破壊者 ~デモナス~
「《死滅者の翼》」
《僕》でも《オレ》でもない、《破壊者》であるレイアの不気味な声に従うように彼の背から一対の黒白の翼が出現した。
直後、レイアは大きくそれを羽ばたかせて全方位に羽根を放った。それは迫り来る黒い揺らめきとぶつかり合い、空間を消し飛ばしながら相殺した。消し飛んだ空間は真っ黒な穴のようになっていたが数秒経つと何事もなかったかのように元の風景へと戻った。
「待ってたぜ…… その姿になるのをよぉ!!」
「ヒヒッ……」
レイアは動物の鳴き声のような不気味な笑いを漏らした。
その次の瞬間、彼は既に亜空間の懐に入り込んでいた。
速い、などという次元ではない。その様子はさながら時が飛んだようだった。
レイアは亜空間へ向けて両翼を大きく羽ばたかせ、黒白の羽根を幾枚か放った。
「ッッ!!」
亜空間はすぐさまその身を黒い揺らめきで包み隠して消え去った。
その後、何もない虚空で白と黒の羽根が触れ合った。刹那、双方が溶け合うように消滅し、その空間に人間の頭ほどの漆黒の穴を穿った。
その穴の中には何もなく、ただただ虚無が広がっていた。
「ハァハァ……」
遥か遠方で亜空間が肩を上下させながらこちらの様子を伺っている。
亜空間が取った間合いは約五十メートル。その距離は彼の恐怖心を顕著に示している。
ニィ、とレイアが口の端を釣り上げながら亜空間に向き直った。
それに対し亜空間は一瞬で臨戦態勢に突入する。
レイアは口角を釣り上げたまま翼を羽ばたかせて空へと浮上。そしてすぐさま急降下して地面擦れ擦れの位置を凄まじい勢いで滑空して亜空間に迫る。
対する亜空間は自身の周囲に無数の黒い揺らめきを出現させて待ち構えていた。
「ハハハハハッ!!!」
レイアが甲高い狂笑を上げながら一秒程度で亜空間の元へとたどり着く。
それを認識するや、亜空間は左右に広げた両掌から空間を消し去る漆黒の波を放った。
「《亜空交錯》」
放たれた漆黒の波はそれぞれ黒い揺らめきに飲み込まれ、無数に点在する他の黒い揺らめきからレイアに向かって放たれた。
レイアは翼を巧みに駆使してそれらの合間を縫うように滑空を続けた。
彼の通った軌道上には羽根が舞い散り、漆黒の波とぶつかり合って互いを相殺していた。
「アァッッ!!」
亜空間の寸前にまでたどり着いたレイアは黒白の翼を前方へと突き出した。
突き刺すような両翼の攻撃。
しかし亜空間はそれと同時に、いやそれよりも早かったかもしれない。レイアに向けて漆黒の波を放っていたのだ。
激突。それと同時にレイアは翼を弾かれながらも亜空間の放った漆黒を掻き消した。
「くッ……」
その現象に憎々しげな表情を浮かべていた亜空間の背に凄まじい衝撃が迸った。
「がッ……」
背後からの殴打。亜空間の体内で骨が軋み厭な音を立てる。次いで口から大量の血液が吐き出された。それほどの威力にも関わらず彼の身体は吹き飛ばずにそこに留まっている。レイアが威力だけを亜空間に残すように攻撃を打ったのだ。
当のレイアは既に亜空間の背後にはいない。
「ハハハ!!」
レイアは亜空間の頭上へと移動してそこから羽根を放っていたのだ。
「ッ…… なめるなよ」
亜空間は上空のレイアを睨めつけながら黒い揺らめきに飲まれ掻き消え、一瞬にして彼の背後を取った。
「力の制御も出来ねぇような奴がオレに勝てると思うんじゃねぇよッ!!」
亜空間は翼を毟り取るようにまとめて掴み、レイアの身体を下方の地面へと投げ飛ばした。
転瞬、それなりの高度を浮遊していたレイアの身体は地面に叩きつけられ大きな窪みを穿った。
「《亜空衝突》!」
叩きつけられたレイアを左右から球状の黒い揺らめきが挟撃する。
「がッ……」
