いいんですか?」
『樹、本当にいいのか?』
(こうするしかないってお前だって言っただろ。)
「ふふっ、生徒会に入れとは言いませんわ。私たちはただ、無防備な仲間を見殺しに出来ないだけですもの。城山君のパートナーが来るまでの間だけでも、私たちが守りますわ。」
「同じ校内に、しかも生徒がこちらの世界に触れるなんて滅多な確率じゃなかったから良ければ是非と思っただけなんだ。突然声を掛けて警戒させてしまったことは謝るよ。」
「我々は魔界の勢力を防ぐことが第一です。一部の天界族からは疑心を持たれているようですが、神直々の言葉で極秘任務を任されているので、同じ天界族と言えど下手に任務内容を明かせないだけなのです。その一部の天界族から私たちに近づくなと言われたようですが、誤解です。」
極秘任務……俺と大して歳が変わらないのに神様直々に命を下される人達が目の前に居る。
もしかしたら、赤山さん達が誤解していただけなのかもしれない。温かなそれぞれの言葉に、俺はこの人たちは信用出来ると思った。
「お、俺も変に疑ってすみませんでした。先輩達、こんなに優しいのに……あの、よろしくおね──」
『待て。』
頭を下げかけたところでシロスの図太い声が入る。頭を上げて見上げると、悪い目つきが磨きをかけて先輩達を見下ろしていた。
『お前たちの守護神は何処にいる。』
言われてみれば、と思った。
天堂先輩たちは、ああ、と口を揃えて言うとそれぞれが瞳を閉じ、それから数秒が過ぎると、壁をすり抜けて黄色の龍が一体。天井から滑り落ちてくるように真っ黒な蛇が一体。そして、俺の顔の真横からぬっと真っ白な大蛇が一体。丸く真っ赤な瞳が俺を捕えながらも王子先輩に巻き付いた。
蛇は苦手じゃないが、突然の至近距離からの登場に横に避けた。王子先輩はくすりと面白そうに笑い、白蛇はゆっくりと王子先輩の肩に顎を乗せた。
「紹介が遅くなって失礼しました。これが私たちの守護神ですわ。」
黄色の龍は天堂先輩。真っ黒な蛇は潮先輩。そして白い蛇は王子先輩。いつの間にか消えていた植松の白狐も植松の近くでおすわりをしていた。
『成程、俺が昨日見たやつらだな。』
「ご満足して頂けたかしら?」
『……ああ。』
シロスが答えると、天堂先輩は薄らと瞼を細めて微笑み黄龍の口元を撫でた。黄龍は、撫でられた直後俺たちを見渡すように旋回し、そしてそのまま壁を通り抜けて消えた。
「すみません、わざわざ呼び戻してもらった……んですよね?」
「私たちの守護神は学校に居る間はほとんど近くにいませんの。ですが、呼べばすぐにでもああして戻ってきてくれますわ。」
「人間は時間が掛かるけど、この子達は一瞬で来れるからね。」
「瞬間移動が出来るってことですか?」
「うん、そうだね。そんな感じだ。」
守護神ってすごいな。シロスを見上げると、フンと鼻を慣らされた。
『俺も同じだ。』
「まだ何も言ってないだろ。」
『顔が言うておる。』
俺はそんなに顔に出やすいんだろうか。
目元を抑えて表情を誤魔化すと、王子先輩が白蛇を撫でながら俺見て笑った。
「城山君と黒龍は前世で繋がりがあるんだってね。仲が良さそうで羨ましいよ。」
白蛇は王子先輩に撫でられて心地良さそうに舌をチロチロを出している。
「繋がりがあるって言っても、俺はその前世について何も思い出せないので……それに仲良しってわけでもないと思いますけど。」
「えー?私から見てもすっごい仲良しに見えるけどなぁ?ねえぺちゃんこ先輩。」
確実に潮先輩へ言っているが、潮先輩は植松を一切見ず俺を見た。
「そうですね、守護神が人間にタメ口で話すのはとても珍しいです。」
「そうなんですか?」
シロスを見上げると、奴も意外そうな顔をしていた。
「ええ。守護神は人間に命令を下す言葉使いはしませんし、話し方も丁寧であることが一般的ですわ。何より、守護神はほとんど話さない事が多くてよ。」
「え!?そうなんですか!?」
驚いた。シロスも俺ほどじゃないが驚いているようだ。
「俺、こいつがよく話すからてっきり皆そういうもんだと……それに、ナークだって普通に話してたよな?」
『うむ。だが、思い返してみれば奴はお前が相手でも様をつけて呼んでいたし、内容はガサツだが口調は丁寧を装っていたな。』
「……確かに。お前なんで俺に丁寧じゃないんだよ。」
『言い返してやるが、人間の方こそ本来は俺たちにそんなでかい口叩かんぞ。』
「え?そうなんですか?」
