黒の旅Ⅱ
人類が滅亡して四週間、マリノと出会って一週間が過ぎた。
今俺達がいるのは、どこかの密林。といっても町などがあった形跡がある。たぶん、人の手が入らなくなり、植物が異常繁殖したのだろう。なので地図にも書いていない場所になっている。
未だに情報は公開してくれない。もちろんアクアウスとかいう化け物の事もだ。一週間経っているが、アクアウスとはほとんど接触していない。理由は川に沿って歩いているからだ。奴らの弱点は水。つまり川に沿って歩いて居れば奴らには襲われないということだ。
たまにワニとかに絡まれるが、そのときはマリノが瞬時にハンドガン(どこに持っていたのやら……)でワニの脳天をぶち抜いてくれている。おかげで、今じゃワニがこちらを見る度、せっせと川に帰ってくれるぐらいだ。そういう点を見るとマリノは恐ろしいのかもしれない。
「今どの辺?」
マリノが立ち止まり場所を聞いてくる。その質問に対し、俺は地図を見て、場所を確かめながら話す。
「多分今はエジプトに入るぐらいの所だ」
「そう」
場所を知ると、安定の無表情顔で低い声のまま返事をし、再び歩き出す。
あのあと、マリノと仲良くなったかとおもうとそこまで実感はない。が、こうして名前で呼べるぐらいまでにはなった。そして、なぜかわからないがマリノが一緒に寝てほしいと頼むようになったのだ。 どういう風の吹きまわしなのか分からないが、断って首を絞められるのだけは勘弁なので、とりあえず一緒に寝ている。
「フリード?」
「……」
「フリード?」
「……あ、すまん。ボーっとしてた」
「大丈夫?水飲む?」
そして、最近妙に気を使うようになった。こう気を使うのはいいのだが、なんだか恥かしいさがある。子供扱いを受けているような気がして仕方がないのだ。まあ、嬉しいには嬉しいがな。
「いや大丈夫だ。早くここを抜けよう」
「そうですね」
一週間経ったが、マリノ以外の人間には会っていない。そりゃそうかも知れないが、なんだかこう不安になるものがある。大陸移動していればいずれ会うのだろうけれども、やっぱり不安だ。
「そういえば、マリノは今までどうやって生き延びたんだ?」
「それについては言えない」
出ました『言えない』。これは反則技だろう。生き延びた成果を教えてくれれば、これからも使えそうなんだが、やはり安定だったか。
ひたすら歩くのも苦になるので、話題を出してみた。
「じゃあ、故郷はどこなんだ? 俺はオーストラリアなんだけども」
「スペイン」
「教えてくれないよね……え、スぺ、スペイン」
「そう、スペイン。それが私の故郷」
「へ、へえスペインかぁ。じゃあ、闘牛とかやったりするの?」
ちょっとふざけた質問をしてみた。
こんなかわいい女性が闘牛をやるとは思えない。ま、マリノの場合はやったりするんだろう。
「しない」
「ですよねぇ」
「けど、ロデオはやる」
「うそっ!?」
フェイントでぶっ飛んだ答えが返って来た。ロデオだと……っ。この女性がロデオをするとは考えられない。こんな活発的に見えない女性がやるのか?
「やる。優勝したことがある」
「えっ!ちなみに優勝とは?」
「世界大会」
「うそだろ!?」
天才すぎる……。むしろ、なぜ今ここにいるんだと驚いている。
「ホント。ちなみにラフストック全種目全制覇してる」
「ぶっ飛びすぎだろ!」
天才通り越して、最強だった件。ホントに何者なんだマリノは。
「負けたことはある?」
「ある」
「それは流石にあるよね」
「暴れていた馬をおとなしくしたらなぜか敗戦の判定になった」
「なんだと……」
もはやチート性能。神に近い物が俺の半径二メートル以内にいる……。マジで何者なんだ……。
「っ!ふせて!」
「なんだっ!」
歩きながら話していたら、突然マリノが叫び、俺ごと地面に伏せた。俺はいきなりの事だったので、体が動作に追いつかないまま伏せる感じになった。
『グリャアァァァ』
「なんだ、あいつ。初めて見る奴だ」
「あいつはっっっ!」
襲撃してきたアクアウスを確認すると、これまでのアクアウスとは違うタイプだった。そのアクアウスは空を飛んでいたのだった。
地面に伏せていたマリノが復讐するような声でそう言うと、体制を立て直し、ハンドガンを構えた。そして、銃声を鳴らしながらアクアウスに撃ち込む!
「このっ! 死ねっ! 死ねっ!」
『グリャアァァァ』
アクアウスに銃弾を撃ち込むも全く効いていない。あいつらの体は全てが水でできている。だから、銃弾は水によって速さを奪われ貫通できない。
「ちょっと落ち着けマリノ! 一体どうしたっていうんだ!」
「あいつはっ! 私の……私の……」
マリノが声を枯らし、なにかを溜めるような感じで伝えようとする。あきらかに様子がおかしい。それは見ての通りだ。こんなに取り乱しているマリノは見たことがない。
「私の中にいたアクアウスなんだ!」
「なにぃ!」
こんな時にそんな暴露をしてきたマリノ。今のは自分から言ってきたから、おそらくお仕置き的な事はないだろう……いや、そんなことではない!早くマリノを止めなければ!
