別格
「こんなもんかよ? てめぇ、まだなんか隠してんだろ」
「それはお互い様だろ……」
二人は気を緩めることなく瓦礫と黒い揺らめきをぶつけ合いつつ、言葉を交わす。
「じゃあこうしようぜ。俺の奥の手を見せてやるからてめぇのも見せろ。つーかてめぇから使わねぇと死ぬぞ……?」
「ッ……」
亜空間は元々強力な殺気を更に強めたものを言葉に乗せ、緋ノ都に放った。
「そのようだな……」
緋ノ都が口を開いた途端、地球の重力そのものが鉛に変質したかのように大気の重さが増大した。
その重力の変質は僕達の元にも影響していた。
「なんだ……これ」
「大気が……」
「何なのよぉ……」
僕達はその重さに耐えかね、地面に片膝をついていた。
「京夜の能力は重力操作。彼を中心に空間の重力が倍加しているのよ……」
鏡は能力によって重力自体を反射しているのか、膝を付くことなく平然と説明していた。
自然の摂理を捻じ曲げるほどの異能、絶異者の中でも別格の強さ。いいや、違う。
彼は、緋ノ都京夜は自然をも超越する化物だ。これほどまでの力を見せ付けられて僕は彼の存在を強烈に畏怖してしまった。
「これこそが彼の真骨頂……」
鏡が遠い目で緋ノ都のことを捉えつつ呟いた。
「《伏重空間》」
緋ノ都は顔を上げ亜空間を睨みつける。
「ッ…… おもしれぇ…… 久々に骨のある奴らしいな!」
亜空間の身体には想像を絶する重力が圧し掛かっているはずなのにも関わらず、彼は口角を釣り上げて笑った。
「沈め……」
緋ノ都が亜空間に手をかざした瞬間、地面が亜空間を中心とする直径五十メートルほどの円形に大きくへこんだ。しかしその中心の亜空間は跪くことなく、超重力に耐えていた。
「すげぇな、この力……」
言葉とは裏腹に亜空間は不敵な笑みを浮かべていた。
「黙っていろ」
瞬きの間に緋ノ都が亜空間との間合いをとばした。鏡の瞬間移動に匹敵するほどの移動速度。彼は自重を極限まで重くして加速、一瞬にして亜空間に肉薄したのだろう。
あまりの速度だったため反応に遅れた亜空間が後方に飛び退こうとした。しかしもう遅い。亜空間の腹部に緋ノ都の拳が炸裂する。
「ぐッ……」
緋ノ都は拳を振り抜いた。亜空間の自重すらも操っているのか、彼の身体は途轍もない速度で後方に押し飛ばされる。何故吹き飛ぶ、ではないのか。それは亜空間の身体が宙に浮くことなく、地面を深く抉りながら突き進んでいたからだ。
「《一点加重》」
緋ノ都は地面を抉りながら進む亜空間に人差し指を向けた。
ズドォォォォォン、と轟音を伴い亜空間ごと地面に三、四メートルほどの深さの大穴が穿たれた。
僕は緋ノ都の攻撃の威力に絶句する。姿が消えたことから亜空間は押し潰されたと確信した。だがその矢先、亜空間は全くの無傷で緋ノ都の背後に姿を現した。
「次はこっちの番だ」
亜空間は目を見開いて緋ノ都に殴りかかった。緋ノ都はそれを辛うじて感知できたらしく、無理矢理身体を反転させて防御の体勢をとった。
「ガードなんて無駄だぜ?」
亜空間は防御など意に介さないようにそのまま拳を放った。緋ノ都の交差した腕に触れる寸前、拳と腕の僅かな隙間に黒い揺らめきが発生した。
亜空間の拳はそれに吸い込まれるように緋ノ都の前方から消え去った。
直後、鈍重な音が響き渡る。緋ノ都の背に亜空間の拳が炸裂したのだ。
「ぐッ……」
背後から殴り飛ばされた緋ノ都は防御体勢が解けて亜空間の方へと引き寄せられ、強烈な膝蹴りを腹部に食らってしまった。
「かッ……はッ……」
強力な一撃は緋ノ都の身体の内部を破壊し、大量の血液を吐き出させた。
「おいおい、こんなもんか……よ!」
亜空間は膝蹴りを受けて浮き上がった緋ノ都を再び殴り飛ばした。
「落……ちろ……」
緋ノ都は吹き飛ぶ瞬間、亜空間に更なる重力をかけた。大気の激震を伴いながら地面が再び大きくへこむ。
「あ? さっきと同じじゃ」
「《引力点》」
緋ノ都は吹き飛びながらも小さく呟いた。
途端、凄まじい勢いで辺りの瓦礫が全て亜空間へと引き寄せられていった。
爆発のような岩石のぶつかり合いが終わると静寂が訪れ、共に緋ノ都の身体が地に落ちる。彼も限界なのか立ち上がることができない。
亜空間のいた位置は瓦礫が一点に集まって、ある種惑星のように見えた。
しかし、すぐに絶望がやってくる。
惑星のように見える瓦礫の球体が黒い揺らめきに覆われた。
数秒の後、それが消えると共に瓦礫の球体も消滅していた。
「これで終わりか……?」
亜空間はほぼ無傷で、悠々と漆黒の外套をはためかせながら倒れている緋ノ都の元へとやってきた。
緋ノ都はなんとか立ち上がろうと全身に力を込めていたがなかなか立ち上がることができずにいた。
「ここまで俺とやりあえる奴はそうそういないぜ。けど……もう終わりでいいぞ」
緋ノ都の元に辿り着いた亜空間は右足をゆっくりと持ち上げつつ言った。その足には黒い揺らめきがオーラのように纏わり付いていた。このまま緋ノ都を踏みつけ、殺すつもりだろう。
「鏡さ」
緋ノ都を救い出せるのは鏡しかいないと思い振り向くが彼女の姿はない。既に緋ノ都の元へと飛んだのだ。