「そうだね。僕たちから見れば、守護神は僕たちの身を護ってくれる神だから。」
王子先輩は苦笑気味に言う。
確かにそうかもしれないが、それならそうと赤山さんなりリリーさんなり教えてくれてもよかったのに。
「そうなんですか。……えっと、護ってくれて、ありがとうございます?」
『やめろ薄気味悪い。』
「おまえな……。」
間髪入れず吐き出すように言われ、せっかくの気遣いも苛立ちになった。植松と天堂先輩、王子先輩は俺たちのやり取りに笑い声をあげたが、潮先輩は相変わらず不愛想のままだ。
「お二人が良いのならそれで結構でしてよ。まるで友と話しているようで微笑ましい限りですわ。」
「それなら、なぁ?」
『常識に囚われるつもりはないからな。』
顔を見合わせると、シロスも同意してくれたのか大きく一度頷く。
守護神に敬意を払うのが本来の在り方なんだろうが、シロスが良いといっているんだ。それでいいだろ。シロスだって俺にこういった口調だし、それに守護神とはいってももとは人間で、しかも俺を守ってくれていた存在だし。シロスも俺を守るべき人間とは思っていても、他の守護神達のような意識はないだろう。まるで人間同士の関係に近いような。
話しがひと段落すると、王子先輩が立ち上がりホールクロックを見て綺麗な手をパンパンと鳴らした。
「さ、予鈴が鳴ったから僕たちもそろそろ教室に戻ろう。」
王子先輩の言葉に天堂先輩が立ち上がり、俺もつられて立ち上がる。
「城山君。お昼になったらまた此処においで。学校の外に出る時の対処法を教えるよ。」
「はい。ありがとうございます。えっと、ノックして入ったらいいんですか?」
「はは、ノックなんていらないよ。遠慮なく入っておいで。」
「そうそう、行くときは私も一緒だしね!」
植松がぴょこんと跳ねながらソファから降りた。
「一緒って、いいよ別に。学校に来るまでは守ってもらってたけど、学校の中は安全なんだろ?ただでさえ変な噂立ってそうなのに余計に噂広めるようなことはごめんだ。」
「えー城山君つめたぁい!私がいないと死んじゃうくせに!」
「てめ、その誤解を招く発言絶対外でするなよ!?」
「どうしよっかなぁ。」
両手をお尻で結んで軽い足取りで二つの尻尾を揺らす植松。こいつにはお礼を言わないといけないといけないが、どうも素直にお礼を言う気になれない。
「困るのは俺だけじゃなくてお前もだろ。」
「え?私は別にいーよ。城山君とデキちゃってるって噂されても。」
でた、でた顔の質が良い女のその気があるように思わせるような言い方!姉も似たようなセリフを電話で誰かに言っていた。その電話を切った後で友人に「告白してくるのも時間の問題かな?」なんて言ってやがったのもばっちりと知っている。
「昨日会ったばかりの男によく言えたもんだな、ったく。言っておくが俺はその手の罠には一切引っ掛からないからな。行こうぜシロス、顔の良い女はほんっと信用ならねぇ。」
王子先輩を追い抜いて扉まで向かうと、後ろから、えー、と不満そうな声が聞こえたが絶対に振り向きはしない。
「それじゃ、失礼します。」
「ちょっと待ってよ城山君私も一緒に行──ふぎゃ!」
出る直前に振り返って頭を下げ挨拶をした。その時植松が小走りで近づいてきたのが分かったので、少々の勢いをつけて扉を閉めてやったら扉の向こうから鈍い声が聞こえた。
『おい、顔面打ってたぞ。』
「鼻血が出たらティッシュくらい突っ込んでやらないとな。」
扉からすり抜けてきたシロスが振り返り様に言うが、気にしない。生徒会室から出てきた俺を上級生が物珍しそうに見る視線の方が痛い。角に位置しているのが幸いして、すれ違う前に階段へと差し掛かりそのまま1年の階へと向かう。
『樹、分かっているだろうが奴らは信用ならん。口はああ言っていたがずるずるとお前を輪に引き込むかもしれんぞ。』
(分かってるよ、悪い人達じゃないとは思うけど……極秘任務をいくら力が強いとはいえ高校生四人に任せるのは変だ。今は頼るしかないから表向きでは何もできないけど、気をつけるよ。)
『ほう、ただのマヌケではないじゃないか。』
(お前俺を馬鹿にしてるだろ。)
『ククッ、どうだかな。』
1年の階へと辿り着くと、ほとんどが教室に入っていたみたいでそれほど噂されることもなく教室へと辿り着けた。
教室に入るなり一斉に視線を集めたが、それも担任が入ってきたことによって視線以上の事は無かった。
椅子に腰を下ろすと、重たい雲からはシトシトと小粒の雨が降り始めていた。