「マリノ、止めるんだ」
「なにをする!離せ!離せ!」
俺はマリノを後ろからがっちり押さえ、戦闘に入るのをやめろと説得した。マリノは、足をばたつかせ抵抗する。めちゃくちゃ蹴られまくるが、女性の蹴りなどそんなに痛く……ないはずはない。メッチャ痛い。さすが世界チャンピオン、鍛えられているだけはある。
「離せ!離せ!はな……」
マリノは正気を取り戻したのかどうなのかわからないが、そのまま気を失ってしまった。
『グリャアァァァ!』
空を飛ぶアクアウスがこちらに向かって矢のように突っ込んでくる。
ヤバい。この状態じゃ水鉄砲を撃てない!ここで二人仲良く一緒にあの世行きか……。
完全に死を感じたそのとき、
『グリュギュアァァァ!』
俺の目の前で、だ。アクアウスが悲鳴を上げながら水の翼をばたつかせながら藍色に光り出した。それは、マリノも同じだ。マリノの体も藍色に光だし、そして、アクアウスを吸い込むように体に取り込んだ。
「なっ!」
俺は今起きたことが頭の中で整理できないほど混乱した。
なぜマリノがアクアウスを取り込むことができたのか。なにがどうなったのか全く分からない。アクアウスを体に取り込んだのに、なぜ体が溶けない?どういう原理なんだ……。
そして、俺は今いきなり頭の中に浮かんだことがあった。それは、
もしかしたら、アクアウスは人間が作り出した生物なんじゃないか。
俺は一五分ぐらい考えた後、ようやく整理がつき、気を失ったマリノをおぶるように担ぎ、近くのつぶれた建物の中に入った。
マリノが気を失ってから四日が経った。あの後、アクアウスは現れていない。俺はこの人が完全に使っていない建物の中に住んでいる。一応、水道だけは使えるようで、マリノの背中を拭くときに使っている。
「今日で四日目か……。全く目覚めないな」
マリノは目覚めないどころか、どんどん弱り始めていた。やはりアクアウスを取り込んだのが主な原因だろう。
「早く目覚めてくれ、マリノ……」
俺は寝ているマリノの手を握りながらそう言った。そのとき、かすかにマリノが手の指を動かした。
「今、指が動いたよな?もう少しか」
俺はこのかすかな希望に賭けた。全力で看病をした。雨の日も風の日も、アクアウスが攻め込んできた時は死ぬ気で護った。その結果、九日後についに目を覚ましたのだ。
「フリード……」
「おお!目覚めたか」
「ここは……」
「動くな、マリノの体はまだ弱っている」
「そう……」
マリノは久々に現実の風景を目にすることができたので、眩しそうだったが、それでもいつも通りの喋り方だった。
「とりあえず、栄養つけるためにおかゆでも作っておくぞ」
「……ありがと」
俺はマリノの声を聞くとホッとし、そのまま薪を燃やし、おかゆ作りに入っていた。
「どうだ、うまいか?」
「おいしいです」
「そうか、ならよかった」
俺はマリノのその言葉を聞くと、あの話を持ちかけた。例のあの件についてだ。
「なあ、マリノ。聞いていいか」
「……どうぞ」
マリノは少し間をおいて喋った。もう自分でも自覚しているのかもしれない。
「今聞くのはダメなんだろうけど、聞かせてくれ。お前はアクアウスとどういう関係なんだ?」
「……」
「やっぱり、今聞くことじゃないよな。気が向いたら話してく――」
俺は聞くのをまた今度にしようと思い、話を終わろうとした。だが、
「いえ、話す」
「えっ、いいのか?」
「ああ、今話す。もう隠せないから」
だそうだ。マリノのプライドが隠すのをもう許せないらしい。マリノがそんなに話したいというので、俺は黙って話を聞くことにした。
「私はスペインの大豪邸で生まれた。なんの不自由なく、普通に暮らしていた。だが、私が9歳の時だった。父が「自分が働いている研究所に連れて行ってあげる」と誘ってくれた。その時の私は、父に憧れていて自分も父のようになりたいと思っていた。が、その日が私にとって人間としての生涯最後の日になるとは思わなかった」
「それが例の……」
「そう、アクアウス融合化だった。研究所に行く時、母も付いて来た。たぶん、私の最後を見届けるために」
「最悪の親だな……」
「研究所に着いたら、まずは身長、体重、座高を測らされた。それから、全裸にされて、隔離された部屋に入れられた。その部屋には私以外にもう一人いた」
「まさかそいつが……」
「そう、アクアウス。その時のアクアウスは人型だった。そして、アクアウスは私に近づいてこう言った。「ボクとトモダチになって」と。そう言った途端、アクアウスの体が光出して、私と融合した」
「あのときのあれは、この時からあったのか……」
どんどん衝撃の事実が明らかになっていく。
「融合した時、私の意思はいろいろな時代を移動してた。地球の始まり、恐竜時代、人類の繁栄、ありとあらゆる時代を巡った。そして気がついた時にはベッドの上で寝ていた」
時代を巡る!?寝ている間にそんな事が起きていたのか!?