それを認識したレイアはすぐさま立ち上がり両手を左右に広げて迫り来る黒い揺らめきを押さえていた。その掌と黒い揺らめきの間には羽根が挟み込まれており、辛うじて彼の手が消滅することを防いでいる。
「どうやったってもオレには勝てねぇよ」
亜空間は冷徹に言い放ち、隙だらけの破壊者に向けて漆黒の波を放った。
「アァァァァ!!!」
レイアは雄叫びを上げながら迫り来る漆黒へ向けて羽根を放った。
「足掻くな」
しかし亜空間が漆黒の波を連射してきたため、その全てを相殺することは叶わなかった。
いつの間にか左右の黒い揺らめきを消し去っていたレイアは、亜空間が漆黒の波を連射してきたことから相殺を諦めて両翼で自身を包むような防御体制に入った。
そこに漆黒の波が衝突して彼の身体をゴミのように吹き飛ばした。
「カッ……」
吹き飛んだ先で地面に叩きつけられたレイアはうつ伏せのまま立ち上がることが出来ないでいた。
そんな彼に亜空間が無言で近寄っていく。
追撃を恐れてか、レイアは動かない身体に鞭打って片膝の状態まで立ち上がり、肩で呼吸をしていた。
『このままでいいのかい、二人とも』
これまで《僕》と声だけだった空間にもう一つの影がある。
「いいわけねぇだろ」
それは僕のもう一つの人格である《オレ》だった。
「このままじゃ絶対に勝てない……」
『確かに破壊者としての人格じゃ勝てない。だったら二人が協力すればいい』
「そんなことできねぇだろ。身体は一つしかねぇんだから」
『理性の人格である覇魔黎鴉、力と罪の人格である覇魔黎鴉。二人で破壊者から身体を奪い取るんだ』
「どうやって……?」
『理性のキミは破壊者の衝動をねじ伏せるんだ。そして力のキミは《死滅者の翼》という規格外の能力を制御する』
「そんなこと出来んのかよ」
『適材適所。理性のキミはこんなことを言っていたね。互いが自分の出来ることを全力でやれば、力の全てを支配することが出来る』
「それで勝てるのか……?」
『いや、力を制御しただけじゃダメだ。最後に必要になるのは能力者の真骨頂』
「「!!」」
『気が付いたみたいだね。自分の大罪を懺悔して解き放つ』
「「《贖罪開放》」」
『そう。《贖罪開放》が出来るようになれば勝てる可能性は一気に跳ね上がる』
「だがオレには自分の大罪が何なのか」
「いや、分かる」
『理性のキミなら思い出せるようだね』
「あぁ…… 僕の、いや僕達の大罪は―――」
僕達の頭の中で全ての記憶が再生されていく中、意識が現実へと戻った。
「返せ」
「ぐガが」
「これは僕の身体だ」
「ぎグ」
「お前じゃ勝てない」
「アァァ……」
《破壊者》の、いや《僕》の口からははっきりとした言葉と言葉として成り立っていない音とが交互に放たれていた。
「さっさと……」
僕は右掌を自身の胸へと添えた。そして能力を発動させる。
「返せ……!」
バチィィィッ、と拒絶するかのように僕の身体が後方へと弾かれた。
僕の能力は掌が消滅しないように、僕自身には効力が及ばないようになっているようだ。
「……」
それによって完全に僕の意識が戻り、身体の支配権を取り戻した。容姿も黒眼黒髪の普段通りの《僕》だ。
「あ? 元に戻ったのかよ。さっきの状態で勝てなかったんだ、お前の方で勝てるわけ無ぇだろ」
亜空間は弱者の自我である《僕》に戻ったのを見て呆れたように言った。
「僕をなめるなよ」
僕は三白眼で亜空間を睨みつけた。以前の僕ならこんなことを口にすることは出来なかったはずだ。しかし今は亜空間に立ち向かえる術を探し当てた。
《僕》が破壊衝動を抑え、《オレ》が力を制御する。
「終わらせよう……」
そして僕は見つけた。心の奥底に眠る大罪を。
「終わらせる? 今のお前にそんなこと出来るわけねぇ」
「出来る。この力があれば……」