「今のこの状況みたいだな……」
「そう、私は融合化した時、時間を巡っている。ただ、それが終わるのはいつかは分からない」
「それはやだな……。もしかしたら一生起きないんだろう?」
「その通り。そのことを分かっていた上で、私の親や研究者はやっていたらしい。今思うと最低最悪の親だった。で、話を戻すと、私が起きたのは一週間経ってからだったらしい。その時の母の顔はとても泣きじゃくっていた。これで、もうないと思ったら、意識が戻った当日に同じことをまたやらされた」
「なんだと……」
「もうこの時点で気づいた。私は、実験の為だけに産まれてきたのだと」
なんて親だ……!自分の子供をそんな実験の為だけに産むなんて!最低すぎる。
「で、どんどん実験をしていくうちに私の目覚めは早くなっていった。そのたびに父も母も、研究所の人たちも喜んでくれた。けどやっぱり、考えてしまう。私はこの為だけに生まれてきたのだと……」
なんかもう聞きたくない……。こんな最悪な人生談聞きたくない。もう自分がここにいてもいいのかと思うぐらい嫌になる。
「で、それから10年後、今から数えると約一カ月前。私は一大決心した。自分が吸収したアクアウスを開放し、逆襲しようと考えた。でも、やり方が分からなかった。自分では解放しようとしても、自分の中にいるアクアウスたちが出たがらなかった。でも一人だけ違った。最初に融合したあの子だけは」
「……」
「あの子は私の意思に直接語りかけてきて、こう言った。「もう嫌なのだろう?だったら解放しようよ。こうやって、ね?」。と、私に言った瞬間、私の体がアクアウスと同じように光だし、そして、体から一気にアクアウス達が解き放たれていったわ。クラウド型のアクアウス、スネーク型のアクアウス、ホエール型のアクアウス、いろいろなアクアウスがこの地球を解き放たれた」
「それが、あの異常現象だったのか……」
「そう。まさか実験をした時よりもみんな大きくなっていて驚いた。そして、結果的に世界を巻き込むことになるなんて……ホントに……」
「どうした?」
止まることなく語っていたマリノの口が止まり、涙が頬を通る。そして、そのまま着ているノースリーブの白いニットの生地に付着する。
「ホントに……自分でも……申し訳ないと思っていて……でも……それでも、今のままじゃイヤで……本当に……ごめ――」
「……」
俺は泣きながら謝ろうとするマリノをおもいっきり抱いた。これ以上泣かせてたまるかという位強く抱いた。
「もう、いいんだ。お前は……マリノは全然悪くない。だから、後悔なんてしなくていいんだ。とにかく……今は少し休め。そして、もう泣くな。俺がお前を必ず守るから」
「うっ……うんっ……ありがとう……フリード……うっ……」
今の俺にはこれしかできない。でも、これからずっと、マリノを守ってやると決めた。
俺は泣き続けるマリノを抱きながらそのまま一緒に横になり、眠りについた。
マリノが目覚めてから、五日が経った。その後マリノは、急激に回復し問題なく生活できるようになった。そして今日、また旅を始める。そうそう、マリノはあの話をした次の日に話の続きをしてくれた。流石にもうやめてくれと思ったが、知ってほしい事があるというので話を聞いた。
その内容は、眠れる大地の事だ。眠れる大地は、どうやら研究所の名前らしく、そこに行けばアクアウスを止められるかもしれないらしい。とてもいい情報を得た。これで、少しはアクアウスを減らすことができるかもしれない。
「行こう、フリード」
「おっ、わかった。しかし、もう出発してもいいのか?」
「大丈夫、早く眠れる大地に行って、アクアウスを止めなければいけない。それが私の目的……」
そして、あの出来事があってもマリノはいつもと変わらない。いつもと変わらないことができる所が彼女は天才だと俺は思う。
「じゃあ、行くか」
俺は先頭に立ち、前に歩き出す。すると、左手を引っ張られるというか握られる間隔が伝わった。それにとっさに振り返った。
「……守ってくれると言ったから、手を繋いでくれてもいいはず」
「ああ、守ってやる。これからもずっと……」
俺はマリノに握られた左手をこちらからも握り、そしてこの廃墟だらけの密林を後にした。
この後待ち受けているのが、なんにしても、俺は、俺達二人は突き進む!ただそれだけだ。
2話目です。
展開が早いかもしれませんが、許してください。
今回は、マリノの過去が明らかになりましたね。
結構書いている時、自分でも感泣きする勢いです(笑)
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